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太陽王の世界 ―黎明―  作者: 檀徒
◆第一章◆
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29話 既成概念の破壊

「では的に向かって放出開始!」


 加護実践学では力石の作成や、簡単な詠唱を攻撃や補助に使う野外訓練の授業を行う。みな色とりどりの加護を30メートルほど離れた的に向かって放出しているが、3年前から練習していた俺以外は誰も当たっていない。一次詠唱だけなら前からできていたので、休日にも着いてこようとするユリカを振り切って野外活動をしながらこの技術だけは磨いていたのだ。俺も最初は当たらなかったのだから、最初の授業で全員ともいきなり連続で当てられても困る。


 しまった、考え事をしていたら当てすぎてしまった。あまり力のあることがばれてもいけない。他の生徒が当て始めるころ、俺ははずしまくるようにしていた。狙う先は的ではなく100メートル先の石だ。そう、自分にはより厳しい修練を課していこう。


「そこ、違う! もっと腕から一直線に伸びる棒を想像して放て! 体に力が入りすぎだ! そんなことでは魔獣に当たらないで返り討ちに遭うぞ! だめだだめだ、まずは転がっている石を握って投げてみろ」


 加護矢と呼ばれる無詠唱の加護を的にぶつける。王都の中心地からはやや離れているウルガ河の河川敷で、加護の力で標的の石を砕く修練だ。まあ、ほとんどの生徒は石を砕くには至らない。当たったとしても、的の石にぶつかった加護が逆に砕けている。


 俺が調子に乗って100メートルぐらい先の石を加護で砕いていると「まじめにやれ!」と講師の三級騎士に頭を殴られた。見抜かれたか、でもなんでだ? まあ、仕方あるまい。ちょっとは当てるようにしよう。標的を砕いてしまわぬようにやや力を弱めて当てねばならないが。


 手から放出して小さな矢のような形を作ることを想像し、あまり振りかぶらず目と目標を一直線にして、その下に腕を通すとよく当たるのだが、他の生徒はそんなことはまだ知らない。大きく振りかぶりすぎて体の軸がぶれ、そのせいで当たらないということには自分では気づきにくいのだ。


 右足を軸にして左足を後ろへ置き、右足と左足が的に対して一直線になるように構える。そして頭が右足の直上に来るようにして体に一本の筋を通す。次に右肘を突き出し、機伝をかけるときのように腕を曲げて、顔のすぐ前に右手を構えて加護を発動する。注意すべきはここから肘を伸ばしていくときに、円運動にならないようにすることだ。肘を中心として腕を動かすと円運動になり、加護を放つ瞬間が早すぎたり遅すぎたりすると上に行ったり下に行ったりするからだ。まっすぐ利き目と標的との間に右手を置き、その線上からいっさいのズレが無いようにしながら加護矢を放つ。


 ここで間違いやすいのは、腕の力で加護矢を投げるという概念に陥ってしまうことだ。腕の動きはあくまで補助で、放たれる加護矢は自身の想像力によって加速させ、命中させるのだ。だから実は腕など振らなくても、固定したままでも加護矢を放てるのだが、まだそれに気づいた生徒はいないようだ。





 俺のやり方を見てユリカはすぐにコツを掴んだようで、ずっと当て続けている。この上達速度は異常だ。俺だってこんなに当たるようになるまでに2年はかかったんだぞ? 闇の表加護は隠蔽なので、攻撃力は無い。当たった瞬間に的が見えなくなり、またすぐ見えてくる。これはどう攻撃に使うというのだろう? ユリカが当てた瞬間に的が消えるので他の生徒が困っている。うーむ、これでは授業破壊だ。


「おい、お前らこれは逆にいい訓練だぞ! 的が見えてきた瞬間に射るんだ! 闇の賢者殿に感謝しろよ!」


 なるほど、そういう考え方もアリだ。この講師は物事をすべて良い方向に考えられる人格者なのだろう。講師が纏う加護流にも、小気味良い誠実さが感じられる。


 皆が腕を振りかぶって構える。的が現れると、10人ほどが一斉に加護矢を放つ。重なり合ってぶつかるので、ちょっとした複合加護のようになって破壊力が大幅に増したせいか、爆音を立てて的石が破裂した。おいおいやりすぎだ。


「お、おお!? …なかなかいい連携攻撃だぞお前ら! 今のが複合加護、いや複合加護の基本となる現象だ! さあ次は50メートル先の的石だ! ちょ、ちょっと印付けてくるから待ってろ!」


 そういって走り出す。この講師、本当にいい考え方を持っているな。さすがに予想外だっただろうに、いい切返しだ。




 ユリカは照準の仕方がどうやらとてつもなく巧いようだ。50メートル先でも難なく当てている。これが動く標的だとしても当てているだろう。到達速度が他の者と明らかに違う。


 加護は想像力なのだ。それだけの速度を持つと想像できればちゃんとその速度が出る。それに気づいたのか、ユリカの加護矢はどんどん速度が上がっていく。すさまじい速度で黒い矢が的石に当たり――


――――――ズン


 なんだこの派手な音は? ん? 的石が大きく円形に削られているな。まさかこれは、時空加護で空間を削ったのか? ユリカは飛び上がってミューと一緒に喜んでいる。こんな加護に狙われたら、どんな魔獣も即刻命を落とすだろうな。


「な!? なかなかやるじゃないか賢者殿! 印を付けてすぐに的石を使えなくするとは講師泣かせだな!? 悪いが賢者殿は別の小さな的を狙ってくれ!」


 講師はそう言ってまた別の石に印を付けるために走り出していった。師を走らせるとはなかなかやるな。それにしても前向きな考えの講師だ。こういう講師こそ、名を上げるような優れた騎士になるのだろう。一緒にいて楽しい人間なのだろうな。





 そのまま河原で昼食を取る。今日は3人で作った弁当だから味は保証できる。トレノはなぜか玉子を割ってそのまま弁当箱に入れようとしていたので急いで止めたのだがちょっと遅く、生卵がかかってしまっていた。玉子はもとからゆで卵なのだと思い込んでいたらしい。どんだけ箱入り娘なんだ。


 食材を買うのもおそらく3人で行った方がいいだろう。価格の正当な値段が分からず、高級品ばかり買ってこられてしまっても困る。騎士はいろいろと他に物資を買い込むのだから、生活費は抑えねばならないのだ。


「今日はまともな弁当なのだな。昨日は絶句してしまったぞ」


アルケイオス=ソクラテスが俺たちの弁当を見てほっとしている。


「今日はみんなで作ったのよー!」


「いいね~。楽しそう~」


 ミュー=カザタもその長い金髪を風に揺らしながら、これも自分で作ったのであろう色とりどりのおかずが入った弁当に箸をつけている。


 この学級には生徒が39人いるが、その中に8人も女性騎士がいる。例年より五級騎士、つまり高校3年生になる者は、女子生徒の分だけ増えたようだ。例年なら30~33人程度なのだが今年は開放の年なのだ。ユリカとミュー以外の6人の女子生徒たちはとても楽しそうに他の男子生徒たちと食事を取っている。彼女達もずっと心の中に秘めてきた想いがあったのだろうが、女性という事で諦めようとしていたのだ。


 だが、ユリカがその諦めを破壊してしまった。自分でもやれるはず、と考え直して騎士を志望したのだろう。そして今は夢が叶って幸せなのだ。楽しくて仕方が無いだろう。もともと第一高校の生徒だった女子は2人いて、昨日少し話をしたのだが、女性6人で騎士団を結成するということだった。優れた騎士は行動が早いというのが常識なので、彼女たちもおそらく相当優秀なのだ。


 伝聞社はこの女性解放現象をずっと追っていた。就職でも今まで、男性しか就かなかった営業職に女性が参戦しはじめていたのだ。記者に対して彼女達は、自分の思う通りに生きることの幸せを誰もが語っていた。そして口々に彼女達は、これが闇の賢者の最初の偉業だと言う。企業側でもこれだけやる気のある社員が集まり、業績が上がってきていれば女性蔑視などありえないといった口調になるだろう。よって大企業ほど女性進出の場が与えられ、これから彼女達はその会社の中で重要な地位へと就いていくだろうことが想像できた。





 午後は同じく加護実践学だが、今度は河の中の魚を狙って加護矢を放ち、捕獲する訓練だ。もちろん誰も当てられない。動く的にはそんな簡単に当たるものではないのだ。まず魚を探さなければならない。闇雲に撃ったところで魚に当たるわけもない。午後の日差しが川面を照らすので、魚は目で見えない。


「おらあ! ちゃんと加護で感じろ!」


 いきなりそれを言っても他の生徒には分からないだろうに? だがユリカは黙って目を瞑っている。おそらく感じるのだろう、あのアイラの頂上で得たものがあるのだから。


 俺も目を閉じる。左側面13メートルに1匹、左前方21メートルのところに2匹大きいのが固まっている。正面11メートルに1匹、すぐ足元6メートルに3匹小さいのが、右前方10メートルに小魚の群れ、右側面7メートルにばかでかいのが1匹。


 目を閉じていても光のようなものが見える。加護がそのまま見えているような感じだが、目で見ているのではない。体の加護が感じたものを脳で処理しているだけだ。


――――――パァン


 またか!? ユリカがばかでかいやつに向かって撃ったようだ。目の奥ではそいつの光が鈍って動きが止まる。一応殺してはいないようだな。目を開けると、ぷかぷかと60センチはありそうなフナが太陽の反射で光る水面へ浮いている。さっそくやりおった。


「な!? またいきなりか賢者殿!? おらあ、お前らも見習え! お手本を賢者殿が見せてくれたぞ! 見るんじゃない、体に流れる加護で感じるんだぞ! あと、魚は殺さないようにな!」


 ハハハ、授業を破壊しすぎだ。そして講師は前向きすぎだ。さすがに怒ってもいいと思うのだが…。


「ユリカ、本当にすごいのね。でもカケル君も本当はできるんでしょ?」


 当たらないふりをして魚のいないところへ加護を撃っている俺にミューが話しかけてきた。なんだ、ばれとるじゃないか。


「ああ、黙っててくれ。いろいろあってな。そのうち話す」


「うん分かったよ」


 アルケイオスも疑いの目で俺を見ている。どうやらアルにもばれているようだな。王族に身辺調査を一応お願いしておこう。問題が無ければ、話してもいいだろう。アルには片目をつぶって舌を出しておいた。マスタの真似だ。アルは呆れた顔で俺を見ていた。


 しばらく全員ともむやみに加護を放たずに、静かに目を瞑って加護流を感じようとする。だがそれでもできているものは少ないようだ。


「先生! 体で感じるというのが分からないのですが!」


「ああ、加護を感じるのは体の感覚器官を使うんじゃなく、自分の体の中に流れている加護流を意識するところから始めるんだ。いろんな生物が、加護を使えなかったとしてもその体の中に弱い加護流を持っているから、加護流同士の共鳴が起きるのを感じられればいい。少し強い加護流を出すから、目を瞑っていても俺がここにいることを感じられるかどうか試してみろ」


 ああ、それなら他の生徒達にも分かるだろう。講師が加護流を噴出させてると、そこにいた生徒全員とも、彼が三級騎士だということを疑った。あまりにも加護の量が多く、密度も濃いからだ。加護の扱いが相当にうまいからこそ実践学の講師となっているのだ。目を瞑ってもたしかに講師がそこにいることが分かるが慣れなければぼんやりとただその辺にいるとしか感じない。慣れてくれば光って見えて、ちゃんと人間の形をして見えるようになるはずだ。こうやって慣れていけば小さな魚の加護流だって見えるようになるだろう。


 その後、一気に上達したのは女子生徒たちだった。加護矢を放つと必ず魚に当たる状態になったため、気がつけば川面には大量の魚が浮かび上がっていた。だが殺さないように弱めて撃つように気をつけていたようなので、すぐに気絶した魚たちは意識を取り戻して河の中へ戻っていく。


「おいおい、情けないな男ども! しっかり想像力を働かせろ! 体で感じた感覚を脳で再構成するんだ!」


 講師の言葉に発奮した男子生徒たちも女子に続いて、だんだんとできるようになっていく。もはや男性が導く社会など、ただの幻想だったことに誰もが気づいていた。既成概念は完全に打ち砕かれ、それもずいぶんと爽やかに吹き飛ばしてくれたのだ。今年度の騎士見習いたちの主役は女性となっていくことが簡単に予想できる。以前俺も男尊女卑について疑いの目を持っていたが、ここまで概念を破壊することは俺には絶対に出来なかっただろう。ユリカは爽やかな笑顔で、今度は鳥を撃ち落していた。痛快すぎて顔が緩む。





「ねね、研究のことなんだけど!」


 河原からの帰り道、会話の切れ目でユリカが急に口を開く。なんだ? 決まったのか?


「私、前からずっと考えてたんだ」


「何、もう決まっていたと言うのか?」


 アルが驚いた顔でユリカの顔を覗き込む。


「うん、そうなの。本当はこの加護が分かった日から決めてた」


「なんだ、結構前だったのね~」


「ユリカ様は何も考えていないようで、実はしっかり考えていらっしゃったのですね」


「で、ユリカは何を研究するのだ?」


 ユリカは満面の笑みでみんなの顔を見回してから、とんでもない言葉を口にした。


「うん、それはね・・・みんなで木星に行こう!」


「「「木星!?」」」


 いやいや、火星がぎりぎり限界だと思うんだが、それは俺の既成概念なのか。ユリカならその概念すら消し飛ばすのだろう…

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