父親と親友
「……辛い、この先どうなるか全く分かんないからな」
グラバー園の入り口、灰色の雨雲が空を覆う。
空気も何もかもが重い。けれど、今まで心の奥底にあったわだかまりが、今日無くなるんだ……
「おーい! みんな~」
ゆゆが、走ってこっちにやってくる。
その後ろに、ひなのとゆうな。二人はやはり、元気がないな……。
こっちはもう、覚悟したというのにな……。
というか、二人足りなくないか?
「なぁ、香織さんと怜さんは?」
奏斗が声を出した。こいつのノンデリ発言は便利だよな。
何でもかんでも聞いてくれるから情報の整理がしやすい。
「あぁー、二人はどっか行っちゃった……」
なかなかに、事態が変わり過ぎてるな……。
ゆゆの様子がおかしい。
なにかがおかしい、いつもは寡黙という言葉の似合う彼女なのに……。
テンションも高いし、これ以上ひなの達を悲しませないように心配かけないように、演技をしているんだろう。
「ゆゆ、ありがとう。もう心配いらないよ」
その言葉に、彼女は黙って頷いた。
それからは、あまり話すこともなく、ただ静かに俺達の様子を眺めている。
「ひかり、二人は俺とゆゆさんで何とかするよ」
奏斗は、ポンと肩を叩いて歩き出す。
「ハウステンボスは、みんなで回ろうぜ」
ゆゆ行こうと、奏斗はゆゆの前に立つ。
「あ、え……うん」
二人は坂を下りて行った。
「……さてと、じゃあ話しようか」
ここに居るメンバーは俺とひなの、ゆうなに響。
結局この四人になったのか。
「まず、ひなのとゆうな。ごめん」
暫くの沈黙を、俺が破る。
俺の行為は意外だったのか、二人は驚き、固まったままだ。
「……謝るのは私達じゃないの?」
「これは、お前らにひどい言い方をしたことに対する謝罪だ」
正直、冷静になった今でもまだ怒りは収まっていない。
収まる訳もない。話したくもなかった過去を勝手に話されて、人の傷に塩を塗り込むなんて言われて、怒らない方がおかしい。
「私たちの方こそ、ごめん」
二人は俺に向けて頭を下げた。
でも、それで終わりではない、これは仲直りの始まりのスタートラインに立ったに過ぎない。
「ひかりは、あの時から変わった。私はひかりが変わってくれて嬉しかった。もう、あんなことにはならないんだって思うと、嬉しかった。でもそれと同じぐらい、怖かった。私の知ってるひかりがいなくなったんだって……」
誰の為に、変わったと思っているんだ。そう言いたくなる気持ちをぐっとこらえた。
それこそ、ひなのを傷つけてしまう。
「俺はひなのの為を思って、自分自身を変えた。ひなのは、俺に何を求めている? どんな姿だ? 性格は?」
「……私は、ひかりにはひかりの好きなように生きてほしい。昔みたいに喧嘩をするのもいい、今みたいに優しいひかりでもいい」
拳をギュッと硬く握り、ひなのは続ける。
「私は、ひかりに私の為じゃなくて、自分の為に生きてほしいんだ!」
「ひなのの言いたい事は分かった、全部話すよ。ただ、その前にゆうな。お前はなんもないの?」
ここにきて未だゆうなは一言も発していない。
この修学旅行からの不信感は次第に大きく、ほころびが生まれていく。俺は、ゆうなに一縷の望みをかけていた。
もしここで、ゆうなが俺の期待を外れたことを言えば、きっとそれで関係はおわるんだろう。
「ごめん、ひかり。私はひなのちゃんから話を聞いて、ほんの少しの興味心を持った。でもまさかこんなことになるなんて……」
がっかりだ。その言い方じゃ、ひなのが悪いかのように見える。
実際、ひなのも悪いだろう。でも、ここに居る全員が等しく悪くて、等しく正しいんだ。
でも、ゆうなは自分が悪くないと、そう言ったんだ。
「……もう時間だし、集合場所に向かおう。歩きながら話すよ」
俺は、あの日の話をした。
***
ひなのが家から、俺から逃げたあの時。
俺は動けなかった。思考が、俺の荒んだ心が、最悪を頭の中で描写する。ひなのが自らその命を投げてしまうんじゃないか。
「ひかり! ひなの、どうしたの⁉」
母親が何か叫んでいる。でも、俺の耳には届かない。
薄っすらとひかり! ひかり! と、叫んでる声は聞こえる。
「もういい!」
母親はどこか走っていった。きっとひなのの元に行ったんだろう。
母親と入れ違いで部屋にやって来たのは、酒に酔った父親だった。
父親の手には、酒缶が握られていた。
「怒られてやんの~」
空気も読まないクソ親父。俺はこのクソ親父が嫌いだ。
空気も読まない、最低、自己中。
ここ数年、まともに親父とは話してなかった。
「お前は、ひなの追いかけないのか?」
俺が追いかけても、意味がないだろ。きっとひなのは俺の顔も見たくないはずなんだ。
「ま、なにをするのもお前の責任だ。俺が酒と煙草で寿命縮めてるのも俺の責任だしな」
ガハハと、また空気を読まないで一人で笑う。
「でも、その責任を取るのは、誰かじゃねぇ。自分だ。今回の騒動、元をたどれば責任は自分にもあるんじゃねぇか? ひかり」
そんなこと、分かっている。当然のことだ。けれど、理解していてもそれを実践するのは、難しいことなんだ。
「どうして俺が、ここに来たか分かるか?」
首を横に振る。もともと何を考えてるかも分からない人だ、数年ぶりの会話ともなれば、理解できないのも仕方ないだろう。
「……はぁ、お前の背中を押してやるためだよ」
「背中を押す? 俺の背中なんて押す意味あるの?」
そんなことをしている暇があるなら、母親と一緒にひなのの元に行くべきじゃないのか?
「それが、お父さんの仕事なんだよ」
缶の酒をクイッと飲む。赤い顔と酒のクサい息。
だらしない姿の父親。けれどその目は人並みの大人の目。
責任感を感じさせる、真っ直ぐ、ほんの少しの濁りを混じった目。
「お父さんの仕事は、お前の背中を押すこと。でも、お前の仕事は自分の中にある恐怖心を拭うことだよ」
その正体は俺自身、気づけていなかった。
「俺の中の恐怖心だ? 勝手に何言ってんだよ。誰のせいでこうなってると思ってんだ!」
俺が喧嘩に明け暮れるようになったのは、こいつにも原因がある。
ひなのが傷つけられたとき、こいつは何もしなかった。
不格好な笑いを浮かべ、ただ、俺にひなのを守れというだけだった。
ま、今考えれば、ガキ相手に大人が、親でもない人間が、本気で怒る訳にも、ましてや手を上げることなんてできるはずがない。
けれど、俺のやったことはひなのを守るためのこと。その全てを否定することなんてできない。
そんなこと、幼いガキに察する能力なんてあるはずはないが。
「あの頃から、俺はひなのを守るために喧嘩っていう道を選んだ。でも、お前はそれを否定しなかった。なのに俺の選択は間違いだった。どうすればよかったんだよ! 教えてくれよ!」
「おや? それはオレの仕事なんかじゃないぞ。言っただろ? 俺の仕事はお前の背中を押すだけ、お前の選択を決めることじゃない」
「……クソ親父」
「仕方ないな、俺の仕事は終わったんだけどな。でもいいさ、親父としての恩情だよ……」
頭をポリポリと掻き、ヘラっと下手くそな笑いを作る。
「お前は、ひなのを守るために暴力を選んだ。俺も母さんもそれ自体は否定しない。でも、お前はそれはよくないって感じたんだろ? でも、他の方法は知らない。だから怖いんだろ? 変わることが……」
「……」
「はい図星~! これが最後の恩情だ。ひかり、友達を頼りなさい」
友達……。友達か。
「さぁいけ! 我が息子よ‼ 俺はまだまだ飲み足りないから、飲む!」
本当にとことんクズだ。でも、こいつは俺の親父なんだ。それは変わらないんだ。
「行ってきます」
「おう!」
俺は、家を駆け出た。
そのまま、スマートフォンで響に連絡した。
「手伝ってほしい」




