第32話 過去の罪をかみしめながら
今回は、始めから終わりまで全部チェス視点で話が進みます。
2つの槍の矛先を突く音が、周囲に響き渡る。
「チェス…」
チェスとヴァリモナルザによる一騎撃ちを、ラスリア達は静かに見守っていた。
「やぁっ…!!」
チェスは、自分の身の丈程ある槍を突き出す。
「ふふ…」
チェスが放つ“突き”を、ヴァリモナルザは軽々と避ける。
2人が後ろに引き下がった時、見下しているような表情をするヴァリモナルザに対し、チェスは息があがって苦しそうな表情をしていた。
やはり、この女性は強い…!!
相手を見つめながら、チェスは内心で実力差を実感していた。
「見たところ貴方…。まだ、背に乗せる竜がいないんでしょ…?」
チェスに矛先を向ける一方で、漆黒の竜騎士は口を開く。
「…そうだよ。でも、子供だからって何か問題でもあるというの?」
「ふふ…。要は、まだひよっ子のくせに…よく一騎撃ちを受ける気になったのね…と思って」
小馬鹿にしているような口調に対して、チェスは不快に感じていたが――――自分の感情を抑えた声で放つ。
「“子供だから勝てない”なんて、浅はかな考え方だね」
「なに…?」
ヴァリモナルザが、”浅はか”という言葉に反応する。
「僕は確かに、まだ子供だけど…。でも、僕がウォトレストの1人である事になんら変わりはない。そして…お姉さんと同じ、竜騎士である事も…!」
チェスの台詞に対し、ヴァリモナルザは黙り込んでいた。
そして、チェスは考える。何故、この女性は黒い竜達を使って人間たちを襲わせたのか。そして、どうして時折、せつなそうな表情を見せるのか―――――――
「お姉さんはどうして…“8人の異端者”に…なったの?」
いろいろな考えで頭の中が混乱しているチェスは、ヴァリモナルザを真っ直ぐな瞳で見上げる。
その後、数分ほどの沈黙が続いたが――――すぐに、ヴァリモナルザの方から口を開いた。
「そう…。あんたは、古代大戦が起こる前だと…まだこの世にいなかったんですものね…。ならば、我らダークイブナーレがどんな目に遭わされたのかも…知らないわよねぇ!!?」
黒――――否、ヴァリモナルザが持つ漆黒の瞳は、殺意が宿っていた。
その殺意のこもった瞳を見たチェスは、一瞬だけ体を震わせる。
「…忘れもしないわ。あんた達ウォトレストや、火の“サランドクター”。風の“シルクル”に、大地の“ノスガルン”…。奴らが、私達“ダークイブナーレ”の里を襲った時の事を…!!!」
チェスが黙って聞いている中、ヴァリモナルザの話は続く。
「…家族も仲間も恋人も…あんたらに殺されたわ。私は、パートナーである黒竜と共に命からがら逃げ出した…」
そう語る彼女は、その手に持っている槍を強く握り締めた。
「…私の身体は、同胞やあんたらの返り血で汚れていた…。そして、絶望に打ちひしがれている所を…“あの方”に助けられた…」
「“あの方”…?」
チェスや、後ろで聞いていたアレン達の表情が険しくなる。
「“あの方”は言った…。“愚かな連中をこの世から消し去り、私と共に誰も傷つかない理想郷を創りあげよう”と…!!」
そう語るヴァリモナルザは、まるで何かにとり憑かれたような表情をしていた。
「故に、私も“異端者”となった。だが、後悔などしていない…!」
すると、その視線が急にアレンの方へと向く。
「ウフフ…。あの方と行動を共にした事で…私の願いは成就されようとしている…!あとは、そこの坊やが再び“あの娘”と一つになれば…!!!」
アレンの方を向いて叫ぶ彼女の表情は、もはや正気ではなかった。
その様子を見つめていたチェスは、胸を抉られたように苦しい気持ちになっていたのである。
この女性に絶望を与え、復讐に駆り立てたのは…紛れもない、僕ら竜騎士…
チェスにとって、自分が当事者でない事など関係なかった。
ウォトレストの子供の中でも、一つ飛びぬけていたチェスは孤独だった。水竜のウンディエルにその実力を認められてからは、誰1人としてチェスと行動を共にしようとした少年はいない。唯一変わらずに接してくれたのが、兄のビジョップだけだったのが現状である。
「僕も…あまり、仲間たちのことを快く思っていなかった…」
チェスは、下に俯きながら呟く。
その直後、槍と槍の重なる音が響く。チェスが考え事をしている内に、ヴァリモナルザの方から仕掛けてきたのだ。
「…でも、憎しみに身を任せて殺戮や破壊を繰り返したら…それでこそ、“竜騎士”といえなくなってしまう…!!」
敵の攻撃を受けながらも、チェスは相手に訴えかける。
「それに…無関係な人間達を殺し、世界を滅ぼしてしまう…。それじゃあ、邪神を嫌っていたがために“ダークイブナーレ”を滅ぼした…僕の先祖達と、なんら変わらない…!!!」
チェスは、漆黒の竜騎士に向かって思いのたけを叫ぶ。
そして、渾身の力を込めて放った攻撃は、ヴァリモナルザの攻めを押し戻した。
思いがけない反撃に対してヴァリモナルザは、ただ自分の槍を見つめていた。そして、自分の身体が地についている事すらも、気がついていなかったようだ。
「“正しき心にて槍を放て”…」
チェスがヴァリモナルザの方へ歩きながら、低い声で呟く。
「その言葉は…」
「…うん。ウンディエル様を含めた各一族の長達が、僕らに唱えていた言葉だよ」
「…」
「古代大戦の時、この志に反してしまった竜騎士は、もうこれ以上…悲劇を起こさないためにも、遥か昔から言い伝えられているこの言葉をつねに口ずさむようにしているんだ。…かといって、これで過去の罪が消えるわけじゃないけれど…」
一族で代々伝えられた言葉を述べた時は堂々と話していたチェスだが、最後の方は少したどたどしい言い方になっていた。
そしてこれからも…次世代を担う僕らは、この罪を胸にしまっておかなくてはならない―――――
チェスは心の中で、自分にそう言い聞かせていたのである。
それから数分程、彼らの間に長い沈黙が続く。
すると、ゆっくりと立ち上がったヴァリモナルザは―――漆黒の槍を魔術でしまいこんだ。
「え…?」
予想外な行動に対し、チェスは驚きを隠せなかった。
「一騎撃ちは…もう終わりね」
「えっと…?」
状況が上手く飲み込めていなかったチェスは、首を傾げながらヴァリモナルザを見る。
「まだまだ戦えるけど…今日はこの辺までにしておいてあげる…」
「!!」
その言葉を聞いたチェスは、“もう仲間を解放してあげる”という事を意味しているのに、やっと気がつく。
「おい…ちょっと待て!!!」
黒い竜に乗ってどこかに去ろうとするヴァリモナルザに、ミュルザは引き止める。
「てめぇ…どういうつもりだ?途中で一騎撃ちを止めるたぁ…」
ミュルザは、疑いの眼差しで漆黒の竜騎士を睨み付ける。
すると、ため息交じりで彼女は答えた。
「…相容れない者同士、これ以上、殺りあっても…時間の無駄って事ですよ。ミュルザ様…」
「あ…おい…!!」
そう告げた直後…ヴァリモナルザは、数匹の竜を引き連れてどこか遠くへと飛んでいってしまった。
「…ふー…」
ヴァリモナルザがいなくなったのを確認したチェスは、その場に座り込んでしまう。
「チェス…!!」
そんなチェスに、ラスリアが真っ先に駆けつけてくれた。
「…ご苦労様。チェス…」
優しい口調でそう言ってくれたラスリアは、治癒魔法で少しずつチェスの傷を治し始める。
「ありがとう、ラスリア…」
そう呟くチェスの後ろでは、ミュルザが腕を拘束されたイブールを助けていた。
「思えば、僕達も…それぞれ、違う人種の集まりなんだよね…」
チェスはアレンやイブール、そしてミュルザを見つめながら呟いた。
「“8人の異端者”達は、人々を傷つけるという道を選んでしまったけれど…。例え異なる人種であろうとも…心の持ち様で、仲良くなれるのもありかなって気がするんだ…」
「…そうね」
チェスは見えていなかったが、この時彼の台詞に同調したラスリアは、少し複雑そうな表情をしていた。
こうして、何とかイブールを救出できたアレン達。しかし、“8人の異端者”達の暗躍が続き、世界が滅ぼされようとする日が近づきつつある…という現状は、少しも変わっていないのであった―――――――――
いかがでしたか。
今回は、チェスとヴァリモナルザの一騎撃ちがメインだったので、少し本文が短かったかもしれないです。
また、「当事者でなくても、自分たちが犯した罪を忘れてはいけない」そんな想いをこめて今回は執筆しました。
ただ、竜騎士にしろ人間にしろ、他人に対して不安や恐怖を覚えてしまうのは、ありがちな事なのかもしれないです。
そんな感情が、今日でも戦争とか巻き起こしているわけだし・・・
・・・と、あまり暗ーい話になるとあれなので、ここまで!
次回から新章突入となりますが・・・『Right』の執筆もあるので、多少日にちが空くかもしれませんが、ご了承ください。
それでは、引き続きご意見・ご感想、そして作品への質問などがありましたら、よろしくお願いします(^^