オープニング“そして聖処女は”
「悪いことをしてはいけません」
「なんでー?」
「悪徳成金の奴隷にされます」
「やだー!!」
ペッタンコンティは、彼女よりも遥かに『大きなもの』である母の言葉を全力で嫌がった。
悪いことをしたら?
極悪趣味金持ちの奴隷にされる!
それはペッタンコンティの頭にずっと残っていて、わりと周囲の仲間に小馬鹿にされたが彼女は信じていた。
ドラゴン達が暮らすドラゴンランド。
太陽は沈まず、永遠の光の中を飛び続けるドラゴン達を奴隷にできる存在なので神でさえ不可能なのに。
永遠の微睡み。
嵐もなく、健やかにあるだけで、いずれは老龍らのように山のように大きな物として、山になるのだろうとペッタンコンティは考えていた。
聖処女の一族ペッタンコンティ。
ドラゴン達の氏族の姫様でもある。
だが、永遠の時間は突然に終わらせられた。世界が崩壊し、バラバラの欠片となって無限に続く、暗く、狭い『何か』に巻き込まれた。
地震でも嵐でもない。
もっと恐ろしい何か。
ペッタンコンティは名前さえ知らない。
ドラゴンランドが崩壊した日、ペッタンコンティには起きた出来事を知ることはできていない。
わかっているのは1つ。
暗く冷たい場所に放り出されたこと。
ペッタンコンティは体を小さくすることで生き延びた。より小さく、ドラゴンの体を無くしても、体力を節約できるほど充分に小さくなる。
姿は部分的にドラゴンを残しながらも人へと近づき、ようやく、縮小しなくても安定できるようになって、ペッタンコンティは生き延びた。
ペッタンコンティは後悔を続ける。
ペッタンコンティは悪い子であるから、母が言っていた悪徳成金が、ペッタンコンティを連れ去ろうとしてドラゴンランドを破壊したのではないか?
ドラゴンを支配する悪徳成金だ。
ドラゴンランドも、破壊できる。
ペッタンコンティは悪徳成金を探した。悪い竜の自分が、悪徳成金の奴隷になりさえすれば許してもらえる、ドラゴンランドも戻してもらえるかもしれないと信じるしかなかったからだ。
長い、長い夜の時間をペッタンコンティはさまよった。退化した肉体、永遠の太陽、夜のないドラゴンランドとはまるで違う環境で生き延びることは容易いことではない。
ペッタンコンティは気高さを決して失わず、終わりのない迷宮を、ずっとさまよう……ずっと待ち続ける。彼女が脱出できなかった迷宮が、いつか変わる日を、決して逃さないようペッタンコンティは待った。
そして──来たのだ。
ドラゴンランドを襲った揺れと同じものが、また、繰り返された。ペッタンコンティは外の世界へと放り出されてしまう。
ボロなペッタンコンティは見上げた。
解放された瞳が写したのは月、だ。
何百年といつぶりであったろうか。
幾星霜の日々で薄れたが、悪徳成金などどこにもいなかったではないか! ようやく! ようやく!
ペッタンコンティは月に吠えた。
尻尾の先端から喉に向かって、直列の発電細胞が脂肪で絶縁されるなかで放電され整えられる。月に向かって雷が昇り雷鳴が轟いた。