第47話 光を闇に、闇は光へ
今回は、ラスリア→アレン→チェス視点で物語がすすみます。
「この白い浮遊物…まさか…?」
自分達の周囲に集まりだした物体を目にしたラスリアの肌は、鳥肌が立ち始める。
「…そう。ここに集いし彼らは、死んだ同胞の魂…!!感じるだろう?彼らが抱える、人間への憎しみ…恨みが…!!」
対するアギトは、腕を広げたまま勝ち誇ったように述べていた。
「……っ……!!」
集まってきた魂の内、いくつかがラスリアの身体を突き抜ける。
その度に感じるのが、彼らが抱えている憎しみと憎悪。それが、一瞬の映像という形で、彼女の脳裏に押し寄せているのだ。
胸が…張り裂けそうなくらいに…重い…!!彼らは…こんなにも……人に対して…!?
あまりに深い魂の叫びを感じながら、ラスリアは頭を抱えて座り込んでしまう。
脳裏に浮かぶ、死者達による映像。それがいくつも彼女の中で飛び交い、それに苦しむラスリアは、アギトが近づいてきている事すら気が付いていなかった。
「そう…それでいいんだよ、ラスリア。わたしの、妻となるはずだった娘よ…」
俯いているために表情は見えないが、頭上からアギトの声が響き渡る。
「…なに…を…?」
苦しむさ中、ラスリアは自身の肉体が宙に浮いている事に気づく。
どうやら、アギトの魔術によって本人よりも少し高い位置に押し上げられたようだ。そのため、目下には狂気にまみれた古代人の男がいた。
「他の同胞より強い感受性と、治癒能力を持ち……穢れのない、清らかな魂…。それが闇に染まりし時…我々は、真の意味で一つとなれる…!」
そう言い放つアギトは、右腕をひっこめ何かの構えを取り始める。
これ……は……?
意識が朦朧とする中、ラスリアの脳裏に一つの映像が入ってくる。
その中には、多くの大人達に囲まれている自分がいた。視点がラスリア視点のためにどんな格好をしているかはわからないが、見える視界からして、自分が赤ん坊の時の映像だと思われる。皆に可愛がられている中で周囲を見渡すと、少し離れた場所にある扉の入口にて、立ち尽くしている人影を確認する。こちらをずっと見つめている人影は、大きさからして4~5歳くらいの子供だろう。
影なので顔や表情はわからないが、影のシルエットからラスリアにとっては見覚えのある姿形だった。
この人は…
意識が朦朧とする中、ラスリアはこのシルエットの人物が何者かを考える。
「ラスリア…!!!」
その直後、聞き覚えがある声によって、脳裏に浮かんだ映像は消えていくのであった。
※
「ラスリア…!!!」
俺が叫ぼうとするよりも早く、彼女の名前を呼んだのは―――――ラゼだった。
そして、その直後に眩しい閃光が弾けるのを察し、俺やチェスは瞬時に瞳を閉じた。
「きゃっ!!」
ラスリアの短い悲鳴が聞こえた後、俺らは恐る恐る瞳を開く。
開いた先には、地面に尻もちをついたのか座り込んでいる彼女と、敵であるアギトが腕を突き出したまま立ち尽くしている。
「っ…!!?」
しかし、その視線の先を追った直後、驚きの余りに声を失ってしまう。
「ラ…ゼ…?」
地面に座り込んだラスリアは、自身の前に立ちはだかっている人物がラゼである事に気が付く。
彼の胸は、アギトの腕によって貫かれている。また、彼らの周囲に取り巻いていた古代種の魂達は、浄化をされたのか一人残らず消え去っていた。
「貴様……わたしの邪魔を…するのか?」
「悪いけど……お前の目的なんて、僕はどうでも……いい。ただ……」
冷たい瞳で相手を見据えるアギトに対し、痛みをこらえるラゼは横目で地面に座り込むラスリアを見る。
「例え離れ離れになろう…とも…この命続く限りは…僕が、彼女を……妹を………守る」
低い声で呟いたラゼは、アギトの右手首を掴んだ直後、呪文の詠唱を始める。
「ぐっ…!!」
うめき声と共に、敵が後ろへと後ずさる。
痛みに苦しむ奴の右手は、魔法によって消失していたのだ。おそらく、ラゼの仕業だろう。
自身から引き離したのを確認したラゼは、そのままラスリアのいる後ろへと体が崩れ落ちる。
「ラスリア…!!」
呆然としているラスリアの元に、アレンとチェスが駆けつける。
少し離れた場所では、後から追いかけてきていたイブールとミュルザの姿も見えた。しかし、このときの俺達は二人の事はほとんど見えていなかった。
「ラゼ…!!!」
ラスリアは、自身の腕の中に倒れているラゼの名を呼ぶ。
ラスリアを庇った…のか。だが、何故…?
俺はラゼが詠唱する前に述べていた台詞を最後までは聞き取れていなかったため、何故この男が彼女を庇ったのかが不思議でたまらなかった。
一方、胸を貫かれたはずなのに、奴の胸から出血がないことも気になっていたのである。
「泣かないで、ラスリア…。大丈夫…これくらいで、僕は死なない…。ただ…」
「…ただ?」
涙を流しながら、ラスリアはラゼを見つめる。
対する彼は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「…奴は、君の魂を抜き取るつもりだったろうからね…。魂に傷が入り、100年近くは眠りにつかなくてはいけなそうだけど…。でも…」
ゆっくりとつぶやきながら、ラゼの右手はラスリアの頬に触れる。
「やっと…妹を守れたんだ…。この先、何が起ころうとも…悔いはないよ…」
「お兄…様…」
その穏やかな笑みを見たラスリアの瞳から、とめどなく涙が流れていた。
「僕は彼らの“気”によって確信したけど…ラスリアとラゼは、実の兄妹…だよ」
俺が疑問に思っていたのを察したのか、隣に立つチェスがせつなそうな瞳で呟く。
「…ふん…」
右腕を抑えていたアギトは、俺達を見下ろした後―——あっという間に姿を消してしまう。
イブールの近くにいたミュルザはそれに気が付いていたが、当のイブールはアギトの存在など気にも留めていなかっただろう。
「ところどころ抜けていた記憶を…一気に思い出しました。私は、未来の王となるアギトの妻になる事を定められていて…。産まれた直後、お兄様と離れ離れになってしまったことを…」
涙ながらに語るラスリアの声は、微かに震えていた。
そんな妹を見上げながら、兄は諭すように口を開く。
「僕は、自らの宿命に抗い報いを受けた…だけ。でも、君は自分が望む事をすれば…いい。その代償もわかっているのなら…」
「はい…お兄様。私は…私の成すべき事をします。この……」
ラゼの台詞に対し、ラスリアは決意した瞳で何かを口にする。
最後の方は、何て述べたか聞き取れなかったが―――――――――――
「…おやすみ、ラスリア。また…遥かなる時を超えた先で…会おう」
「はい……お兄様……」
涙で潤みながらも妹の笑顔を見た兄は、ゆっくりと瞳を閉じたのである。
「死ぬわけではない」とはいえ、彼がしばらく目を覚ます事はないだろう。だが、人としての“心”がいまだわからないアレンでも解るのは、ラゼのおかげでラスリアが命を奪われずに済んだという事実だけであった。
※
「何はともあれ、ラスリアちゃんを取り返せたようだな」
「ミュルザ…」
僕らが黙り込んでいた中、追いついてきたミュルザが近づいてくる。
その後ろには、イブールの姿があった。
よかった…いつも通りのイブール…みたいだね
僕は彼女の表情と“気”を感じ取った瞬間、落ち着いている事を確信する。
「どうやら、目的を果たしたようだな……」
ゆっくりと立ち上がって彼らを見据えたアレンは、低い声で呟く。
あれ?イブールが目的を果たしたという事は、もしかして…
その穏やかな状態から、僕は少し嫌な予感がした。
「…がきんちょの想像通り、契約者であるイブールは己の目的を果たした。悲しんでいる所悪いが…俺様も、あんたらに力を貸す事はできなくなりそうだ。だが…」
「何を…考えているの…?」
ミュルザがその先を言いかけたのを見て、呆然としていたラスリアも我に返る。
「本当だったら…」
すると、次に言葉を紡いだのはミュルザではなく、イブールだった。
「本当だったら、私も皆と一緒に行って戦いたい…のだけれど、本来の“目的”を果たしてしまった私は、一緒にいると逆に足手まといなってしまうの」
「どういう意味…?」
言葉の意味が理解できなかった僕は、イブールに問う。
「仮に一緒に戦っても、私が人質にでもなれば…ミュルザは手も足も出せなくなる。かといって、私一人が行こうとしても悪魔が許さないでしょうしね。だから…」
親指でミュルザを指さしながら、イブールはさらに言葉を紡ぐ。
「契約完了としてミュルザに魂を明け渡し…強くなった彼に戦ってもらおうと思うの」
「え…?」
僕達は全員、言っている意味が理解できないような表情をしていただろう。
契約が完了して、ミュルザがイブールの魂を喰らって強くなるのはわかるけど…。“戦ってもらう”って…?
彼女の台詞の真意が、ますますわからない。
考え事をしている僕に気づいたミュルザが、少しだけ不気味な笑みを浮かべながら口を開く。
「安心しな、がきんちょ。俺様としては、キロやガジェイレル。それに、他の異端者共はどうでもいいが…。生憎、あの堕天使だけは気に食わねぇしな。そういう私情もあって、お前らに協力してやるって事だ」
「お前一人の方が…動きやすいって事か?」
「まぁ、平たく言えばそうだな」
途中で問いかけたアレンに対し、ミュルザは飄々とした態度で答えた。
「イブール…もう…会えなくなってしまうの?」
この後起きる事をおおよそ悟ったラスリアは、すがりつくようにイブールの近くへ寄る。
その必死な表情を見たイブールは、瞳を細めながら薄く微笑んだ。
「ありがとう、ラスリア。でもね…“正しく”生きている貴女達と違い、私は人としての道を外れてしまった…。だから、何も悲しむことはないわ。むしろ、奴らを倒す手段が手に入ったと喜んでいてほしいな…」
「えっ…?」
最後の方に述べた意味深な台詞の意味を、ラスリアやその場にいた僕達も理解ができなかった。
「さぁ、ゆっくりしている場合じゃねぇんだろ?ラスリアちゃん。あんただって“自身がやるべき役割”を持っているんだろう?それと同じように、イブール姐さんも“こうなるべくして生まれた存在”なのだからな」
ミュルザの言葉の意味は全然理解できないが、あまり時間がないのは僕にもわかっていた。
「…来な。待ち焦がれた俺の魂」
そう言って手を伸ばすミュルザの周囲には、霧のように濃い闇が広がっている。
人間は何故…悪魔と契約してでも、目的を果たそうとするのだろう…?
僕は、成り行きを見守りながら、そこまでして自分の目的――――悪く言えば欲望をかなえようとするのか理解できないと考えていた。
ゆっくりと足を進め、ミュルザの元へ近づくイブール。最期に視線を横にし、横目で僕達を捉えていた。
「皆、ありがとう…。……楽しかったわ……」
今にも泣きそうだったが、精一杯の微笑みをイブールは僕達に見せてくれた。
そうして悪魔の方に向き直った女性の肉体が光に包まれ、薄くなっていくのであった。
光が消え、目の前にはイブールの体が横たわっている。それは、魂が抜き取られて物言わぬ状態になっている事を示していた。その後、悪魔は契約者である人間の魂を食らうとされているが、彼はすぐにはそうしなかった。
「さて、“肉体の持ち主”は“承諾”したぜ?…姿を現しな」
「えっ…!!?」
ミュルザが突然、魂だけの存在になったイブールに対し、謎の台詞を告げる。
すると、光輝いていた魂から黒い光が放ち、周囲を闇に染め上げる。
「これ…は…!!?」
何かを感じ取ったラスリアは、すぐさま横たわっているラゼに駆け寄り抱きしめる。
そんな彼女の前には、立ち塞がるようにしてアレンがしゃがみこんでいる。
何が起こるかはわからなくても、二人は本能的に危機を回避しようとしたのかもしれない。
変化…した…?
僕も腕で顔面を覆いながら、その瞬間を垣間見ていた。イブールの魂である光の塊は黒い光に包まれ、一つの巨大な鎌に変化したのである。
こうして僕達は、ラゼとイブールの2人との別れを味わう。どちらも自分と同じ竜騎士ではないが、生前に関わりの深かったイブールとの別れは、胸がすごく痛くなる。そして、彼女が「どんな存在でも切裂ける」といういわくつきの魔具・“嘆きの鎌”の思念と繋がっていたと知るのは、この後に悪魔の口から知らされる事になるのであった。
いかがでしたか。
かなり久しぶりの更新でした。ので、感覚取り戻せたのか際どいですが…
ラゼは脇役なのでまだいいですが、イブールは主要キャラの一人だったので、ここで戦力が減るのは大きい…というか、作者としても物語を見据える視点が減ったという意味では大打撃ですかね(汗)
今回、ミュルザはイブールの魂をすぐに食べはしませんでしたが、その辺りについて…
最近読んだ漫画で、「アクマは魂を食べるほかに苦痛を与えて愛でる」なんていう生態?もあるようで…
でも、案外ミュルザもそのタイプかもしれません。何せ、「嘆きの鎌」をすごい欲しがっていたようなので…
さて。次回は…
無事にラスリアは助け出されたという事を意味しますが、世界の危機はまだ去っていません。
ただ、今はネタバレになるので書かないですが、彼女が生まれながらに持つ「宿命」の本当の意味もあかしてません。その辺りも含めて、物語最終章へと加速するでしょう。
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します。