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第2話「みんな大好きダンジョン講習(絶望)」(2)

 湯花は水堰をダンジョンへ向かわせる。豚の説明は後回しだ。湯花は豚に「それなりにおとなしくしておくこと」とハウスに残す。


 だが湯花は絶対にハウスで『人気者』になっているだろうなと察していた。美人は口説きたくなる、と、湯花は1人うなずく。


 今は、水堰の面倒を見るのが優先だ。


 湯花は頭を完全に切り替えた。


「き、緊張します……」


「肩揉んであげよか?」


「け、け、けっこうス、せんぱい!」


 東京ダンジョン入口。


 冗談半分に『ヘルズゲート』だとか『地獄門』と呼ばれるゲートにグリーンランプが灯る。


 ダンジョンへのダイブ最終許可だ。


「ダンジョンへ入る人数は基本的に制御されてる。無秩序に入れてちゃ、かえって事故になるからだ」


「講習で習ったス」


「気をつけてよ。ゲートが開いた瞬間に、ゲート前にモンスターがいたら、人間に反応して襲ってくる」


「えッ!?」


 ゲートが開く。


 重々しい音と共に、1つが人間と同じほどのピンが並ぶチェーンが巨大な機構によって巻き上げられゲートが盛り上がる。


 ダンジョンから冷たい風が吹き上がる。


 厚手のウェットスーツにまで染み込んでくる何かが体温に温められてすぐに寒さを感じにくくなる。


「まあでも東京ダンジョンだ。あちこちボルトを打ち込んで安全を作ってるし有線通信だってある。警報器も。緊張しなくて大丈夫」


「……せんぱいてけっこ意地悪ス」


「水堰くんは酷いなぁ」


「わはは」と笑いながらも湯花はライトを灯してダンジョンへ先に入る。その後を水堰は続いた。


 少し歩けばゲートの照明の範囲外だ。


 広く、しかし息苦しい闇が広がるダンジョンを、ガイドの鎖を伝いながらダイブする。


「ダンジョンのモンスターと言っても、洞窟生物みたいな、ちょっと気持ち悪いようなのは少ない。不思議だな、水堰さん」


「あッ! それって、ダンジョン生態学の最大の不思議てやつスね! 今有力なのは、ダンジョンはどこか地球とは違う場所に繋がるブリッジで、モンスターは『そっち側の世界』からダンジョンに迷い込んで来る……みたいな!」


「うん。だからこんな真っ暗なのに派手な色だとか、エネルギーを大量消費する活発だとか、何より目がよく見えているモンスターばっかりなんだ」


「どうかしたんスか?」


「つまりライトを点けてると光に向かって飛び込まれるから盾くらい構えておくほうが怪我は少ない」


「早く知りたかったスね!」


「だから僕が先頭。あんま出ないでね。たまに、腹を正面から食い破られたとかでニュースになるんだ」


「了解っス」


「威勢良いけど教習所で習ったこと!」


「覚えていたから褒めてくれて良いスよ」


 とはいえ早々モンスターとは遭遇しない。ダンジョンの生き物は流動的だし、人間は比較的大型で外でたっぷり成長した肉たっぷりであるからこそダンジョンの希少なモンスターの大半にとっては『相対的に強い敵』なのだ。


 湯花はほわほわした顔の下にダンジョンの丸秘情報を隠しておいた。


 安全第一。


 湯花の好きな言葉だ。


 緊張してぎこちない水堰が、拍子抜けするほど、あっさりと、ダンジョン表層を突破する。


 簡単な昇降、足元を盗られる研がれてツルツルの足場、大型モンスターがいた古い痕跡……東京ダンジョンが初心者向けな、基本的かつ初歩が学べる一式を体験する。


 水堰は教本通りの手堅いダイブだった。


「疲れました!」


 ダンジョン小屋、セーフハウスとも呼ばれている休憩ポイントをトンボ帰りして、地上のハウスへ帰ってきた水堰がじとめに睨む。


 モンスターとは遭遇しなかった。


 よくあることだが、水堰は不満。


 クロスボウやドローンは過剰だ。


 湯花は苦笑しながら装備を外す。


「でもほんとは疲れてないス!」


 ブイ!


 水堰は勝利と平和のVサインを出しながら自慢気だ。湯花は彼女を興奮状態で疲労を表に出していないだけだろうと判断した。これからそこそこの疲れが湧いてくる。


「元気で良かったかな。モンスター少なかったでしょ? 実は羽虫みたいなモンスターが9割以上なんだ。その子らは普段は出てこない。ダイブしている人間が弱って、歩けなくなったり、動きがある程度遅くなったら一斉にダンジョンから噴出して、弱った獲物に群がり生きたまま食べられちゃう。スッポンの餌には良いんだけどね」


「……あたし、危なかったスか?」


「さぁ?」と湯花はニッコリだ。


 湯花の計画では、初日はお試しだ。少しずつ深くアタックすれば良いというのんびり育成計画である。


「どうだった?」


 にまにまと湯花は訊く。


 地上のハウスに帰ってきた時刻は昼前だ。時刻にも体力にも余裕がある。水堰の引き絞られた筋肉と体力では準備運動にもならない。彼女は拍子抜けする楽さだったろう。


 湯花はそれが重要だと考えている。


 余裕が残っているほうが良いのだ。


「ダンジョンから地上に出たらシャワーを浴びる! 水堰、お風呂を一緒にどう?」


「……すけべっスね」


「俺は行ってくる」


「あたしも行くっスよ!」


 と、水堰は自分のウェットスーツを嗅ぐ。魚市場のような生臭さがした。「うへぇ」としかめっつら。水に潜ったわけでもないのにスーツは濡れていた。真水ではなく生魚を洗ったそれを頭からかぶったような、慣れていなければキツい臭いだ。


「ダンジョンは基本的に閉塞している。風は無いし、色々なガスが発生したり、雲の中を歩くのと変わらないような湿度のようなものがある。ウェットスーツを着る理由だ。通常の衣服だと吸い込んでずっしり重くなる」


「防水の合羽はダメなんスか?」


「隙間から幾らでも滲みてくるんだ。濡れた服の重みと動きにくさを考えると、ウェットスーツにプロテクタが良い感じてことだよ。濡れながらだから難易度はハイキングよりは高め。慌てて走っても高いブーツなら転けないが、転倒して死ぬものも多い。気をつけて」


「了解ス」


「まあダンジョンでスッポン釣ってるくらいしかやらない僕から教えられることなんてないけど」


 ハウスには、同じようにダンジョンからあがってきたダイバーが、ウェットスーツのファスナを開けて、湿り、熱のこもった体を冷ましていた。


 半裸でむれた男や女だ。


 あられもない姿で談笑する。


 シャワーを浴びるのは少し休んでから、というダイバーも多い。そんなヌーディストビーチ同然の光景を見るために、ダイバになる人間もいるほどで、好きな人間にはたまらない絶景だ。


「ダンジョンて退屈なんスね」


 と、水堰が湯花を見ながら言う。彼女は湯花の顔ではなく、ずっと下のほうをまじまじ見ている。


 湯花は水堰の顔を押して向きを変えた。


「水堰さん、ファスナーが後ろにあるタイプのか。開けてあげるから後ろ向いて」


「はーい」


 水堰が背中を向ける。


 水堰は纏めていた長い髪を解いていたので、背中から流すようにしてわけてファスナーを見せた。


 湯花はファスナーをおろす。


 水堰の生傷や打撲の痕が、多少ある柔らかい、筋肉が背骨や肩で盛っている背中が見えた。熱がこもっていてファスナーを開けることで、汗の匂いと一緒に立ち昇る。


「下は脱がないで。汗抜きを忘れてた……失敗。本当はダンジョンを出る前に溜まった汗を捨てる。かなり汗をかいてるから迂闊に脱ぐと溜まってる汗がお漏らししたくらいあふれるんだ」


「き、気をつけるっス!」


「いや、僕のほうの責任」


 水堰が言った直後、足がふらついた。彼女は踏ん張るが、ダンジョンへのダイブで、緊張から体力を多く使ったか。疲れが吹き出している。


「シャワーは後で少し休むか。湯船はやめとこう。僕達みたいなのが何十人と入ったアクだからね。数日以上ダイブしてたらスーツごと入るよう」


「あはは。濃い出汁がありそうです」


「ちょっと休もうか。シャワーは後」


 水堰はシャワーを浴びながら倒れそうだ。


「了解ス……はぁ〜……涼しい」」


 湯花はウェットスーツを上半身だけ脱いで腰でくくった。『汗抜き用』と書かれている足洗い場で靴を脱ぐ。靴をひっくり返せば、鍋をひっくり返したくらい汗が音をたてて流れた。


 水堰も同じことをした。


「いや〜ん」


 と、水堰は上半身を隠す。


 水堰の乳房は大きい。乳腺と周囲の脂肪細胞は良く増えていて胸筋が鍛えられていることで一般的な比較サイズで言えばJカップに相当するだろう。


「大きい胸だから目を奪われた」


「ほんとスか!? 湯花さんにも性欲あるんスね! 付き合ったら無限におっぱい揉める特典ついてくるんスけど〜みたいな……」


 水堰の言葉は尻すぼみしていく。


 だが、湯花は、水堰の持てる武器、持てるカードを適切に活用して生きようとする行動に充分な敬意と感心を抱いた。


 湯花は水堰の肩をもつ。


「せんぱい……」


 水堰は恋に落ちている瞳で見つめる。


「水堰さんは良いダイバーになれる。教えることなんて何もなかった。何度か一緒にダイブして場数をこなすだけでソロも大丈夫だろう。ダンジョンでは、今ある手段で解決する能力が大切だ。誰も助けには来てくれない。言い争いや慟哭で浪費する時間は許されない。常に、不足に対処できること! 大切だぞ!」


「……はい、せんぱい……」


 水堰はしょんぼりする。


「お腹減った? 何か食べよう。ハウスだから汗だくでも誰も気にしないから安心して」


「ちょっと不潔な感じスね」


 水堰はもう気分を切り替えた。


 湯花は、笑う。「確かに」と。


「あッ!」


 と、水堰がハウスの大型テレビを指す。


 半裸なダンジョンが気怠げな姿勢で、回復しながら見ているのはダンジョンのニュースだ。


「ダンジョン配信……」


 湯花が苦手なジャンルだった。


 最近は専門チャンネルまで作られるほど大人気なジャンルなのだが、湯花の好きではないものだ。


 リアルタイムで、視聴者がコメント。


 ダイバはライブ中、つまりはコメントへの返信の片手間にダイブしていた。


 湯花は面白くない。


『なんだ今のは?』


 ダンジョン配信中だ。


 赤い影が走っていた。


 一瞬だがライトの光に何かいた。


『モンスターか?』


 緊張が高まる。


 湯花も思わず面をあげた。


『なんだあれは……』


 数秒間程だ。


 照明の中に、それは映る。


 背が高く、肌が透けるドレスのような服装で、ボインでキュッでボインである。その目はルビー色の瞳だ。手足は肘から先が羽毛に覆われ指先は人間とは違う鉤爪のある手で『羽毛がびっしりと揃う太い尻尾』を生やし『頭には立派な角があった名残り』も生えていた。上半身は人間のお姉さんだが下半身はスズメかティラノサウルスだ、ちっちゃいやつ。


「……」

 

 湯花は見覚えがあり過ぎた。


 ダンジョン配信者のパーティー叫ぶ。


『ダンジョン原人が出たぞー!?』


『亜人だって!? 実在したのか』


 ダンジョン配信の視聴者側も騒動だ。


 湯花は、休憩あがりには少し早いが水堰をシャワーに誘う。水堰は「ライブ見たいっス!」と言うが背負ってシャワー室に連れ込む。ハウスに大騒ぎが広がるのに時間は掛からなかった。

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