第42話 戸惑い
今回は、チェス→イブールの視点で物語が進みます
「…っ…!!」
アレンが拳を壁に叩きつける音が、周囲に響く。
アレン…つらいだろうな…
腹部に包帯をまきベッドの中にいるアレンを見ながら、チェスは思う。
チェスやイブールは、“8人の異端者”達との睨み合いが続いていたが、タイドノルが持つ通信機という機械から音が鳴り響いた後、彼らは即座に立ち去ってしまった。
「まさか、連中の狙いがラスリアちゃんだったとはな…」
「私達の目の前に現れたあの二人は、囮だったって事よね。…本当、今でも腹が立つわ…!」
ベッドが複数存在する病室の中で、偵察から戻ってきたミュルザと絆創膏を貼ったイブールが話す。
一方で、腹部に怪我をしているアレンは、ただ俯いたままだった。
「それにしても…何故、彼らはラスリアを…?」
チェスは、その場で不意に呟く。
彼らの狙いは、最初はアレンだったのに…あのクウラっていう青年の話だと、本当にラスリアを連れ去る事が目的のように見えたらしい。彼女を連れ去って、僕達をおびきよせるためか…もしくは…?
チェスは、ベッドの中で必死に考える。
しかし、どんなに考えても彼らの狙いが読み取れなかった。
「失礼するよ」
ノックの後、扉の向こう側から声が聞こえる。
そうしてチェス達のいる病室にやってきたのは、ロレリア教授だった。
「ロレリア教授…申し訳ないです。お手数をおかけして…」
教授の顔を見たイブールは、申し訳なさそうな表情をする。
「いやいや…。可愛い教え子のためだ。これくらいはな…」
イブールの台詞に対し、教授は苦笑いで話す。
「えっと…?」
「…ラスリアちゃんが連中に拉致された事で、“俺達が“8人の異端者”と繋がっているんじゃないか“と、疑いまくる人間が大勢いるらしい…」
チェスが疑問そうに首をかしげていると、彼の側でミュルザが呟く。
どうやら、チェスが疑問に思っていたのを察していたようだ。
「じゃあ、あの教授がその人達を宥めてくれている…って事?」
「…だろうな。ったく、人間っていうのは本当、器の小せぇ連中ばっかりだ」
ミュルザの呟きを、チェスは黙って聞いていた。
「わたし個人としては…君達が奴らの仲間かどうかなんて事は、全く考えていない。…だが、私も彼らと同じように知りたい部分もある」
「…なぜ、あの子が攫われたか…ですよね?」
イブールの台詞に対し、ロレリア教授は黙ったまま首を縦に頷く。
その先が答えられない事もあり、彼らの間で短い沈黙が続く。
『チェス…』
「あっ…!?」
この時、チェスの頭の中に声が響く。
周囲を見たところ、彼だけにしか聞こえないような声だ。
この声は確か…
考え事をしながらベッドを抜け出したチェスは、急に走り出す。
「チェス…!?」
「すぐ戻る!!!」
背後からイブールの声が聞こえたが、チェスはかまわずに部屋の外へ走っていった。
「はぁ…はぁ…」
彼は、小走りで建物内を進む。
ただし、周囲を気にしながら走っていく。
「いた…!!」
数分間走り続けた後、チェスはやっと声の主がいる方向にたどり着く。
「チチッ…」
チェスの視界に入ってきたのは、1羽の鳥だった。
そして、彼はその鳥に触れようと、恐る恐る手を近づける。
『やっと、見つけてくれたな。チェス…』
「ビジョップ兄さん…!」
鳥に触れた瞬間、チェスの頭の中には彼の兄・ビジョプの声が響いてくる。
「兄さんが伝令役なんて、珍しいよね!」
『しっ…!』
普通に話すチェスに対し、ビジョップの意識を宿した鳥は彼を黙らせる。
『そのまま話していたら、人間達に不審がられる。これは精神感応能力も使えるから、心の中でつぶやくように!』
「う、うん…。わかった…」
チェスは気持ちを落ち着かせてから、兄の求めに応える。
『では、ウンディエル様からの言伝を伝える。実は…』
チェスが落ち着いたのに気が付いたビジョップは、自分が鳥を使って伝えようとした事を語り始めるのであった。
※
「チェス…どうしたのかしら?」
「…すぐ戻るだろ」
イブールとミュルザは、チェスが出て行った扉を見つめながら呟いていた。
それにしても…アレンや私達をおびき出すためでしょうけど、何かが引っかかる…
イブールは、なぜラスリアが連れ去られたのかを考えていた。
「“太陽は我々の元に堕ちた”…か…」
「…なんだそりゃ?」
イブールの呟きに対し、ミュルザは首を傾げる。
彼女は、敵が自分達の前から去る時を思い出しながら口を開く。
「ミトセ…だったかしら。あの金髪金眼の天使が、去り際に残した台詞よ。意訳すると、“私達の希望がなくなった”って事だと思うけど…それとラスリアに、何の関係があるのかな…と思って…」
「ふーん…」
ミュルザはイブールの考えを読みながら話を聞いているのか、特に意見もせずに黙って聞いていた。
「あの娘は…」
「え…?」
低い声が聞こえたため、イブールとミュルザはその方向を見る。
気がつくと、虚ろな表情のアレンが彼らを視界に捉えていた。
「あの娘は、“キロ”の中でも重大な宿命を背負う身…。娘を拉致する事。それすなわち、彼らの目的を成就させるための行為…」
アレンの口から紡ぎだされる言葉――――――――――しかし、それは彼本人の意思が述べた言葉でないことは明白だった。
「…ん…?」
数秒ほど黙り込んだ後、アレンは我に返ったように周囲を見渡す。
その後、驚きの余りに固まっているイブールとミュルザを見た途端、アレンは何かを察したような表情をする。
「俺…また何か言っていたみたい…だな?」
「ええ…思いっきり…」
アレンの台詞で我に返ったイブールは、驚きの表情のまま口を開く。
これが以前、ラスリアが言っていた…
イブールは、今見た光景が以前にラスリアが話してくれた現象だと瞬時に悟っていた。
「…それが、“星の意思”とやらがてめぇに語りかけている…って事なんだな?」
「ああ…」
ミュルザの一言に対し、アレンは頷く。
その後、彼らの間に短い沈黙が続く。
…「ラスリアを捕える事が、奴ら…“8人の異端者”の目的を達成するため」って一体、どういう意味なのかしら…?
イブールは、アレンが述べた“星の意思”による語りかけを聞いて、頭が混乱し始めていた。当然、“星の意思”や古代種“キロ”について知っている人物は、この場にいない。そのため、状況の整理がつかずの状態に陥る。
何か話そうと、イブールが口を開こうとしたその時だった。
「皆…っ!!!」
突然響いてきた大きな音と共に、先程から部屋を出ていたチェスが現れる。
「どうしたんだ、ガキんちょ!慌てた表情をして…」
ミュルザがからかうような口調で、チェスを睨みつける。
「とにかく、ゆっくり話している場合じゃないんだ!移動しながら話すから…今から、僕と一緒に来てほしいんだ…!!!」
「??」
あまりに唐突な提案だったため、アレン・イブール・ミュルザの3人は、何があるのかと目を丸くしていたのである。
「へぇー、奴らが“シルクル”ねぇ…。全然、“風”ってかんじがしねぇが…」
チェスがアレン達の下へ戻ってから数時間後―———彼らはウォトレストの竜に乗って、ある場所に向かっていた。
しかし、これまでと異なるのは、彼らが乗るウォトレストの水竜の他に風の竜騎士“シルクル”の竜が数匹同行していたことだった。
「それにしても…ラスリア以外にもう一人、古代種の末裔がいたとは…ね」
竜の背にまたがるイブールは、ここに至るまでの経緯について思い出す。
「これから僕達は、“ある人物”のいる場所に向かうんだ」
急ぎ歩きで進みながら、チェスが話す。
「“ある人物”…?」
「…こんな時に会いに行くぐらいだから、ラスリアに関係ある人物…とか?」
アレンが首をかしげる中、イブールは恐る恐るその言葉を紡ぎだす。
「…一族の掟もあって、君らには話せなかったんだ。最も、ビジョップ兄さんが、ラスリアにだけは伝えていたらしいんだけど…」
「マジかよ…!!!」
途中言いかけたチェスに対し、ミュルザが反応していた。
「ミュルザ…あんた、今何を透視たの…?」
ミュルザの動揺が尋常ではなかったため、彼の顔色を見上げながらイブールは口を開く。
「…チェス。その“ラスリアにだけは話した”というのは…」
「…うん。実は、古代種“キロ”の末裔は、ラスリア以外にもう一人いるって事なんだ」
「なっ…!!?」
その台詞を聞いたアレンとイブールの表情が、一変する。
そこまでの経緯を訊きたいところだけど…雰囲気的に、今は止めたほうがよさそうね…
イブールはチェスの深刻そうな表情を見て、これ以上訊くのは後にしようと心に決める。
「今から、その男性の元へ行くんだけど…。アレンの事もあって、今回は僕らウォトレストだけでなく、風の竜騎士・シルクルの竜騎士達も、一緒にこっちへ向かっているんだ」
「うそ…!!?」
イブールは、声を張り上げるようにして驚く。
…ただでさえ、竜騎士は人間の前に姿を現さないというのに…。シルクルが出てくるって事は、相当重要な人物…って事…!?
ウォトレスト以外の竜騎士も同行するという事実を聞かされた事によって、イブールはこれから会う人物がどれだけすごいのかと、緊張した面持ちで考え込んでいたのである。
その後、指定された場所に到達したアレン達は、ウォトレストやシルクルの竜騎士達と合流。そして、現在に至る。
竜達はやはり、私達を背に乗せることが不満なんでしょうね…。でも、それでも乗せているのは…これから会う人物が、それだけ重要な人物であることを強く物語っている…かんじかしらね…
イブールは、一緒に乗っているウォトレストにつかまりながら、ボンヤリと考え事を続けていた。
竜の背に乗ってから一時間程が経過し、一行はその人物が住むとされる場所へ到達していた。
「…おい、イブール」
「どうしたの、アレン?」
竜から降りた後、辺りを見回しながらアレンがイブールに声をかける。
「この場所…以前、俺達が通った場所に…似ていないか?」
「…言われてみれば…」
そう呟きながら、イブールも周囲を見渡す。
彼らが降り立った場所は、街道から少し外れた森の中だ。森はいろんな場所にあるからどれも同じに思われるが、イブール自身もこの場所に見覚えがあるような気がした。
「…行きますよ」
2人で話している途中で、チェスの兄・ビジョップが割って入ってくる。
その後、アレン達は森の中を進んでいく。彼らの周りには、ビジョップ率いるウォトレストがいた。同行していたシルクル達は竜の見張りも兼ねて、着地した場所に残してきたのである。そして、イブールは小声でミュルザと会話をしていた。
「見覚えあるなと思ったけど…ここって、ミュルザやアレンが眠くなってヨレヨレになった場所なのでは…?」
「…あの時は本当にヤバかったから、あまり覚えてねぇが…。この感覚は、恐らくそうだろうな…」
「…でも、今はあんた達もピンピンしているし、私も結界に弾かれていない…。一体、どうなっているのかしら…?」
2人は小声で会話をしながら、森の中を進んでいく。
やがて一行は、高くそびえる塔の入り口に到達する。
塔の扉を開き、中へ入る。アレン達も含めて皆が用心しながら塔の中を進んでいく。
「イブール…君はどう思う?」
「チェス…?」
深刻そうな表情で壁を見つめながら、今度はチェスがイブールに声をかける。
「この壁いっぱいに描かれている文様…。おそらく、“キロ”だけが使える古代魔術の一種…。でもこれ、全部が無効になっているみたいなんだ」
「魔術が…無効…!?」
チェスの台詞を聞いて、イブールは驚く。
でも確かに…この魔法陣にも似た文様からは、どれも魔力を感じない…
イブールは、壁の文様に触れながら考え事をする。
ビジョップの話だと、ここに住む古代種の末裔は、塔の存在を魔術によって隠して生活をしていたらしい。彼の推測だと、壁一面に描かれている文様がその“存在を隠す術”に何かしら関連性があるらしいが、「今の状態は明らかにおかしい」と考えているようだ。
「…こんな状態になっているという事は…」
「…侵入者…とかかもな?しかも、この魔術とやらを破れるくらいの魔力を持つ野郎とか…」
アレンやミュルザが呟く中、ミュルザだけが何か考え事をしながら話しているように見えた。
「…とにかく、その人には訊かなきゃいけないことが山ほどあるから…急ごう!!」
チェスが3人に呼びかけ、一行は塔の中を先へ先へと進んでいくのであった。
いかがでしたか。
ラスリアが敵に捕らえられた事で、一行の気持ちの面に影が生じた回でした。
次回辺りで顔を合わせるであろう、「もう一人の古代種」についてですが・・・実はラスリアだけは一度彼に会っています。
詳しくはこの作品の第12話をご覧下さい★
また、チェスが「一族の掟」という言葉を述べていましたが、その辺も軽い解説を。
チェスの一族”ウォトレスト”を含め、竜騎士はこの物語の世界における”先住民”とも言える存在。そんな中、彼らの元に現れたのが”星を切り開く民”と呼ばれていた”キロ”。この先は長いので割愛させて戴きますが、要はキロと竜騎士は共に力を合わせてきた”同志”みたいな関係。
そのため、古代大戦前後でキロの数が激減した際、彼らを保護して見守る役割を自然と担うようになった・・・という歴史が、彼らの間に根付いているかんじです。
掟や昔の風習にあまりこだわらないチェスですが、やはり彼なりに一族の者という自覚を持ち始めての発言だったのではないでしょうか。
さて、訪れた塔に異変があるのに気がついたアレン達。
また、”もう一人の古代種”からどんな情報が得られるのか!?
・・・次回をお楽しみに★
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