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人を殴った顛末


 広場で起こった、一連の流れは瞬く間に噂となり、広がった。

 それは、尾鰭をつけて、どんどんと事実とはかけ離れたものになっていった。


 ひかりの怪我自体は、あまりひどくなく。顔に数か所の打撲と切り傷が出来た程度だった。

 私は、ひかりが無事と聞いたとき、その場に泣き崩れた。


 私たちは、その後、ホテルの一室。先生たちの部屋で、先生たちに今回のことを説明していた。


 でも、ひかりは何一つ話すことはないし。

 学級委員の男は完全な噓八百。


 先生たちからの信頼の厚い男がきっと、このまま正当化されるんだろうな……。


 修学旅行で兄妹喧嘩をし、ひかりが殴りかかろうとしたところを、男がかばった。


 これが、事の顛末として、また、ひかりが悪者になるんだ。


 私は、もう先生たちから被害者の内の一人として見られている。

 何を言っても、先生たちは聞く気がないようだ。


「先生、ひかりは、私のことを守ろうとしてくれたんです!」


「そっか、辛かったね。 嫌なことは嫌って言っていいんだよ」


 何を言ってもこの調子だ。

 でも、副主任の先生だけは違った。

 天野正幸(あまのまさゆき)

 無精ひげを生やして、小太り。髪も全体的に薄くなっていて、生徒からはハゲなんて馬鹿にされている。

 でも、先生は怒らない。注意はするけど、本気で怒るところなんて見たことない。それだけ温厚な先生だ。


「ひかりと、ひなのさん。別室で話さないかい?」


「天野先生、さすがにそれは」


「こんな、大勢の大人たちに囲まれていたら、緊張して話したいことも話せないでしょう?」


「……じゃあ、お願いします」


 天野先生は、60手前。この学校には10年近くいるため、天野先生のこの学校での立場はかなり高い。

 校長先生や教頭先生にも信頼されており、他の先生も天野先生には頭が上がらない。だから、すんなりと話が進んだ。


「じゃあ、行こうか」



 天野先生に連れられて、向かったのは、ホテルの展望デッキ。

 そこからは、長崎市内の夜景を一望できる。

 キラキラと光るライトと、夜空に輝く、星がきれいだった。

 きっと、その時見た景色は忘れることはない。


「ひかり。 隠してることあるよね」


 先生は、展望デッキに置かれた自販機から、缶の炭酸を3本。

 好きなのを取れ。と、私達に差し出した。

 ありがとうございます。と返すと、ニコッと笑顔を向けてくれた。


「……本当は、ひなのにも隠したかったけど……」


「こんな状況だ。もう隠すのはやめとけ」


「あいつ、ひなののことが好きだったらしいんです」


「え……」


「でも、あいつ、裏でいろんな人を、バレないように殴ったりしていました」


「……やっぱりなぁ」


「先生も知っていたんですか」


「そりゃまぁ、相談受けていたしな」


 二人の話を聞いていると、あの男は、好きな人を傷つけることが好きな、ド変態だったらしい。

 それは、天野先生には、教頭と校長。生徒指導の先生たちしか知らないことらしい。あの男が実際に問題を起こしたこともなければ、先生の前ではいい子だったから。


 天野先生たちは、常に目を配らせており、今回、私たちと同じ班にしたのは、天野先生によるものらしい。


「君たちを、こんな形で巻き込んでしまって申し訳なかった。ひかりがいれば、ひなのさんに被害が及ぶことはないだろうという判断だったんだ……」


 天野先生は、深々と、頭を下げた。

 それに対して、ひかりはただ静かに缶に口をつけ、ゴクゴクと炭酸を飲む。


「頭上げてください! 先生……」


「そうっすよ、先生」


 カタンと、飲み干した缶をテーブルに置き、ひかりは話し始めた。


「もともと、俺がこんな大事にしたのが問題だったんです。俺も小学校の時から、あいつのことを知っていたのに、なにもしなかったのが悪いんです。 あいつは、小学生の頃からあんな感じだった。ある時、俺もあいつに誘われたんですよ。断ったけど……」


 過去を語る、ひかりの声はだんだん、暗く、嫌な気持ちを孕んでいく。拳を握るその力もだんだん強く、ギシギシと肉が軋む音が聞こえ、拳が赤く、血に染まっていく。

 きっと、小学校の時それほどまでに、辛いことがあったのだろう。


 当時の私には、それぐらいしか理解できなかった。

 私の心はもう疲労困憊で、それ以上の情報を受け付けなかった。

 気が付いたときには、もう修学旅行は終わって、私たちはそれぞれの帰路についていた。



 ひかりと、二人。車一台分ほどの狭い路地。夕暮れに染まり、オレンジ色の町で、歩いていた。


 その先に佇むのは一人の男。学級委員の不破海東(ふわかいどう)。人の面をした、クズだ。

 

「お前のせいで、俺の教師共の評価は失われた。お前があの時、俺の誘いを断ったから、俺の歯車が崩れたんだ」


 自分が気に入った、人間を、傷つけ、弄び、悦ぶ。

 先生の前では、いい子ぶる。だから、被害者の声は届かない。

 そうして、一体何人を傷つけたのだろう。


 海東の手に、握られたボコボコとへこんだ金属バットがそれを教えてくれる。

 

「俺は、お前みたいなクズじゃない。俺がこの拳を振るうのは、家族……ひなのを守るためだ!」


「よく言った! ひかり‼」


 海東は、バットを振ることなく、その場に押さえつけられた。

 天野先生が、海東を抑えていたのだ。


「離せよ! クソジジイ!」


 その時の、天野先生は今まで見たことのないぐらい。

 怖くて、震えた。その圧は、空気をピリピリと震わせるような……。

 

「調子に乗ってるんじゃぁねぇぞ! クソガキ!」


 その圧に、海東は動くことを諦めた……。

 

 後日、海東の行動は、危険性も高く、悪意もある。その結果、海東は警察のお世話になることになり、少年院入りすることになった。

 それに加え、海東の親から、示談金として百万を超える金を受け取った。その金は、後にひかりとひなの。その二人のために使われることになった。


 しかし、事件はそれで終わらなかった。

 もともと、異性に苦手意識を持っていた私は、あの事件をきっかけに、完全に男の人が、嫌いになった。

 それは、家族も例外なく、ひかりにすら、距離を取るようになっていた。


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