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太陽王の世界 ―黎明―  作者: 檀徒
◆第一章◆
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9話 早すぎる黄光

 深く沈むように考えを廻らせる。3つの極意をひとつずつ、かみ締めるように。ひとつ、ふたつ、みっつ。またひとつ、ふたつ…。廻らせるごとに深くなる。これでもまだ浅いほうなのだろう。


 3日目には瞑想していないときでも常に意識できるようになった。どこまでも深く潜っていけそうだ。そして深いところにいるのが当たり前になれば、深層の意識は深層ではなく、表層になる。それまで表層にあった意識ははるかに多くなり、より多くの考えが一瞬で頭を廻るようになる。


 5日目にはさらにどっぷりと深い淵、自分の心の底へ入り込めた。そこは阿鼻叫喚の地獄だった。自分では気づかなかった醜い心が見える。所詮は人間、どんなに奇麗事を言っていたって本能という名の欲望がある。だがこんな醜い心がこれほど多くあるとは、なんと自分は弱い人間だったのか。


 7日目から、それがさらに顕著に感じられだした。醜い心はその姿を俺に発見されて消え始め、心の中で成敗されていく。だが、俺一人では決して追討しきれるものではない。多くの人の力を借りなければこれは滅しきれないのだ。だから、俺は力を借りる。その日の夕方からの師匠との組み手で、地球の重力を借りることを初めて意識した。


 9日目には、入門以来初めて、師匠から一本取ることが出来た。その場の誰もが驚いていたが、あくまで加護を使わないでの組み手だ。「坊ちゃんに土をつける子が出てくるのを見れるとは」と、長老も手を叩いて喜んでいた。師匠も悔しそうではなく、明らかに喜んでくれていた。しかしその後すぐ、慢心に陥らないように加護を使ってくれと師匠に頼み込んだ。いい心がけだ、覚悟しろと言われて、組み手開始1秒で風の加護によって吹き飛ばされた。まだまだ、俺は弱い。だが少し安心した。強すぎて強さが分からなかった師匠の、やっと足元に届いた。やっと頂きが見えてきた、という感覚が、俺の心を躍らせた。


 そして10日目、今こうして師匠と相対していると、やはりその山は、まだまだ俺が乗り越えることのできない、尊大なものであることが肌で感じられる。もう師匠は一切の手加減をしていない。今まで気づかなかったが、ここまで強いのだ。肌がざわざわとして体中の毛が逆さになったような感覚が俺を襲う。まだ、ただ開始線に立っているだけなのにだ。達人は戦う前から相手の強さが分かるというが、こういう意味だったのか。俺もやっとその領域に入ったひよっこなのだ。この感覚が正しければ、おそらく魔獣と対戦するときでもその強さを見極め間違うことは無いだろう。





「師匠、今日は最後、どうか加護ありでお願いします」


「む」


 言われなくてもそのつもりだ、という顔で師匠が頷く。昨日とは違い、道場に集まった師範代や門下生たちは、それぞれの動きを止め、壁際で息を潜めて俺と師匠の戦いに注目している。サノクラ師範は立会いの声をかけるため、俺たちの横に立っている。


 静かだ。道場は1月の寒さと静寂に包まれていた。今は、3つの極意が俺の意識を占有している。恐れることは何も無い。


「はじめっ!」


 師範から声がかかると、すぐに師匠の姿が消える。だが、焦りはない。左後ろから師匠の気配が急激に忍び寄ってくる。この気配に対して攻撃をするのではなく、この攻撃を利用する。後ろを振り返っている時間は無い。体で感じたままに動くのだ。振り返って攻撃を確認している間に俺の腹には師匠の脚が食い込むだろう。


 すぐに床へうつ伏せに体をかがめ、両手で床を掴む。近づいてくる気配が上を通過するように避けたあと、体を翻して腹を上に向け、その気配に向けて右足の蹴りを突き上げた。


 足にやや軽い衝撃が伝わるが、これは予想どおり師匠の加護で実体化した虚像だ。ほとんど空気のような実体性しか持たなかった虚像は、目的を達するとすぐに霧散する。突き出した足が天井を刺すように伸びたその先に師匠がいた。もっと上からだったか。


 最初の虚像が襲い掛かってきた左後ろの方角へ体を起こす力を利用して転がり、後ろを振り返らず左足を軸に、右回し蹴りを落ちてくる師匠のいるはずのところへ放つ。今度は足に衝撃が無い。それでも顔は攻撃をした方に向けない。それより、体で感じているから顔を向ける動作自体が邪魔な行動なのだ。顔を向けて目を使う暇があったら体感するべきなのだ。やはり、2回目の攻撃も虚像のようだったが、加護で実体化していない違いはあった。それも考慮に入れていた俺は、浮いた右足と入れ替えて体を浮かせ、後ろざまに左足を何も無いはずの空間へ振りぬいた。


 手ごたえがあった。俺はやっとそこへ目を向けると、師匠が左腕と左肩で俺の後ろ回し蹴りを受けていた。これが実物だ。やっと捉えた。サノクラ師範が開始を言い渡してからたった1秒のことだが、昨日は師匠を捉えるところまで行かずに後ろから吹き飛ばされていた。


 師匠が右腕を腰の位置に構えている。右拳に緑の光が見える。無詠唱の範囲だから純粋な風の力…風の加護が来る。いや、俺の攻撃が見当違いの方向に放ったものだったら、この風の加護でまたしても開始1秒でやられていたはずだ。


 俺は左足を師匠の左肩に当てたまま、軸にしていた右足一本で体を跳ね上げ、床に腹を向けて師匠の頭よりも高い位置へ飛び上がり、師匠の右肩を踏んでその背後へ向かう。俺が得意なのはこういう俊敏な動作だ。


 次の瞬間、ゴウッっと激しい音を立てて師匠の拳が真上に突き出される。危うく当たるところだったが、俺が師匠の右肩を勢いよく踏んだので狙いがずれていた。もし当たっていたら天井に叩きつけられていた。この一撃で組み手は終了となる。だが、焦りは禁物だ。鉄で補強してある天井がベキリと音を立ててひしゃげる。師匠は俺を殺す気か!? どうやら本当に本気のようだ。





 師匠の肩を踏んで、体を捻りながら空中を降りる。ん? 師匠の動きがよく見える。まるで、一瞬の攻防が永遠のように感じられる。時間の流れがおかしい。脳が激しい活性化を見せているのだろう。


 降りている間も、このあとの師匠の動きを何通りも読む。俺の知覚からは気がつくと、音と色が消えうせていた。ほんの1秒に満たない時間が、1分を超える世界に変わる。ほとんど時間が止まっているようだ。手を抜けば、死ぬ。その極限の状況が、俺に究極の脳活性を与えていた。


 床へ降り立つと師匠の背後を取ることに成功したが、同様に俺も背を向けている。おそらく回し蹴りが来る。どっちだ。気配が右に来る。これは右の気配が強いだけで、実体は逆だ。俺は自分の虚像をそこに残し、一旦師匠から離れる。


 離れてから振り返ると、気配を感じたのとは逆の方の足を出している師匠が見えた。離れることを選んだのは、正解だったようだ。


 ここで、アレを試すか。俺は師匠の左側からへ急速に移動して攻撃する虚像を作り出した後、正面から突っ込む虚像を立て続けに作った。そして俺自身は師匠の右側へ移動する。


 左側の俺は突然体の向きを変えて下段攻撃に入る。真ん中の俺は一瞬身をかがめたあとに飛び上がり、天井を利用して上空から師匠を攻撃する。右側の俺、つまり実体は体を回転させながらいつでも回し蹴りを繰り出せる状態を作り出す。師匠の目には、いつも俺が取る行動原理を徹底する、3人の姿が映っているはずだ。


「なんと3倍か! だが甘いわ!!」


 虚像を無視して、師匠は実物の俺を目で追いかけている。目でわざわざ見るのは、それが無駄だと俺に伝えるためだろう。やはり付け焼刃は効かなかったか。ならば、とっておきのコレはどうだ。


 その場で足を止めて右拳を構える。師匠も加護を放とうとしていたのか、同じ構えだ。師匠の右拳が再び緑色に光りだした。5歩ほど離れたところで、俺も右手に力を込める。これだけ離れていると、こちらの攻撃は当たらない。やられるだけだ。だが、俺にはこれがある。


 まだ加護を得ていないはずの俺の拳が、地の色である黄光を輝かせる。無詠唱、純粋な地の力だ。


「え?…」


「まさか…」


「加護!?」


 道場のあちちこちから驚きの声が上がっている。それもそうだ。こんなもの見たことがないだろう。俺も人前では初めて見せるのだから。





 師匠がニヤリと笑う。頭の中に生じたであろう疑問もそのままに、師匠は動かないでいてくれた。俺の拳の光が強まるのを待ってくれているようだ。俺の力がどれだけのものか、試そうとしているのだ。師匠の加護は力強く輝き、目がくらみそうだ。だが、俺のもそこそこのはずだ。これがそれなりの力を持っていれば、せいぜい俺は吹き飛ばされるだけ、重症を負うことは無い。さあ、力比べだ。


「ハァッ!!」


「セイ!!」


 俺と師匠、二人の加護がぶつかる。が、予想通り師匠の力勝ちだ。黄色い光は緑色の光に包まれ、俺に覆いかぶさってくる。もともとそれぞれの拳にあったときから光の強さが違うのだから、その結果はほとんど分かっていたようなものだ。


 俺は力を出しつくしてしまったからもう動けない。暴風に包まれ、昨日と同じように吹き飛ばされた。やはりまだかなわないな。吹き飛んだ先で、門下生のカノミ社社員を巻き込んで壁にぶち当たった。だがあれだけの光を纏った加護を向けられて、この程度で済んだ。俺の加護でもだいぶその勢いを相殺できたのだ。


「そこまで!」


 すぐにサノクラ師範が組み手終了の合図を告げる。


「いてて。マクスさん、すいません…師匠! ありがとうございました!」


「おう! カケル! 今のは何だ!?」


 師匠が俺に問いかけている。怒ってはいないようだが、声が戸惑っている。見渡すと、門下生たちも、ユリカもぽかんとして俺を見ている。巻き込んでしまったカノミ物流社社員のマクスも、床に転げたまま呆然と俺を見上げている。


「多分加護です。3年前から、使えるようになりました」


「そんなに前からだったのか!? 黒水晶の間へ行ったことは?」


「もちろんありませんよ。自然に使えるようになったんです」


「では、古代の賢者と同じく、黒水晶の力を使わずに加護を得られたというのか?」


「そうだと俺は考えています」





 光の賢者が黒水晶を発見する前、初代王家の頃は、限られた者しか加護が得られなかった。しかし、わずかであってもそういう人々はいたのだ。おそらく俺もそれらと同類で、たまたま早く加護が発現した。だが、加護の光はとても弱かった。それでもこの10日の瞑想で光が強くなるのを、修練が終わった後にヤグラ邸の自室で確認していたから戦闘に使ってみたのだが、まだまだ弱いようだ。


「ですが、光はかなり弱いものです。やはりまだ修行が足りません。これからも頑張りますので、よろしくお願いします!」


「分かった。精進せよ。しかしこれは、お前も自覚しているだろうが異常事態だ。一応王家に報告しておくが、この場に居た者は全員、今起きたことを口外しないように」


「「「「「「はいっ」」」」」」


 それにしても体が重い。俺が出せる限りの力を込めた加護も、師匠の風4の加護の前にはなす術もなかった。そしてまあ、この体の重さも寝れば治るのは実験済みのことだ。師匠は加護が4もあったのだが、騎士にならずに家業を継いだのだ。それに師匠には、先代の長男としてカノミ流拳術を後世へ伝える役目もあったから、騎士は最初から考えていなかったという。だがこの強さなら、それこそ一級騎士にだってなれただろうが、カノミ家の男ならばそんなことには惑わされないのだ。


 サノクラ師範も当初は騎士になるつもりはなかったが、親父と同じ学級になって影響を受け、騎士には向かないはずの風2の加護でも諦めずに騎士になった。そのほうが遥かに厳しい道だったから、自分は目指したのだと師範は言っていた。


 この3年間、俺は休みの日に付いてこようとするユリカを撒いて、ひと気の無いところでいろいろ実験した。休日の野外活動ではこの加護を操る練習をしていたのだ。だからもう、加護の扱いについてはだいたい分かっている。その実験の末に、4大加護の一元理論に気がついたのだ。あとはこの状態で、いったい黒水晶から何メートルで反応が出るかが楽しみだった。





「…ええ、ですから加護適正試験を受ける直前の高校2年生が、発現を見せたのです。…ええ。ええ。…そうです。あのタケル=ヤマトの長男です。…はい。それは、本人に直接伝えていただけますか」


 師匠が宮殿に機伝をかけている。加護で得られる風伝の力を解析し、加護を使わなくても遠くの人と話が出来る機械だ。この機械では小雷波と言う、人間には見えない波長の光を使っているのだ。小雷波は大気中にある反射層から跳ね返り、かなり遠くまで届く。線など引かなくても情報が伝わるので、この技術はいろいろなところで使われている。


「カケル、かわりなさい」


「分かりました」


 師匠が機伝の送話機を俺に向けている。師匠に一礼して差し出された送話機を受け取った。


“こんばんは。カケルさんですか?”


「はい、そうです。カケル=ヤマトと申します」


“明日朝10時、カノミ家当主と共に王城へ来なさい”


「明日…ですか?」


 明日は山へ行くことになっていたはずだが、と思ってヤグラ師匠を見ると、仕方が無いという顔で頷いている。さきほどの会話で同じ事を言われたのだろう。山へ行くのは予定変更になるが、それは了承してくれたということだ。俺から修練を頼み込んでいる立場なのに、俺のことで予定が変わってしまって申し訳ない話だ。


「分かりました、明日10時に参城いたします」


“では、明日…加護あれ”


「…加護あれ」


 機伝を切断するときの決まり文句をお互いに告げると、相手側の接続が切れたブツリという音の後に、接続先が見つからないときのサーという波のような音がした。





「師匠、予定が変わってしまい申し訳ありません。明日、一緒に王城へ参内していただけますか?」


「お前の力を見たときから予想していたことだ。仕方が無い。ついでだからユリカも連れて行く」


「えっ!? 私も? やったあー! おいてけぼりかと思ってたよお…」


 ユリカは飛び上がって喜んでいる。王城の中に入れるのは加護適正試験と太陽節の祭典の時のみだし、今回は二の門より中に入れるかもしれない。普通だったら一生に一度あるかないかのこと、いやほとんどの人間は一度も訪れることは無いものだ。置いていかれたら泣いちまうだろう。こういう機会があるうちに王城に入っておかないと、いつ入れるかまったく分からないからだ。


「おそらく事情聴取された後に、加護適正試験を受けさせようとするのが予想できるな」


 師匠がそう言うが、俺も同じ予想だ。先に総合試験、なんていうのはほっといて、どのくらいの加護の力なのかすぐに見極めようとするだろう。何せ、伝え聞く限りでは光の賢者以来1800年ぶりに現れた純粋加護者なのだから。それ以降は皆、黒水晶の力で加護を発現しているのだが、もしかしたら闇の賢者と星の賢者は黒水晶が無くても加護を見せていたかもしれない。


「………」


 自分も連れて行って欲しいという意味なのか、サノクラ師範がものすごく悲しげな目でユリカと俺を見ているが、ごめんなさい師範は留守番です。ほんとすいません。


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