12話 すべてはひとつ
3年前の寒い冬の夜、俺は不思議な発光現象を見た。冬とは言え暖かいはずだが、最近は地球寒冷化によって寒い夜も増えているのだ。その発光体は、大気と静電気の関係で自然に起こる現象なのか、その発光体が見えた瞬間のそのときには分からなかった。
一人、郊外で野外活動の訓練をしていたときのことだから、周りには誰一人いなかったので、俺はそれを誰にも話していないし、言ってもどうせ信じてもらえないのだ。何を馬鹿な、うそをつくなと蔑まれるに決まっているのだ。
その発光体は、しばらく上空に居た。いや、おそらく最初から居た。ずっとそこに。俺はただ、その存在に気づいてしまっただけなのだ。そういう雰囲気があった。だから俺以外の人間がそこにいても、その発光体には気づかなかったに違いない。すぐにそれが、加護と何らかの関係がある存在であることを直感的に理解した。生物の体に依らない純粋な加護としての存在。だがそれは生物ではなく、知性も感じなかった。ただの純粋な力だ。たまたまそこが、そういう力が集まってしまう立地条件だったのだろう。
なぜ、俺がその発光体に気づくことができたのかは、その後すぐに分かった。知性は無いと思っていたその光には意思のようなものがあって、俺を見ていたのだ。そう、ずっと見られていた。だがなぜかは分からないが、恐怖は無かった。
気が付くとその光は目の前にあった。というより、発光体が俺に気づいていたことに気づいたときには、俺がその発光体の視点で俺を見下ろしていた。次の瞬間、俺の体は、さらには周りの木々や林の中の小動物も、すべてが光に包まれていた。ただ光っているのではなく、それぞれの体の中に小さな光る水流が渦巻いている物体に見えた。やがて地面の下にも、巨大な光の渦が見えた。生物は個別の存在ではなく、大きな光の流れの中から、たまたま飛び出したひとつの滴だった。つまり、加護流が、その本流が感じられるようになったのだ。
――すべてはひとつ。
その結論が俺の考えの中に導き出された直後、俺はいつのまにか発光体の消えうせた、暗い夜空を見上げていた。それから周囲をあちこち見回したが、もうそれは見えなかった。発光体が見えなくなっても、あの光の渦は感覚的に理解できていた。そして、自分の手のひらからそれを出せるかもしれない感覚を得られたときには、加護の光と同じものが腕を纏っていた。
最初は弱い光だった。それを岩にぶつけて攻撃する加護矢を必死になって訓練した。騎士になった際に絶対に必要になる基本技能だからだ。しばらくはちっとも当たらなかったが、半年も訓練するうちに命中率も到達速度も倍増した。そしてこの力は、何故か隠さねばならない気がしていた。親父の事件は、これが関係しているのだという直感からだ。
シルス殿下から光を見たか、と聞かれても、あのときのことを包み隠さずすべて言うつもりは最初からない。それにはいと答えてつらつらと全て言い放ってしまうほど、俺は軽率ではないつもりだった。
話の意味がすぐに理解できない師匠とユリカが息を飲むように俺を見ている。殿下の言葉に対する答えはあるのか? というような感じでいる。どうやら知らない者には分からないように殿下が言っているようだから、俺もそのように受け答えをすればいい。そこまで考えて、俺は観念したように答えた。ここからは化かし合いなのか? いや俺では殿下に適わないだろう。
「そこまでご存知とは思いませんでした。過去に同じことがあったようですね」
「そうか、君は見た側の人間だったか」
なんだ、かまをかけられたのか。光とはなんのことでしょうか、と答えても良かったのだが、おそらくその言葉と雰囲気で察しをつけられてしまっただろうから、もはや仕方が無い。だが、どうやら二種類いるようだ。俺はアレを見た側、ということだ。見なかった側との違いが分からない。
「見なかったとしても同じように?」
「見たのと見ないのとでは、その差は大きい。いや、まったく違うと言っていいだろう。カケル君。君はすべてをひとつに感じますか?」
「ええ、元が同じだと思っています」
ここまで来ても話の内容が理解できていないユリカは俺と殿下の顔を交互に見ているのが視界の端に見える。師匠はなんとなく話の流れに予想がついたのか、目を閉じて眉間にしわを寄せている。見たことで全く変わるということは、もう殿下も分かっているのだろう。つまり俺は…。
「論文でそれを書くつもりですか?」
「…はい」
「悪いですが、それは許可できませんね」
そうか、実はそんな気がしていたがやはり世間に公表することはできないのか。王家では既にその結論に至っていて、研究もされているのかもしれない。
「それほどのことでしたか。では、真実と?」
「そのとおりです」
やはりそうだったのか、加護は元が同じ力で、それが4つに分裂しただけで、統一した考えを持てばもっと違う力を出せるはずなのだ。なぜなら太陽はもとが一つなのだから。
「では、論文の題材は後日考え直すことにします。ただし、騎士になれたらですが」
「その話ですが、あとで黒水晶の間で加護を確認したら、即日二級騎士となっていただきます。拒否はできません」
それはやぶさかではないどころか、望むところなのでうれしい限りだが、なにやら不穏なにおいがするな。裏で二級騎士ということなら、表向きとは別に月ごとの報酬が出るということだ。ただそれだけのために二級とするということなのだろう。もう、これで前提条件が分かった。王家は既に覚悟している。
「いえ、謹んでお受けさせていただきます」
「その顔だと察していると思いますが、君はとても危険な立場に居ます」
「……理解しております」
想像通り、俺の運命は既にどす黒いものとなっているようだったが、たった一人で立ち向かうよりは、王族が味方となってくれそうなのはこれ以上ないほどの僥倖だ。
「この際伝えてしまいますが、タケル氏も黒水晶に到達する前に加護を発動させていました」
「父もでしたか。いえ、それは聞いていませんでした」
親父も? そんなことは一切、おふくろは言っていなかったし、親父も俺には言わなかった。つまり隠し通していたのだ。それは何故か? 今はいい、あとで考えてみよう。
「君にはひそかに注目していましたが、注目を寄せていたのは私たち王族だけではないはずです」
「…それは…父の死にも関係することですね?」
「察しが良いですね。つまり、そういうことです。ただ、その尻尾はつかめていませんので、私たちも隠密に情報を集めているところです」
やはり…か。親父は、おそらく殺されたのだ。その力が、誰かにとって有害だったのだろう。そしてどうやら俺がここへ来たのは必然のことだったようだ。親父は何かを知ってしまい、そのために殺された。
「加護の数値はおそらく大きなものになると私も予想していますが、どんな数値があとで出たとしても、当面の間は加護の数値を4ということにしておいてください。それから、級も公式上は普通と同じ五級からはじめていただきます」
「そこまでのことなのですね。分かりました」
「適正試験までは人前で力を使うことの無いようにお願いします」
あちゃー。見せてしまったのは軽薄だったな。そこから情報が漏れてしまったら結局同じわけか。額から脂汗がドッとにじみ出る。だがそんなことは想定の範囲内だったのであろう、シルス殿下は落ち着いて師匠に目を向ける。
「そこでヤグラ殿にお願いがあります」
「は、はっ 何でございましょうか!?」
「彼の力を見てしまった門下生の全情報を渡してください。私たちが対処します」
「あ…そういうことでしたら。畏まりました。その場に居た5人の名と連絡先を後ほど、戻りましたらお伝えします」
そのためだったのか。師匠もやっと自分も呼ばれた意味が分かったようだ。ということは、ユリカは完全な蛇足になってしまうわけだな…。まあ、せっかくだからいいか。
そんなユリカはとうとう話の内容がつかめないままで、子犬、いや小動物のように首を捻っている。捻りながらも笑顔を崩さないので、なんとも可愛らしい幼児のようだ。
「ええとユリカさん」
「ひゃいっ!? にゃんでしゅか!?」
急に呼びかけられて驚いたのか、変な声でユリカが答える。しかも噛み噛みだ。
「ここにあなたも来られたのは都合が良かった。彼が力を持っていることは、私たちだけの秘密にしてほしいのです」
「えっと、ばれると、カケルが危ないんですか!?」
「ええ、おそらく」
「分かりました! おまかしぇくなさい!」
ユリカは胸を張って拳をその胸にドンと叩きつけた。噛んでしまっていることにすら気づいて無い風だ。うーん。その政治の闇を分かってないのかな。たぶん、ほとんど分かってない。むしろ、ユリカにはどす黒い政争なんぞ、関わってほしくないことだからこれでいい。だがいずれはユリカに手伝ってもらうことにもなるかもしれない。そのときはきちんと理解してもらって、危険の無い範囲で手伝ってもらおう。
「フッフフ、頼りにしていますよ。ところでユリカさんもご一緒に加護適正試験を受けてみませんか?」
「いいんですかーー!?」
「ええ、せっかくですからどうぞ」
「ありがとうございますぅーー!」
うわっ、声でかいよユリカ。耳がビンビンする。
「ハハハ、さて、黒水晶の間に行きましょうか」
殿下はそう言うと、耳に手を当てて苦笑しながら、おもむろに立ち上がった。俺とヤグラ師匠も耳を抑えながら殿下に続いて立ち上がる。ハハハ、師匠どころか殿下もユリカの声で耳がやられたか。ユリカは周りのことを考えずに急に大声を出すことが多い。だから常に周りを見て行動しろと言うのだが、こないだも大声について注意したばかりなのに、まだまだユリカには理解できていないようだ。
再び殿下の後ろについて迎賓殿の廊下を歩いていると、ここへ来る時は気がつかなかったが、天井にはいたるところに小さな小さな穴が空いている。どうやら屋根裏から監視ができるようだ。いくつかの穴から、視線を感じる。だが、普通の人間にはいっさい気づかないだろう。何しろ5メートル以上はある高い天井に空いた小さな穴だ、目が良くないと穴が空いていることすら気づかないだろう。
先ほど迎賓殿の入り口にいた近衛兵が廊下を見回りしていて、向こうから歩いてきたが殿下と俺たちのために道をあける。俺がちらちらと天井を見ているのを見てニヤリと笑い天井を指さしてかぶりを振った。気にするなっていう意味か。
それにしてもこの近衛兵もずいぶんと気さくだな。普通はこんな風におどけて見せたりしないだろうに、俺についての情報を既に知っているのだろうか? それにしてもどこかで見た顔だな、どこでだったか。まあいい、そのうち思い出すだろう。こういうことはあるとき何かの拍子で急に思い出すものだ。
「ではここから行きましょう」
「!? そこは壁ですが…」
会議場を出てから、なぜか出口に向かわずに奥へ進んで行ったシルス殿下に、疑問を感じながら付いていったのであろう師匠が、壁に手を当てている殿下へ指摘した。俺は奥へ進んでいる時点でだいたい予想はついていた。
「加護はなんでもありですから」
「!?」
殿下が手を当てると、音も無く壁に穴があいて坑道が現れた。おそらく、王家閣や黒水晶の間に通じている坑道が張り巡らされているのだろう。
「王族専用のね。こういう道があるんですよ」
「御見それいたしました」
冷や汗をかきながら師匠が頭を下げた。誰だって壁に穴が突然開くとは思わないから、指摘は間違いではなかったが。どうやらどんな種類の加護でも開く扉なのだ。これは王族だけの極秘事項のようだから知らなくても恥ではない。
「黒水晶の間に入っていくところを、誰かに見られないようにしなければなりませんのでね」
「そういうことでしたか」
したり顔で師匠が頷く。しかし、それはつまり、王城の中にも敵はいるということなのか? もしそうだとしたら、王族であっても動きが取りづらく情報も集まりにくいだろう。最悪の場合も考えた行動を取り続けなければならないのだから。
それにしても、俺には思い当たる節は無い。国民の立場で得られる見聞では、怪しい者は分からないのだ。それほど深く静かに、この王国の政治中枢へ毒は染み込んでいるのだ。それを一つ一つ、明らかにして潰していかなければならない。おそらく一つ潰した時点で他の全てが隠れてしまうだろうから、やるとしたら一気にやらねばならない。
だがどうやって? それは今は思いつかないが、王族と協力して一網打尽にする方法を考え出さなければならないのだろう。想像以上に、先が思いやられるようだ。観念して、一つ一つ潰していかねばならないな。