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第3話「伝説亜人の謎あらわる」(1)

 水堰を親御さんに家に届ける。


 人参町の役所へと車も返した。


 さて、湯花の大問題だ。


 ダンジョンの装備を背負いながら湯花は、まだ名前も知らない居候丸と物陰で再会した。


「……名前とかあります?」


「ペッタンコンティ。ご主人様」


「ペッタンコンティね。わかった」


 わかった。


 湯花は繰り返しながら、玄関に入る。彼の後を自称・奴隷であるらしいペッタンコンティが続いた。


 湯花はネットで反響を調べていた。


 東京ダンジョンにダンジョン原人あらわる。ちょっとしたというにはかなりの騒動だ。正体は明らかのペッタンコンティであり、どうやってペッタンコンティが地獄門を誰にも気づかれずに抜けたのかは湯花にもわからない。


 ただ、必要以上は聞かなくて良い。


 知ればいつか話さなくてはならなくなる。


 湯花はペッタンコンティの登場で食費が高まることのほうを考えていた。水堰を東京ダンジョンに連れて行っていたので収入は無しだ。スッポンを釣っていない。


「まあ──のんびりな、ペッタンコンティ」


──早朝、太陽が昇る前──。


 ペッタンコンティのオペラが流れる。


 腰まで伸びる蜂蜜色金髪のカーテン。それが影を落とし蜘蛛の足のごとく覆われながら影の落ちた美しい顔の女性が真っ赤な燃える瞳で見下ろしているのが目覚め1番の光景である。


 鼻が擦れるほど顔が近い。


「おはようございます! 目覚まし時計奴隷の豚ペッタンコンティでございますよ、ご主人様!」


 ペッタンコンティの生声の大声量だ。


 湯花は、両手で顔を覆った。


 早朝の烏骨鶏よりうるさい。


 湯花は、ペッタンコンティが変わった理由を察していた。東京ダンジョンに無駄で遠征して留守にしていたのが、ペッタンコンティは余程寂しかったのだ。


 自分を奴隷と言っちゃってる。


「むふー」


 ペッタンコンティが座って、角のある頭を湯花に向ける。待っていた。目覚まし時計をやって起こしてあげるという役割を誉められるの期待していた。尻尾が犬のように激しく揺らされる。


「ペッタンコンティは可愛いだけでなく気が利いてる、凄いありがとう。ペッタンコンティはえらいね」


「もっと褒めてくれても良いですよ。貴方の奴隷なのですから。優秀な私は、優秀なご主人様の照明です!」


「ちょっと言ってることよくわかんない」


 今日も良い天気で晴れていた。



 いつもの人参町役所出張所。


 閑散とするダンジョン直近の拠点だ。


「あッ! せんぱい!」


「水堰さんじゃないの。早いね。人参ダンジョンにソロダイブ? ちゃんと提出して記録したかい」


「もちス! あッ……出張所、今やばいスから気をつけてください」


 と、水堰さんは言うや、ダイブ用の装備を背中に軽々と背負って人参ダンジョンへと向かう。彼女の背中はたくましく、湯花は頼もしさを感じた。


 湯花が腕組みして頷いていた時だ。


「水堰ィー!!」


 役場から野太い声が外まで轟く。


 受付嬢(32歳)の声ではなかった。


「なんだ?」と湯花は役所へ入る。


 役所出張所で受付嬢(32歳)が応接していた。相手は上下がジャージ姿の男、手には竹刀だ。竹刀が床や受付台を叩いては大きな音を立てて威嚇している。


 湯花は「これもある種のモンスタ」か、と、のほほんと考えながら近づいた。


「なんだテメェ!」


 湯花はいきなりの酷い言葉でしょんぼりと落ち込む。強い言葉を浴びせられると落ち込んでしまうのだ。


「人参ダンジョンのダイブ申請者です」


「人参〜? そうか、テメェが鷹溝湯花だなコノヤロー!」と、ジャージ男は、湯花の襟を掴んで吊り上げた。


「苦しい〜」


 首を吊り上げられながら湯花は考える。


 体重90kg。足腰は比較的鍛えている。体幹はやや安定。柔道など組み付きの経験者。ただし年齢は40代後半であり全盛期を過ぎて脂肪が多い。長年、格闘技の現場で受けてきた傷が蓄積して能力低下が著しいが心は追いついていない。


「水堰とどういう関係だ!?」


「水堰さんの関係者で?」


「水堰はインターハイ出場に首席の文武両道なんだぞ。将来は有望だし堅実な将来設計だってもっていた! それをテメェが破壊したのか!? 子供の将来を邪魔して面白いかできそこない! テメェがそそのかしたんだ!」


「まあまあ、落ち着いてください」


「口ごたえすんじゃねぇッ!」


「えぇ……」


「水堰の両親も心配して、学校にもご懸念されている!! あの子の才能の邪魔をするんじゃねェ! ボケッ! いいな!? 2度と関わるな! 水堰の周りにあらわれてみろ、俺は地元のヤクザとも知り合いなんだ。どうなるかわからねぇぞ!!」


 ジャージ男が湯花を解放する。


 湯花は尻から落ちてしまった。


 そしてジャージ男は念押しして、去り際に役所の花瓶を竹刀で叩いて出て行く。花瓶は叩きつけられて活けていた花と水が。


「沙花叉中学校の体育教師兼生活指導担当だってさ」と、受付嬢(32歳)が言う。


「けほ。あぁ、水堰さん関連か。暴力教師じゃん……こっわ。ダンジョンの餌になればいいのに」


 けほけほと言いながら湯花は花瓶の花や破片を集めた。グローブをして。花はまだ生きている。受付嬢(32歳)も雑巾をもって駆けつけて、2人は花瓶の後片付けしながら話す。


「そういうこと言わないの! 湯花くん、水堰さん見た? 頑張ってるのよ、あの子。湯花くんを振り向かせたいから少しでも早く成長したいなんて、いじましくて可愛い!」


「無茶しなきゃいいけど」


 湯花は別の意味で不安を覚える。


 焦ると、良いことはないものだ。


「ところで」


 受付嬢(32歳)が疲れたカウンター台に上半身を乗せて手招きする。湯花はお呼ばれして耳を近づけた。


「湯花くんが奴隷を飼ってるて噂が」


 湯花は耳を離した。


 真顔の湯花と受付嬢(32歳)向き合う。


 湯花は奴隷というおどろおどろしい単語が意味する女性がペッタンコンティであるとすぐにわかった。


「奴隷じゃないですよ」


「悪徳成金が奴隷を公然と買ったて」


「酷い風評被害です」


「しかも亜人のコスプレ。ダンジョンでは亜人捜索に人生を賭けるようなのだっているくらい『伝説』なのに悪趣味とかも」


「あの人の自前ですよ」


「ご主人様〜!」


「それは呼ばれてます」


「……ガチィ〜?」


「ガチ、ガチ」


 そんな謎な鳴き声みたいなやりとりをする湯花と受付嬢(32歳)であった。


「どこで拾ってきたの?」


「拾ってません」


「田圃で落ちてたし!」


「田圃で拾いました。名前はペッタンコンティです。人間じゃないかもしれません。自称、奴隷になっているそうです。身元確認とかはひとまず穏便にしてくれませんか。日本人じゃないですし、どうなるか全然わからないんで」


「行政不信だし!」


「好きじゃないんですよ。受付嬢さん以外」


「……人参ダンジョンの非正規ダイバとしてペッタンコンティさんは使えないの? そうしたら湯花くん、水堰さん、ペッタンコンティさんの3人で戦力爆増なのだけれど」


「難しいですね」

 

 と、湯花は適当に合わせて答えたが、東京ダンジョンのホームで大公開されたダンジョン原人を思い出す。アレの正体はペッタンコンティなのだ。


「ふーん。あッ、ダンジョン原人知ってる?」


「知ってますよ、受付嬢さん。東京ダンジョンに遠征に行ってましたし。ダンジョンにとうとう亜人があらわれたと水面下でニュースになつていました」


「そう。デミヒューマンを追っていた連中は大騒ぎ! 絶対に見つけてやるて躍起みたい」


「夢がありますからね」


「湯花くんも亜人を探してたじゃない」


「探してましたよ。人間が嫌いだと勘違いしてた厨二病としてです。亜人相手なら好かれるかもとか、都合の良い解釈を亜人に求めていただけですよ。現実逃避です」


「ふーん。今は?」


「浪漫や夢は別ですよね?」


「そういうことにしといたげる」


 受付嬢(32歳)が自動ドアの入口を指す。


 ダンボールの切れ端を抱えた美女が無言で、しかし、湯花と目があって捨てられた子犬が、戻ってきた飼い主と再会したくらい目を輝かせている。


 ご主人様の愛玩奴隷──。


 油性ペンで書かれていた。


 そしてペッタンコンティはあっという間にどこかへと走って行く。


「なんだったんだ?」


 水堰だけでなくペッタンコンティまで。


 湯花は小首を傾げながらも、日銭を稼ぐスッポン釣りの為の道具の手入れをしながらのんびりしていた。



:おはよー!

:今日も早い!

:復帰早い!

:人参ダンジョンもライブできるんだ

:田舎なのに頑張ってんなぁ

:ダンジョン配信デビューおめでと!


 水堰は、ボディカメラと頭のライトホルダー、そしてスマートグラスを確認した。


 眼鏡として掛けているスマートグラスは、フレームが少なく、見通しが良いだけでなく目を保護するのに充分な形をしている。


 しかしスマートグラスの機能で大切なのは、水堰が見ている現実に重なるように、ネット空間を介して、彼女が配信している映像に付いたコメントが載っていることだ。


 邪魔にならないよう片隅だ。


 しかし頻繁にコメント回る。


「じゃ、配信していくね」


 水堰はどきどきと心臓が鳴るのを感じる。


 水堰は何度も、配信作業自体は経験のあるライバーだが、ダンジョンでの配信は未経験である。


 ダンジョン配信が流行っている。


 人類が久しぶりに充分理解できる『未知への冒険』は魅力的だ。1発逆転を狙った人生を賭ける人間だって多い。


 尊敬され、期待され、無茶もする。


 水堰は先輩であり師匠でもある湯花のことを考える。湯花はダンジョン配信に口では小言程度だが、内心では完全否定している派だと察していた。


 ダンジョン配信は湯花には秘密だ。


 水堰も、無茶をするつもりはない。


 よく知る人参ダンジョンの浅い層という、二重に安全な舞台選びをして、普段のダイブ以上に、装備を増やしている。注意力が落ちることを想定して、プロテクタは重いがより頑丈に、モンスタの不意打ちを防ぐ為にGドローンも買っていた。


 Gドローンは、地上走行型ドローンだ。人参ダンジョンのマップをダウンロード済みで、水堰の前後を追従するようセッティングされている。


 万が一に備えて、ダンジョン用の緊急ロケータービーコンもだ。消費期限があるのに高価な装備だ。


 だから大丈夫。


 水堰は緊張しながらコメントとやりとりする。彼女の声はダンジョンに反響しながらダイブを始めた。


:人参ダンジョンてドラゴンいるの?

:いないよ

:雑魚ダンジョンかよ

:日本にドラゴン討伐できる人間いない

:世界の目撃例2件だぞ

:討伐は?

:ゼロに決まってんだろドラゴンだぞ


「喧嘩しないでよ。人参ダンジョンは人参町が誇る安心安全のダンジョンです。名物はダンジョンスッポンとダンジョンジネンジョ!」


:田舎て感じ

:土臭そう

:早くダンジョン進め

:これだから女は……


 水堰はいつものコメント欄を見る。彼女のライブは基本的にこんなものだ。喧嘩越しのコメントが増える。あるいは指示厨──自分をプロと勘違いしたキッズ──か暇人のニートが自尊心を満たす。


 ダンジョン配信の人気には理由がある。


 視聴時間に応じて、ダンジョン理解深化委員会傘下の企業からロイヤルティがあるのだ。なお、委員会に参加した企業は独自ソフトでダンジョン配信の利益を囲おうとバラバラに動いているので、独自規格が20はあったりする。


 水堰が登録しているのはダンジョンライブという会社だ。最近まで大手だったが、ナルカミという超大人気ダンジョン配信者を輩出したダンジョンクエスターズという会社にシェアを奪われて零落気味だ。


 でも、頑張らないと。


 水堰は気合い入れる。


 水堰はダンジョン配信の件を、湯花には秘密にしていた。彼はダンジョン配信が好きではないと言うことを気がついているからだ。


 水堰は『とっておき』をお披露目する瞬間を隠すのに必死だ。思いつきで準備した今日は水堰の『特別』だった。

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