22話 拳の舞い
王城に着くと、まず二の門の外にある宿賓殿に通された。2月11日の祭典に出席する国賓が数十は来ても収容できるほどの大きさがある王家関連専用の宿泊施設だ。その一室で晩餐会の準備が整うまで待つのだ。
ただの一般人という扱いではあるが王族を危機から救出した主賓という状況なので、王族を除いた中では最後に入場して最初に退場するわけだ。その間に黒水晶の間でやるべきことを練習する。一度発現してしまってからでは、黒水晶から手に光は伸びない。どうやっても無理なのだ。それをなんとかするように火力車の中でシルベスタ先王から提案があった。
銅でできた小雷線は、加護を通しやすい。さらにその周りに水晶の細かい欠片などをまぶして布などで巻けば、加護線ができあがる。本来は加護を使った機器、飛空船などで力石への空中加護補給などに使われるのだ。特にこれは月や火星への航行時に有用で、船外活動をすることなく補給が可能となるので、宇宙空間では当たり前の技術となっていた。水晶の欠片をまぶしたものが加護線、まぶさないものは小雷線となる。
これに雷を通すこと、雷力を伝達するのに効率が良いことを発見した騎士が、銅の精錬技術を基にしてクルスタス雷力社を設立した。最初のうちは雷力を利用した灌漑用水の汲み上げ業務を行っていたが、すぐに大規模な雷力を利用して機伝、そしてその他の機械発明を続けていき、クルスタス機械工業へ社名を変更した。今では世界中へ機械を販売する巨大企業群、クルスタス財閥にまで成長している。その一族はクルスタス財閥の国民生活への大きな影響を有しており、宰相を務めることが多くなっていた。
だがもともとの小雷線の使い方としては、加護を通すことが重要だ。今回は適正試験を受けるユリカの足元から黒水晶へと伸ばし、その中へ加護を通す。そして黒水晶からユリカは自分自身へ加護流を向けて循環させる。そうやって、さも黒水晶からユリカへ加護が伸びていくかのように装うのだ。これには、加護の体外への放出と操作が必要になるが、体から出すのと体へ戻すのと、2種類の作業しかないので初めてでもすぐにできるだろう。シスカ王はこれを思いついたので今回のような芝居のようなことを進めたのだろうと推測できた。
音も無く天井から降りてきた灰色の装束を纏った隠密は、粛々と加護線を床から壁に向かって引いている。灰色の装束は体にしっかりと纏わりついており、袴のようなだぶだぶとしたものではない。顔面は布で覆われ、目元しか開いていないので表情はよく分からない。
加護線の準備が整うと、隠密は俺を見てこくりと頷く。言葉は発しないが丁寧な仕事で、線はぴっしりと直線に張られ、壁には黒水晶とほぼ同じ高さのところまで線が達している。無言のままでも忠義心は伝わってきており、俺が「ありがとう」と声をかけると衣擦れの音すらさせずに跪き、すぐに飛び上がって、地の加護らしきものを発動させ天井へ潜り込んでいってしまった。見事な動きだ。
「ではユリカ様、見本をお見せしますのでよく見ていてください」
「おー! 隠密さんもありがとう!」
俺は野外活動で練習していたから見本を見せることができるのだ。足元の加護線に、足の裏から加護を放出する。加護の光は簡単に加護線へ吸い込まれていき、壁まで張られたその先から光があふれ出してそこで留まっている。手を掲げて、吸い込むことを意識すると、手へと光が伸び、吸い込まれていく。
「ふわー、まるであの時と同じみたい。きっと、これも床が黒だからできることだよね」
「そうです。加護線もユリカ様の加護も黒いですから、まったく見えませんよ。ではやってみましょう。まずは足の裏から加護を出すことを想像してください」
「うーん、初めてだけどそんな簡単にできるのかなぁ…あ、できたじゃん」
「簡単すぎましたね」
ユリカが持ち上げた片足の裏から黒い靄が出てきて、足を覆っていきながら次第に大きくなっている。体の特定の場所から加護流を噴出させることは、もともと手のひらから出すという意識でできているのだから、そこに限定されることではないのだ。
「では、そのまま加護線を踏んでみてください」
「あいさー!」
ユリカが黒い靄に包まれた右足で加護線を踏むと、その黒い加護はすぐに線の中へ吸い込まれ、壁の上方にある線の先端から顔を出した。あとは壁際にある加護流を自分の手のひらへ吸い込む作業なのだが、一気に吸い込ませると動きとしておかしいので、適正試験を受けているときに起きるような細い線のようにしなければならない。
「あの先に見えている加護が体の一部であると認識してください。そこから、自分の手へ、まるで腕を伸ばすかのように意識してみてください」
「うん…。ん、動いた。うーん、ねえカケル、これ動きが微妙…」
意識が加護を認識したようで、加護が少し伸びてうねうねと動いている。…何かの生き物かこれは? こんなのがいたらかなり怖い。これを来客に見せたら失神する者が出てしまう。まるで黒い蛇だ。
「…ユリカ様。それはさすがに不気味です。動かすのではなく、腰をすえて腕だけ伸ばすつもりで」
「うむむうう」
「ウツセミを思い出してください。あれと同じですよ。加護流をもう一人の自分だと思ってください」
「あっ、そうか!」
途端に黒い靄の動きが止まり、手袋をしたままのユリカの右手へするすると伸びていった。よし、成功だ。直後、扉が軽く叩かれ、時間が来たことを告げていた。扉を開くと侍従の女性がにこやかに出迎えてくれていた。線はどうしようかと思って後ろを見ると、既に先ほどの隠密がまたしても粛々と仕舞い込んでいる最中だった。いい動きだ…。
晩餐会の会場は迎賓殿の大広間だった。ある程度人数がいるので、大広間でないと広さが足りないのだろう。このような宴会も重要な外交の業だ、普段から国賓を招くときにこのような晩餐会を行っているのだろう。特に2月は忙しいだろうから王族も毎日の豪勢な食事に胸焼けを起こすのではないか。
畏まりながら目を伏せがちにしてユリカの後ろに付いて会場の中央を歩いていく。大広間には既にかなりの人が集まっており、紙伝によく載る顔がチラホラと見えた。会場後方には伝聞社の人間らしき者達がいて撮像の光を放っている。
ここには政治の中枢の者たちが集まっている。邪魔にならない程度の音量で音楽家たちが演奏しているのが見えるのが、なんとも優雅な雰囲気だ。彼らがここへ呼ばれた理由は、マスタリウス殿下がアイラから無事に戻ったことを祝う意味がほとんどで、たまたまそこに居合わせて殿下を救出したということになっているユリカを称える意味など欠片も無いのだろう。そんなくだらないことでも集められてしまう彼らには、同情を禁じえなかった。この後起こるはずの「闇の賢者現る」という重大事件が無い限り、彼らにとってはよくある退屈な晩餐会でしかないのだ。
机と座席は会場の周辺部に配置されており、中央部はがらんどうだ。そこを歩いているのだから会場の全ての視線がユリカに集まっていた。なぜ中央がここまで空いているのかは、晩餐会というものに出たことが無い俺には想像がつかないのだが、こういうものなのだろう。
ユリカが歩いていくのを見て、その場の誰もが小声で隣の者と囁きあう。気品溢れる堂々とした歩き方は、カノミ流の拳術を会得している者だからこそ、流れるような体重移動が可能にしたものだった。女の癖に騎士を目指すなど、下賎の者ではないかと蔑んでいた閣僚も多かっただろうに、この優雅な姿に驚き、ユリカがカノミ物流社副社長の娘だったことを思い出しているのだろう。なるほど、上流階級の娘らしい仕草に、騎士となるべき品格も備わっているのかと感心している空気が、ユリカに向けて放たれている。
何人かは鼻の下を伸ばして、またある者はその妻らしきものに尻をつねられている。うんうん、ユリカも随分と、どこに出しても恥ずかしくない子になったものだ。おかげで俺はまったく目立たずに済んでいる。
親父が全盛の頃に行われた太陽王認証極秘会議の面子も、クルスタス元宰相とヤマタイ国主以外は全員いるようだ。クルスタスとヤマタイに動機は思い当たらないが、会ってみなければ分からない。しかし恐らくこの中に首謀者がいるのだろう。会場の中にはほんの少しだけ嫌な空気が紛れ込んでいる。それを感じて俺の心臓が一瞬ドクリと強く波打つ。いや、怒りに身を落としてはいけない。落ちたら戻れなくなってしまう…。
シスカ王のために用意されている少し高い台の、その目の前に用意された席へ着くと、俺はユリカのためにそっと椅子を引く。ユリカの帽子を取るように促して受け取り、それを机に置いてユリカのすぐ横に立つ。執事のフリなので俺は座らない。ユリカが座るとすぐに4王家の王族が会場前方、俺たちの机の両隣へ姿を現した。俺たちが入ってきた出入り口とは別の、奥の方の入り口からだ。
その中にはあのマスタリウスはいない。各王家の当主と妃だけか、またはそれに加えて長男という形のようだ。マスタリウスが座るべき席はあるので、後でシスカ王とともに現れるのだろう。王族たちが現れると会場のざわつきが収まり、音楽家たちの優雅な演奏も音量が絞られていき、ついには止まった。
「陛下がお見えになります」
侍従の声に、ざざっと音を立てて全員が起立する。舞台の奥から衣擦れと靴の音が数人分聞こえ、シスカ王陛下と王后陛下、そしてシスカ王の長男アルシス殿下、その後ろにシルス殿下と妃殿下、さらにはマスタリウス殿下が現れる。シスカ王は先日と異なって金の刺繍がされた紫の王衣を纏い、その威厳を殊更に醸し出していた。
「皆の者、本日は王城への参内、まことにご苦労。また火王家のマスタリウスにおいては先日、アイラ山にて遭難の折、そこに見えるユリカ=カノミ嬢に命を救われたと聞く。そしてマスタリウスもよく無事で戻ってきた。冒険好きなのは良いが、無理をしすぎることの無い様に注意せよ。それにしてもカノミよ、命がけの救出とは、まことに大義であった。」
「ははぁっ」
「今日ははマスタリウスの無事を喜びカノミの殊勲を労わるため、晩餐の会を開かせてもらった。カノミには後ほど褒美の品を授ける。皆、存分に楽しまれよ。それでは杯を手に持て。太陽神の栄光に乾杯!」
皆で「乾杯」と追唱し席に置かれた飲み物をゴクリと喉に流す。うん? 果汁のようだがちょっと酒が入っているな。ユリカは「ふんがッ」と言って水が注がれた椀に手を伸ばしている。
「ユリカ様、お酒はほどほどに。さて、壇上のシスカ王のもとへご挨拶へ」
「ひぃ~ お酒だとは思わなくて一気に飲んじゃった。うぇ~~」
そうは言っても会の最初には、まず主賓が直接主催に挨拶をしに行かないと話にならない。俺はユリカの背をさすりながら壇上へ促した。ユリカはちょっと上気して宙を見つめているので、いい気分のようだ。もう既に酔っ払い気味にも見える。こんな調子で大丈夫だろうか?
「シスカさま、今日はこんな素晴らしい席にお招きいただいて本当にありがとうございます」
「よく来てくれた。フフフ…ユリカ殿もなかなかお美しい。婿選びも苦労するのではないかな?」
「お婿さんは既に決めておりますのでっ って何言ってるんだろう私!?」
またしても頬に両手を当ててもじもじ攻撃だ。自分から爆弾発言をしておいて、そんな困った顔で俺を見てどうする。俺を撃沈する気か。いや、既に撃沈されているとも言う。シスカ王も好奇心いっぱいの目で笑いながら俺を見ている。本当にいたずら好きだな、狙って言ったな?
「マスタリウス殿下もご機嫌麗しく」
「ああ、先日は助かったよ。これからもよろしく」
あのときと同じように、片目を瞑って舌を出す。うん、わかったぞ王族ってのは揃っていたずら好きなんだ。まったく後ろめたいものを感じないな。だが、これで強い味方ができたわけだ。
「フォッフォッ、さてこの後は舞踏があるので、ユリカ殿もそこの立派な執事殿と踊って行かれてはいかがかな?」
「「なんですとっ!?」」
舞踏、つまり踊れと。まったく想定の範囲外だった。そんなものは一切練習したことがないので思わず俺まで叫んでしまった。ユリカは愕然として俺に助けを求める目を向けているが、社交場での踊りなど俺に解決できるものではない。
シスカ王への挨拶を終えて2人ともなかば呆然としながら元の席へ戻っていく。既に演奏は再開しており、踊りが好きなのであろう開発大臣の夫婦が中央で踊り始めている。ここで踊らないという手もあるが、重要な社交場へ呼ばれておいて一切踊りませんでしたでは、カノミ家の名に傷を付けてしまう。他人の動きを真似て何とかするか。いやそれでは付け焼刃だ、お互いの足を踏んで転ぶに決まっている。少々派手な動きでも良ければなんとかなるのだが。あ、そうだ、だったら普段の動きでいいんじゃないか。
「ユリカ様。自分に良い考えがございます」
「え? どうするの?」
「組み手をやりましょう、ただしゆっくりと。演舞のように」
「いいかも! それならできるかも!?」
そう、俺たちができるのは武舞だ。落ち着いた足捌きで組み手をすれば、舞いのように見えるだろう。実際、師匠と師範の組み手は美しい舞いのようだったのだから。しかしかなり動き回ることになるので、今踊っている人たちが席に戻ってからの方がいいだろう。まずは食事をいただこうということで、話は決まった。ユリカは既に戦いを始める気でいるのか、にこにこと良い笑顔をしながらも左手の拳を握って机の下で音楽に合わせてぶんぶんと振っている。俺から見ればその拳で相方をぶん殴る気満々というようにも感じるぐらいだ。
さて料理の方はと言えば、初代王家が威信をかけて家畜化した鶏と豚を、野菜に包んでタレをかけた料理が出てきていた。王家郊外で育てられたこの家畜たちは、いまや世界中に増殖され、普通は肉といえば鶏か豚だ。鶏の増産はさらに、高級食材だった玉子を庶民の手の届きやすい価格にすることに成功した。玉子を食べれば加護が得られるなんていう都市伝説が流行って一時期は高騰したが、今はそれが根拠の無いものだと分かって価格も落ち着いてきている。俺も子供の頃、大量に玉子を食べさせられたものだ。うん? 俺の加護はそのおかげか? まあ違うだろうが、豊富な蛋白質は俺の体質を細身の筋肉質へ変えてしまったから、少しは関係しているかもしれない。
さて、この中にいる者たちが、味方と成り得るのか、それとも犯人なのか、それを見極めて行かなければならないが、俺たちには誰も寄ってこない。それぞれ他の者達同士は、知っている顔同士で集まって談笑しあっているようだ。俺たちはまだまだ下賎の者という扱いで、話しかける価値も無いようだ。それはそうだ、この閣僚たちに比べたら、ダイムーのために働いたことなど一度も無いのだから、ちょっと話そうとしても話だって合うわけがない。
主賓という立場でもどんなに奇麗事を言おうが、ここの者達の認識はそんなものなのだ。だが、味方は別だ。こちらへ近づいてくる影がひとつだけあった。
「ユリカ殿、それと執事殿。お初にお目にかかります。神官主のイーノルス=シンクです」
「神官主さまっ 初めまして!」
「ユリカ殿はお綺麗ですね。執事殿。拙者は嬉しい限りでございます…」
そう言ってイーノルス神官主は目に涙を滲ませた。一応、俺の芝居に合わせてくれてはいるが、主賓そっちのけで執事に会って感動していては、一体何が起きたのかと疑われてしまうからまずいのだ。
「これは失礼、ユリカ殿、後ほど黒水晶の間ではよろしくお願いし申す」
加護適正試験の主催者だからこそ、ユリカに声をかけてもおかしくはない。だが手短に済ませ、すぐに自分の席へ戻って行った。この人はいっさい邪な気持ちを持っていない。その目を見ればすぐに分かった。
なんらかの薄汚い心を持っていれば、どれだけ隠しても加護者、それも強い加護を持つ者ならよりはっきりと、その心の奥に気づくことが出来る。その者の周りは大気中の加護の流れが淀んでいるように見えるからだ。
火王家、問題なし。水王家、不明。風王家、不明。地王家、問題なし。もちろん、王后陛下も問題ないことは壇上で目を見たときに分かった。
建設大臣、問題なし。内政大臣、不明。大蔵大臣…む? 問題ありだな。公金を盗んで私財でも貯め込んでいるのか?
開発大臣・交通大臣・教育大臣・その他、問題なし。開発大臣の隣にいる副大臣は少々熱気がすごいな。正義心なのかこれは? あっ。宰相兼火星開発大臣、妻ともども大いに問題あり。どう見ても私腹を肥やそう、何かを出し抜いてやろうという汚らしい加護流だ。こいつらだな。
なるほど、犯人は尻尾を掴ませずにのうのうと宰相の座に居るというわけだったか。証拠が無ければ民の付いてこない独裁的な粛清になってしまい、国政が乱れる。だが、敵が分かっただけで十分だ。この場では俺か、ユリカぐらいしか分からないだろう。本来は加護が相当強くなければ、隠している心は分からないのだから。それでも、うまく隠しきれていれば俺にだって分からない。
「ユリカ様、あそこにおられるのが宰相のコーエン=ユウチ殿です。どういう人物か、見て分かりますか?」
「ん? んー。どす黒い。悪い人…っぽい。あの人の周りの空気、淀んでる感じがするね?」
うん、正解だ。敵はどうやらあの気障ったらしいエスタの属するユウチ家だ。だがまだ動機が分からない。なぜ太陽王の代が替わることで不利益を被るのか? エスタは加担しているのか? まだまだ分からないことだらけだ。だが、5年以内に必ず尻尾を掴む。だができることなら卒業するまでに解決したいものだ。
あちこちに視線を向けていると次第に中央から人が引いていき、なんだか俺たちへ視線が向けられていた。うん、お前ら早く踊れという視線だ。もしかして踊れないのか? という疑問も多分に含む目で、「だから下賎の者がこんなところへ来たってしょうがないのだ」と言いたげだ。
「さてユリカ様、出番ですよ。皆さんを驚かせてさしあげましょうか」
「よっし、ゆっくり、ゆっくりね」
「お手柔らかにお願いします。攻撃は読めるもので、当てないように」
「あいあいさー!」
黒いひらひらとした衣装が宙に浮く。まるで重力を無視したかのような、円を描くような滑らかな動きだ。木の葉のようにふわりと浮かび上がり、鉄の錘のように素早く床へ足を下ろす。この宴席用の衣装でやるのだから、細かな動きすべてが美しく見える。逆に俺は目立たぬよう、受けに回る。
まるでそこに、黒い精霊が舞い降りたようだった。古の賢者達がその姿を口伝にて伝えていた闇の精霊とは、こういうものなのだという驚きを、ユリカはその場の全ての人々へ体で伝えていた。誰もがこのような舞踏を初めて目にしたのだろう、息を飲んで鑑賞している。もはや、お金が取れるような演舞だ。王城でこんなことをするのも無礼極まりないだろうが、これしかできないのだから仕方の無いことだ。
もしやこれは後で怒られるかなと思ってチラリと壇上に目をやると、シスカ王たちも身を乗り出して見ている。そんなに面白そうに見ているなら、これはアリみたいだなあ。音楽家達もユリカの動きに驚きながら演奏しているのだろう、俺たちが動きにくそうに見えたのか、だんだんと曲調が早まっていく。それにつられ、俺たちの動きもやや早く、しかし煌びやかに攻めと受けを演じる。次第にそれは通常の組み手のようになっていく。一般人から見れば激しく動くが、俺たちには緩慢な動きでしかないので体捌きには無駄が無く、ドスンバタンという音もすることがない。静かに、ただ静かに黒服の2人が戦い続けている。
舞踏ということにするならば、最後だけはおそらく舞踏っぽい形に締めねばならない。曲が終盤に近づいた雰囲気を感じ取り、お互いが身を寄せ合って俺はユリカの細く折れそうな腰へ手を回す。ユリカがそれを支えにして背を仰け反らせたところで曲が終わった後、会場のご歴々から万雷の拍手を受けてしまった。うん、なんとか難局を凌いだぞ。
「ユリカ殿、そこの執事も見事であった。それはカノミ流の演舞かな?」
「はいっ! カノミ流拳術の演舞です!」
とても即興ですとは言えない雰囲気だが、ユリカはうまく言い収めてくれた。なんだかんだで無理矢理こなした演舞にお褒めをいただいてしまったわけだ。大成功だな。あとでこれを師匠と師範に教えて4人で爆笑することにしよう。もしかしたら新しい型として組み込むのもいいかもしれないな。1人でやる型ではなく、2人で行う練習に最適だ。カノミ流の基本的な技もすべて入っているから、教えるのにもちょうどいいだろう。
「さてさて皆の者、思わぬ余興を楽しんだところで、もう一つ余興を用意しておるので黒水晶の間へ移動しよう」
シスカ王が手を叩いてにこやかに告げると、皆席を立ちぞろぞろと迎賓殿を出て、二の門と大手門の間にある黒殿へ向かった。




