いい奴だから、悔しいし悲しい。
俺は、橘ひかりのことが嫌い。
でも、心のどこかで俺はこの男に惹かれている。
俺だって、彼女のことが好きだったのに、選ばれたのは、ひかりだった。嫌い、何もかもを持っていて、優秀で、いい奴。そんな奴に俺が勝てるわけない。
嫉妬したよ……。悔しいし、悲しい。
だから、嫌なことも言った、ひどいことをした。お前から何とかして彼女をとろうとした。お前も、そんな俺の事を嫌っていた。
でも、俺の事を気遣ってくれた。
そういう所に彼女は惹かれたんだな。そう思うと、納得できたよ。
お前のことが俺は嫌い。でも、今はもう違う。
お前は度を越えていい奴だから。こんな俺にも優しいから。
お前の周りには人が集まる。暗がりの中、光に向かって進むように……。
*
「よ、柊」
文化祭で、盛り上がる校舎と相反する、特別棟。
ここは、文化祭で使われることはないし、今日は原則生徒の立ち入りも禁止。
そのせいか、無機質で、薄暗いこの場所は、粛然としている。
俺はここで、しばらく時間をつぶそうと思っていたのに、そこに現れたのは、俺達の担任の篠崎先生。なぜか先生は両手に缶コーヒーを持っていた。
いつも飄々としていて、どこかつかめないけど、教師歴3年と、俺達と年が近く、生徒想いで、優しい、生徒からの人気が高い先生。
「今は、直前準備でもやっていると思ったけど、なんかあったか?」
「疲れたんで、逃げてきました」
「アハハ、確かに柊実行委員で疲れるもんな」
「ええ……」
「コーヒー飲む?」
「微糖しか飲めません」
「じゃあ、これやるよ」
先生はその手に持っていた缶コーヒーを俺に渡してくれた。
微糖しか飲めないって言ったのに、ブラックの缶コーヒーを。
「さっき、そこの自販機で当てちゃってさ、コーヒー二本も飲んだら、寝れなくなっちゃうよ」
「一本、取っておけばいいじゃないですか」
「あぁ、それもそっか」
「先生も疲れてます?」
「そうかもな」
先生と話していると、不思議と心が軽くなる。どうしてなんだろ
「……先生、俺失恋しました」
「おう、そうか。俺、心理学も勉強してたから、女の子を掌握する方法教えてあげようか?」
「それ、先生としてどうなんですか?」
「俺だって、モテたいし?」
「先生、既婚者でしょ……」
「心理学のおかげだな」
あはは、と乾いた笑いがこぼれる。
この先生には、一生敵わないだろうな、そう思えてしまう。
「ところで、誰のことが好きだったの?」
「え? ゆうなさん」
「おまえは、よくやった! 成績上げてやろう!」
「いやいや、そんなんで上がってもうれしくないですよ」
ひかりと、ゆうなさんが付き合っているのはもう、当たり前のように先生も知っている。
「昨日の放課後、ダメ元で告白したんです。そしたらまぁ、案の定振られて。今日の朝、ゆうなさん髪染めてきたんですよ?」
「マジ⁉ かわいかった?」
「そりゃもう」
「くそ~、何も知らない状態で見れれば!」
「本当にそれ以上はコンプラ的に良くないです。この作品消されます」
「作品?」
「あ、いや何でもないです」
「ともかく! なんか、ゆうなさんは、イメチェンして前に進もうとしてるのに、俺はまだ引きずっているんですよ? ちょっと、教室が気まずくて……」
「普通、そういうのって、失恋した側じゃない?イメチェンって。まぁ、いいんだけどさ。こっからは、俺の独り言な?」
「え、はい」
「俺は学生のころ、恋愛してこなかったし、いじめられる側の人間だったから、恋しているお前がうらやましいよ。正直、俺も高校生に戻って恋したいよ……お前にわかるか?夜遅くまで仕事して、家に帰ると上さんも働いているから家事分担な、って家事させられるんだよ?正直、家事は好きだけど、やりたくないよな。そう思うよな?なぁ、響君」
「「え⁉」」
本校舎と特別棟を繋ぐ渡り廊下の柱の裏に響が立っていた……。
いつからいたんだ?
響も気づかれているとは思っていなかったのか驚いている様子だ。
「……お前! いつからいた⁉」
「失恋した~ってところから」
え、恥ず……
「お前嫌いだわ」
「でも、柊が失恋したの知っているのは、ここにもいるから響だけに怒りを向けてもよくないぞ?」
「先生ももちろん許しませんよ?」
「響! 逃げるぞ!」
「はい! じゃあ先生、お先!」
「おい! おいていくなよ!」
いつの間にか、ゆうなさんの事なんて忘れていた。
さっきまでの、俺は一体どこに行ってしまったのだろう。と思うぐらい、俺の心は澄み切って、前に進む勇気をくれた。
それもこれも、この先生のお陰だ。俺はいい先生に出会えて本当によかった。




