消滅と再生
プロローグには簡単な歴史だけざっと流し書きしてあります。
ところどころ、本編に関わる重要な伏線もありますが、
無視しても構いませんです。
あくまでプロローグですので、次話から始まる本編とは少し書き方を変えて、
わざと重くしてある箇所があります。
堅いなと思ったらすっとばしてOKです(゜∀゜)
――いつの日か大いなる災いにより人類は力を失い、この文明は滅亡する。
はるかはるか昔、賢者たちがこの星の未来を予知しようとしたが、その試みは半ば失敗した。それは、『知識の泉』の大きさが不足していたことによるもので、予知は中途半端なものだった。
知識の泉はそれでも巨大な水晶で、内部にはいくつもの光が渦を巻き、まるで虹のような色合いをかもし出していた。なぜか発見されたときから完全な立方体に削り込まれたその水晶は、人類が必要としていた魔術、幻術、魔法の類である『加護』を発現させるのに必要なものとなった。
「災いとはどういうものです? 見えますか?」
「ただ人々がいなくなった、荒涼とした大地しか見えません…」
「それはいつごろのことでしょう?」
「それも分かりません…」
「なんだ、結局何も分からないのと同じですよ。それは事が起きるだいぶ前なのに、災いが大きすぎてたまたま予知にひっかかっただけということじゃないのですか?」
「…おっしゃるとおり、おそらくそういうことです」
「では問題はかなり先と。人間はそれを弁えて、我が物顔で行動するなというのが、太陽神の考えなのでしょうね…。虹色水晶はみんなで協力しながら、何百年もかけて拡充していけばいいですよ。力を合わせればなんとかなります。だいじょぶだいじょぶ。頑張りましょうね」
それ以上の詳しい予知は、知識の泉と呼ばれる巨大な虹色の水晶塊が、もっと大きくなければ分からないであろうということが、賢者たちからの『気さくな太陽王』 第2代太陽王サイカ=ラー=ダブス王への進言だった。それでもサイカ王は諦めずに、人々へ行動指針をしっかりと打ち出していた。
――それから約300年、サイカ王の子孫たちは知識の泉を拡充するために、虹色水晶探索を国家事業として補助し、結果を出した者には騎士の称号を与えていた。より詳しい未来を知ってその災いを退けるには、かなりの量の虹色水晶が必要だと推測していたのだが、探索が困難を極めたのは、『魔獣』と呼ばれる異形の生物たちが行く手を阻んだからだった。
サイカ王の治世から300年が経過したある日、一人の賢者が新しい種類の水晶を発見した。黒い、ただの黒曜石のような水晶だが、虹色水晶の傍へ運び込むとそれは4色の光に包まれた。実験の結果、『黒水晶』と名づけられたこの新しい水晶は、人間が持つ加護を最大限引き出す能力を持っていることが分かった。
「強い魔獣ほど大きな虹色水晶を持っているから、余計に大変なんだよ」
「加護を使えばそれも突破できるさ。とにかく強い加護を持った人間がたくさん必要だ。可能な限り多くの人が加護を得られる社会を作ろう…社会構造を変えちまうんだ。この新しく見つけた不思議な水晶で」
「本当にそんなことができるのか?」
「やるしかないだろう。やれるさ」
その賢者は、白く光る加護を纏い、世界の経済構造を変えていった。
――それからさらに1800年、人類を取り巻く状況は大きく変わっていた。滅亡から来る恐怖感がどこかにあったのか、無駄な戦乱は減り、数名の賢者たちが知識の泉から新たな加護の力を得ることを可能にしていた。そして得られた加護の力によって人類は地球から開放され、月と火星への到達、さらには火星の地球化までをも可能にした。それでもまだ人類が行動できる範囲はわずかなものだったため、新たな虹色水晶の欠片発見は月でも火星でも、ほんの小さなものにすぎなかった。
「もう、サイカ王の降臨から2100年以上も経った。さすがに災いも近いんじゃないか?」
「太陽王はまだ出現しないのか?」
「もう現れても良いはずだけどねえ」
人々は第2代太陽王の子孫たちダブス家による治世のもと、次代の太陽の化身・第3代太陽王の降臨を待望していた。ダブス家は虹色水晶の探索だけでなく、次代の太陽王をも探さなければならなかったが、『太陽の化身』 第3代太陽王はいまだに民衆の前へ姿を現さなかった。
「予知というものを根底から変えるのじゃ! 神官主は予知をするんじゃなく、方々から上がってきた情報をまとめる役をやるんじゃ。もっと人を頼れ。それなら情報量は増えるじゃろう?」
次第に焦り始めたダブス王家は神官主へ厳命を言い渡し、予知の体系を神官によるものだけだった状態からそれ以外も含むものへ改革させた。すぐにその成果は現れ、近いうちに必ず太陽王が現れる予兆と思われる現象が散見されたが、同時に太陽王が危険に晒されることも判明した。
「危険というのは、どういった風に危険なんでしょう?」
「分からんのう…」
ダブス王家は悩んだ後、この予知を一般公開することを避け、王家とそれに近しい者だけの秘密としていた。そこに、心の底でほくそ笑む者がいることも知らずに…。
――10年前のある朝、もう年齢は20に近づいているが、一生を神官として過ごすことを決めていた黒髪の女性はある朝、神殿内にある予知夢を得るための寝所で飛び起きた。不穏な予兆が民からもたらされることが増えていたことから、ここ数日、集中して予知を行っていたのだ。
「はっ! …何故、何故なの…」
「エリオス! どういう夢だった!」
エリオスと呼ばれた彼女が正確な予知夢を見ることが出来るように水晶の欠片を周囲に散りばめ、夜通しそこへ秘められた力を通していた神官は、娘の名を叫んで数年ぶりの結果を所望する。あちこちから上がってくる予兆だけでは、情報がばらばらすぎてよく分からないでいたのだから、きちんとした予知夢による予知も絶対に必要だった。
「父上、50年後の未来は…」
「ふむ…」
娘から告げられる予知夢を、男は厳かにその内容を分厚い本の中に書きとめ終わると、机の上の筆置へ手に持っていた筆を置こうとしたが、震えていてうまく置くことができなかった。王太子へとそれを伝える必要があったが、神官は長い時間、椅子から立ち上がれずにいた。
意を決して立ち上がった神官は王太子への謁見を求めた。神官が謁見の間でしばらく待っていると、玉座の裏から険しい顔をした、神官よりもだいぶ若い年齢の男が姿を現した。神官は跪いてその男、シスカ王太子へ忠心を顕にする。
「イーノルス副神官主。予知は得られたか」
「はっ、シスカ太子。これを…」
「むっ!? 手を放さぬかイーノルス」
「はっ…」
イーノルスと呼ばれた神官は、娘が語った内容を記した本を渡すが、なかなか手を離さない。が、いつまでも掴んでいては彼が読めないために仕方なく手放すと、もっとも新しく書かれたところを探して王太子は急いで本を捲っていった。
「なんだこれは、馬鹿な! 滅亡だと!? しかも太陽王が暗殺されるとは。間違いでは…」
その言葉に、イーノルス副神官主は首を横に振る。
「間違いでは無い様だな」
「自動筆記などではなく、予知夢の映像にて得られたものです。ここまで確定的ですと変動性は僅かしかありません」
「滅亡か…」
体中が震えて本を床へ落としてしまった王太子は、予知の書かれた本を追いかけるように床に膝を落とし、しばらく動けなくなっていた。愕然とした目は虚空を見つめ、ほんの僅かの望みに賭けるためにやるべきことも考えられずにいた。
「…人類、そして太陽王が生き残る可能性はどのくらいだ」
「1%、いやそれ以下です。数ある変動要素の全てに成功しなければ予知は変わりません」
「公表はできんな。これをシルベスタ王へどうやって伝えるというのだ?」
「…ありのままに伝えるしかありません」
2人の男は謁見の間の床に膝を着けたまま、長い時間途方に暮れていた。シルベスタ王は翌日、その事実を知ると愕然として体調を崩し、王位をシスカ王太子へ譲り引退した。
――翌年、北の大地にある火山の麓で色とりどりの光剣を振り回しながら、黒い獣と戦う男たちは今まさに力尽きようとしていた。20人の大騎士団は王家の命によりこの火山へ魔獣討伐へやってきたのだが、想定をはるかに超える強さの魔獣がそこにいたのだ。
「タケル! お前だけでも逃げるんだ!」
緑光の加護を纏う歴戦の騎士が、親友に向かって叫ぶ。
「馬鹿を言うなサノクラ! 死ぬ時は一緒だと言っただろう! 来るぞ!」
だが強い黄光の加護を纏った、タケルと呼ばれた騎士は強くそれを断った。
「何を言う! お前は、お前は! 絶対に死んではいけない人間だろうが! 王家に大事な何かを伝えるんだろう!?」
「団長! 一緒に逃げてください!」
若い騎士団員はタケルへ速やかな逃避を促したのだが、タケルはそれも断った。
「駄目だ駄目だ! 逃げるのは若いお前らが先だ! お前らが逃げきれたら俺も逃げるから早く行け!」
「団長命令だから従いますよ! でもすぐ逃げてください!」
「しゃべってる暇があったら早く行け!!!」
「は、はい! ああっ、ヒグスさん!!」
そうこうしているうちに、熟練騎士たちが次々と魔獣の爪にかかっていく。
「エイジアさんもやられた! くそっ 俺たちには何も出来ないのか!? くそう!」
悔しさに咽びながら若き騎士たちが黒い獣から逃げ切る頃には、残った者達は次々と致命傷を負って斃れていった。彼らの乗った空を飛ぶ船が見えなくなると、黒い獣は残った者達へ謎の黒い塊をタケルとサノクラへ投げつけ、おぞましい声を上げていた。
「タケルさーん! サノクラさーん!」
その呼びかけに、返答は無かった。ただ静かに、北の大地は彼らの乗る船から遠ざかっていった。
「なんだ!? 急に夜になったぞ! ここは一体どこだ…? おい、タケル、しっかりしろ! エイジア! レイドス! みんなどこに行ったんだ!」
突如起きた謎の現象に、サノクラは戸惑うが、すぐ傍に倒れていたタケルを抱き寄せた。
「サノクラ…」
タケルの右胸には魔獣の加護攻撃によって致命傷があった。
「タケル、すぐに回復石を使うからな。辛抱してくれ。くそっ、左手が動かん!」
サノクラは、すぐに鎧から青く光る石を取り出し、タケルへ当てるのだが傷は回復していかない。その石が持つ回復の力以上に、タケルは傷ついていたのだ。
「ぐっ。いや…これはさすがにもう無理だ、回復石…なんて効かない。お前が使え…」
「何を言って…くそっ! お前は、これから王家に伝えなければいけないことがあるのに! タケル、俺がかわりにできることは無いか?」
「大丈夫だ。俺が死んでもカケルがいる。あいつは…俺と同じ…太陽……カケルを育ててくれ…」
「太陽? なんだそれは!? タケル! 逝かないでくれ! タケル…」
「陰謀を暴くまでは…隠し通して、くれ…頼んだ…サノク………」
「タ、タケル? くそぅ! 馬っ鹿野郎ぉ―!」
男は、腕の中で力を失う親友の肩をいつまでも、いつまでも握り締めていた――
――若く美しい神官の娘が父親の姿を探して神殿の中を走りまわる。
「父上! 父上!」
「どうしたエリオス! 白昼夢か!?」
巫女エリオスは取り乱しながらイーノルスの姿を見つけ、駆け寄った。
「太陽王が、崩御されていたようだわ…虹色水晶が教えてくれたの」
「なんだと!? まだ見つかってもいなかったのにか! そうか、判明する前に死んだのか…」
まだ三代目の太陽王は王家が発見していないはずだったが、この数ヶ月の間にどこかで太陽王は死んだのだ。それが誰だったのか、今となってはもう分からない。
「でも、虹色水晶が何かを伝えてくるの。もう一人の太陽王がいることを」
「それが変動要素か。今も脳裏に見えるのか!?」
未来の状況を変えるための変動要素、それは本来、太陽王にならないはずの人間が太陽王となるということだった。
「ええ、でも彼はまだ弱いわ。一人ではとても…いえ、強い者がすぐ側に仕えるはずよ。彼と一心同体の、多くの騎士たちが見えるわ」
どうやら新しい太陽王は本来の太陽王と比べ、心がはるかに弱いのだろう。だがそれでは人類を滅亡から救うことは難しい。
「彼は人類を救えるのか?」
「太陽王が崩御されたことで、未来が変動しすぎていて分からないわ。太陽神がこの次元へ干渉しようとしているのよ」
太陽神が高次元からこの世界へ干渉することは、そうそうあることではない。おそらく太陽神も何かと戦い、その解決策として新しい太陽王を生み出したのだ。そこからも分かることは、人類は太陽神に愛されているということだ。
「もう一人の太陽王が現れるのを待つしかないのか…」
「ええ、必ず私たちの前に現れる。それも私たちがまだ生きている間に現れるわ。知識の泉はそう言っているの」
「そうか、希望は残っていたか…」
副神官主は新しい予知を、引退して先王となったシルベスタと、逆に即位して新しい王となったシスカへ伝えるために、黒い大理石の廊下を力強い足取りで駆け抜けていった。
そして時は流れ――