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太陽王の世界 ―黎明―  作者: 檀徒
◆第一章◆
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16話 暴走一家

 王城から戻り、師匠、ユリカと共にサノクラ師範の屋敷へ向かう。一応、中でのことは報告することにしていたのだ。火力車を2本乗り継ぐだけですぐに屋敷の近くまで到着する。あとはほんの5分ほど歩けばいいのだ。


 大手門から火力機関車を1回だけ使えば帰宅できるような第3郭の堀沿いが一等地だ。サノクラ師範やヤグラ師匠の屋敷はその一等地ではないものの、火力車を乗り継ぐだけで到着するので地価も高い優秀な住宅地だし、近隣には交通の便の良さから大規模な商店まである。大手門からそのまま南側の第4郭へ抜けると、カノミ物流社が出資している中央卸売市場があり、王都の4000万人の胃袋を満たすための生鮮食品は、すべてが一度ここへ集まる。あまりにも大きな市場なので、その周辺の住所は「市場」という地名になってしまっている。


 それにしても、話は複雑になってしまった。どこまで話すか。いやサノクラ師範夫婦は信用できるし口も堅い、それどころか親父の騎士団の団員だったのだから、すべて話してしまおう。俺たちが王都不在の間も、シスカ王たちとの情報のやりとりをしてもらう味方は欲しい。


ユリカを先頭に、サノクラ家へと入っていく。


「お疲れ様でした! 王城はどうでしたか? カケルちゃん、今日もかわいいわねー! お肌がすっごく綺麗!」


 お肌!? ユリカのお母さん、サーシャさんが出迎えてくれた。外に出れば落ち着いていて上品な、女性の鑑だ。家の中では明るく元気な、まるで少女のような人だが。ただ、カワイイ男の子扱いされるのがかなわないが。まるで女の子に対して言うセリフですよそれは……。


「ええ、おかげさまで無事に終わりました。中でサノクラ師範とお話をしたいのですが、お邪魔しても?」


「ええ是非、それを待ってたのよ!」


「私も同席するぞ」


「もちろん、ご当主様はどうぞ上座へお座りください」


「ああ、すまぬな」


 4人で応接間へ向かう。ユリカの家はさすがというか、とても広い。一流どころのお嬢様だからなあ、という感じだ。美しい木目の入った、よく磨かれている廊下の床面に足を運びながら奥へ通されていくと、サノクラ師範が腕を組みながら応接間の椅子に深く腰掛けて待ち構えていた。すぐにユリカに気がつき、まるで子供のような笑顔になる。この人も少年のような人なんだな。一家全員とも、気持ちが若いのだろう。





「ユリカぁ! よくぞ無事で帰ってきた!」


「師範、ただいま帰りましたー!」


 困難な魔獣討伐に行った娘を出迎えるかのような喜びようだ。本人は行きたくても行けなかったのだから、待ちくたびれていたというのもあるだろう。


「うう、ユリカ。そろそろお父様と呼…」


「だめです!」


「うっ…駄目だって、サーシャ…」


「プッ、ご自分で課したことでしょう。ユリカが一人前になるまでお待ちなさい、あなた」


 ハハハ。もうすっかりユリカの方が強いな。師範もかわいそうに、サーシャさんに諭されてる。親子漫才が展開されている間に、俺たちはそれぞれ導かれた席へ座っていた。上座には師匠が通されている。師匠が済まなさそうにこちらを見ているが「後で」と頷いて返す。


「お茶をお持ちしますね。少しお待ちください」


 サーシャさんはそう言ってすぐに台所へ向かっていった。さて、話をする前にやることがあるな。聞かれてはまずい話をしなければならないからな。


「光の聖霊よ、その力を我に貸し与え給え、この場に隠された耳の所在を明らかにし給え」


「なっ!?」


 サノクラ師範の目が飛び出しそうなほど見開かれている。話の前にいきなり光の加護だ。いや、すいませんね。危険を最小限にするには、やらなきゃならないのでね。


「……無いな。良かった」


 そこには隠密の潜む隙間もなく、機伝や風伝板を改良した盗伝機などは見当たらなかった。光の加護は子供たちの間でも大人気で、小さな子供たちが詠唱を唱えるふりをして賢者ごっこをするのをよく見かけるし、俺もよくやっていたから詠唱だけは知っているのだ。


「カケルちゃん、あなた……。その光は白…? …賢者なの?」


 サーシャさんはお茶とお菓子を持ってきたまま、あやうくせっかく持ってきたものを落としそうになりながら、白く光る俺の腕を見て体を固まらせていた。だがそれもすぐのことで、台所仕事用の前掛けを勢いよく取り払い、ずんずんと空いている椅子向かって歩き、どすんと座り込む。サーシャさんはさあ話せ、と言うかのように目をこれでもかと開いて俺に視線を向けた。この人は元気だなあ。





「師範、サーシャさん。ご説明しましょう。サーシャさんも座って聞いてください」


「…その前にカケル。席を替わってくれ。…意識するとなんだか微妙にむず痒くてな」


「はい。礼を重んじて、俺が上座に」


「!? どういうことだ? まさか?」


 師匠が席の交代を告げると、師範はプルプルと震えだした。そのまさかを、想像しているのだろう。上座に着いた俺は、報告を開始した。


「単刀直入に報告します。俺は太陽王でした」


「カケルちゃんが!? 光の賢者じゃなくて!?」


 サーシャさんは声を荒げて驚いているがサノクラ師範は天井を見つめている。その場に立ち会った師匠以外の、初めてその事実を知らされる一般人なのだ。神官主と予知についてのやりとりをしていた王族とは違い、予想などまったくしていなかったのだろうから驚いて当然だ。


「それからユリカは闇の賢者でした」


「なんだとぉお!?」


「ユリカまで!? …あなた、これは一大事ね。お赤飯炊かないと」


 それから事の顛末を、時折ヤグラ師匠もその視点を交えて、すべて話した。最初は相槌を打っていたが、2人とも次第に寡黙になっていった。


「「……」」


 2人とも、話の半分ぐらいからずっと黙っている。親父の死、サノクラ師範の怪我の真実が知らされたのだから、2人とも10年前のことをあれこれ思い出しているのだろう。サノクラ師範は王城で起きた出来事を全て聞き終わると、鼻から強い溜息を吐き出し、俺の目を見据えていた。なんだか既に知っていたかのような感じだが、だとすると隠さずに王家に伝えたことはいけなかったのだろうか?


「そういう訳で師範には極秘で、協力者になっていただきたいのです。ですから、これからもいつもどおり俺と接してほしいです」


「…う、うむ分かった。タケルのことは俺もずっと気がかりだったからな…」


 俺はサノクラ師範にずっと聞きたいことがあった。だが、こうやって太陽王と認定される前に話をしても、怒鳴られて話をしてくれない可能性があった。何故なら信じがたい現象についての推測で、そのことはヤグラ師匠にも誰にも言っていないようなのだから。


「師範、ひとつ教えてください。あの魔龍と戦って14人が飛び去った後、時空を飛び越えた感触はありませんでしたか?」


 魔獣が時空加護を使ったことは、今までに一度も記録に無い。まず生物として存在しない姿をして、さらに使用することが考えられない時空加護まで使いこなしていたとなると、サノクラ師範の精神が崩壊しているのかと疑われることになっただろう。だが、ここまで深く情報が進めば、サノクラ師範も口を開いてくれるはずだった。


「!? なぜそれを!? それは本気で言っているのか?」


「いえ、俺の推測でしたが。どうやら当たっていたようですね。戦っている瞬間に飛ばされたんですね?」


「あ、ああ…あれは不思議だった。体が急降下する感覚がして、魔龍が急に見えなくなった。そのときは昼だったのに、一瞬の後には満天の星空のもとにいた」


「やはり、時空を超えたのですね」


「ああ、ヒグスたちも、その周りには見つからなかったしおそらく助かっていないだろうということは分かったが、タケルの体はどんどん冷たくなっていってな…手持ちの力石は使い切ったのに…クッ」


 悔しかっただろう。友を、次第に冷たくなっていく歴戦の仲間を、ただ見守るしかなかったのだから。師範の顔が苦く歪み、上下の歯が圧力を増して噛みあわされる。


「…そして、すぐに夜が白んできて、飛空船が我々を発見してくれたんだ」


「…なるほど、分かりました。虹色水晶の一番嫌な使い方をした犯人がいるようです。親父のことがどうこうではなく、その行為は人として許せませんね」


「タケルには、ある使命があったんだ。だがそれをまっとうすることはできなかった。カケル、お前がタケルの無念を晴らしてくれるのか?」


「ええ、5年以内に、必ず。可能ならもっと早く。でも、その使命とは何ですか?」


「私も分からないのだが、王家に何かを伝えようとしていた。世の中の全てが変わるようなことだと言っていたが、詳しくは誰にも言わなかったようだ。だからタケルは絶対に死なせられなかったのだ…」


 サノクラ師範は暗く沈むが、それも一瞬のことでまたすぐに優しい顔へ戻る。


「もしかしたらカケルが太陽王であることに気づいていたということなのかもしれない。だからお前のことを隠せ、と」


「何でしょうね。7歳以下でも、そのような兆候が俺にあったのでしょうね。隠すということはそういうことでしょうか」


「いや、分からない。それに俺はもうまともに戦えないから、できることは無くなってしまったな。逆にカケルに頼まなければならないな」


 師範はそう言って、深く俺に頭を下げてきた。そして、突然思い出したように顔を上げ、とんでもないことを言い出した。


「いや、俺にできることはまだあったな。カケル、妃の候補はまだいないだろう? どうかユリカをもらってくれないか!?」


「「ブフォッ!!」」


 ユリカと2人で揃ってお茶を噴き出してしまった。突然、何を言い出すのかこの人は。


「はぅ、ええぇとそれはちょっと急に…心構えが…いや嬉しいけど…どどどどうしようカケル?」


 ユリカは完全に顔を真っ赤にし、小さな体をさらに縮めてもじもじしている。うん、かわいい。このかわいさは異常だ。是非ともすぐに…いやいや、そうじゃない。ええい、思考が分裂する。


 そんなうるうるした目で俺を見るなってば。こら、小動物のように首を傾げるな。頭がくらくらする。うーむ、意識を強く持つんだ俺よ…。ばしっと自分の額を平手で叩き、やっと平常心を保つことに成功した。おそらく俺の額は今、真っ赤に染まっているだろう。


「コホン。ええと、そのお申し出は大変ありがたいのですが、本人の気持ちも考えずに親が結婚の相手を決めてしまうのは、時代柄どうかと思います」


「むう、そうか? いや、カケルは太陽王で一級騎士。もうすぐにでももらって行っていいんだぞ? ユリカにとってもこれ以上の相手はおるまい。親としても大歓迎なのだが…ユリカが気に入らないか?」


「へにぅっ…そうなの? 私じゃだめ?」


 ユリカが変な声を出して泣きそうな顔で俺を見ている。ああもう。ユリカの気持ちは分かった。だが、騎士としては慎まねばならないことでもある。


「いえ、高校を卒業して旅に出、いずれ犯人を暴き、太陽王として即位した暁には…それまでは騎士として、慎みのある行動を心がけたいのです」


「そ、そうか! そうだよな! よしユリカ、いまから花嫁修業だぞ!?」


「あ、ちょっと待ってください。ユリカは俺と一緒に犯人を追ってもらいたいと思っているんです。ユリカの力がおそらく必要になるので」


「ん!? んん…そ、そうか…そうだよな…」


「あなた。あまり突っ走らないようにお願いします。暴走癖がユリカにうつったらどうするんですか」


 師範を窘めているサーシャさんには悪いが、暴走癖は既に完全な遺伝を果たしていると思うぞ。


「はぅ…私頑張るので、えと何を頑張るの? えと、いろいろ、あっちも頑張るのでよろしくお願いします」


 ユリカは首を官能的にしなだれてポーっとしている。うん、完全に意識がどっかに飛んでるぞ。あっちってどっちだ!? 待て待て、それはどっちの方角か想像はできるが、騎士にそんな無体な。もう無茶苦茶だぞ?


「私もカケルちゃんならいいと思うわ。ウフッ、こんなかわいい息子ができるなんて…ウフフ…ウフフフフ…」


 えっと、サーシャさん。あなたも暴走してませんか。その笑い方、すっごく怖いですよ。おいおい、一家まるごと大暴走だぞ。


「…皆さん落ち着きましょう。平常心ですよ平常心」


「あら、私はいつも平常心よカケルちゃん」


 サーシャさんはそう言いながら俺の頭を撫でてご満悦の様子だ。でもそれは平常心とは言わない。目が据わっていると言うのだ。俺の頭ぐらいいくらでも貸してやれるが、結婚とかそういうのはこうやって決まるもんじゃないんだと思っていたんだがなあ。でも俺とユリカだと、こうやって背中を押してもらわないとだめだったのかもしれない。コレは心を保つのに相当苦労するな。まあ、苦労して心を抑えてこそ強い加護が得られるのだから、アリと言えばアリだが。結局師匠は、ずっと黙って苦笑している。





「さて、明日からの修行の話に移ってもいいか?」


「ひゃいっ!? あっ!」


「はい、師匠お願いします」


「うむ、気を引き締めていくぞ。怠けていると、加護は消えるからな?」


「うぅっ…分かってますとも…」


 さっきまで完全に忘れてましたって感じだなユリカは。山登りの件は1日遅れだが重要な修行だ。既に適正試験は終わってしまったが、総合試験が残っているし、山登りは今後の騎士人生の中で重要な転換点になるだろう。


「向かうのは、冬のアイラだ。登頂するぞ」


「それを予想して覚悟していました。どんな修行でも耐えてみせます」


「よく言ったカケル。だが気を抜けば死ぬのが冬のアイラだ。ユリカ、どうだ?」


「もちろんです! カケルと一緒ならどこへでも!」


 ありがたい。俺もユリカと一緒なら、どこへでも行ける気がするんだ。そして俺はユリカのような心の明るさを取り戻したい。だがそのためには何かが足りていない。一体それが何なのか、俺にはまだ分からないのだ。それもいつか分かるはず。いつかきっと。


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