準備運動は念入りに
対決の日まで、残り3日
私は着々とタイムを縮めていた。
「ゆうなちゃん、元々足速い方だった?」
そんな風に疑われるぐらい私は足が速かったらしい。
私はあまり、走るのは得意ではなかったけれど、
タイムを見る限り陸上部のみんなと勝負になるぐらいには成長している。
今日は、陸上部のみんなは放課後に大会に向けたミーティングがあるらしくて、今私は1人でみんなに言われていた練習メニューを1人でこなしていた。
ひかりも卓球の大会が近いらしくて今日はひなのちゃんとダブルスの練習に行ってる。
いつもなら誰か一人はこのグラウンドにいるのに、今日はとても静かだ。
深緑の葉に包まれた木々から刺す陽の光が温かくて心地よい。
木々の揺れる音も、風の通り抜ける音も、
私に届く音の全てが心地よい。
とても新鮮な気持ちだ。
「よし」
私は心をリセットし、もう一度スタート地点から走り出す。
みんな、本当に優しく私に色々と教えてくれた。
私はこの高校に来ていい人達と会えたな、とつくづく思う。
走っていると自然と笑顔になる。
私はただ、純粋に走ることを楽しんでいる。
それに、今まで私が苦手としていたことがどんどん無くなっていく感覚も楽しくて。
私はいつの間にかのめり込んでいた。
でも、何回練習してもスタートダッシュが上手くいかない。
ここさえ良くなればタイムも大幅に縮むはずなのに。
何がダメなのか、私はタブレットで自分の動きを確認して自分で考えて修正していく。
陸上の知識がある訳では無いけれど、
全員が同じフォームで走れる訳では無いのだ。
自分の得意な走り方を見つけないと、
私は何十本も走って、額からはたくさんの汗が流れた。
水分補給はしているが、今持ってきている分の
ペットボトルもすぐになくなってしまいそうだ。
「あ、ゆうなちゃん頑張ってるじゃん」
今はどうしてもこの課題をどうにかしたい。
その強い一心はゆうなを周りの世界から孤立させていた。
「こうじゃないな」
「ゆうなちゃん?」
何か、私の肩に当たった?
私は後ろを振り向いた。そこには陸上部のみんながいた。
「ゆうなちゃん大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ。」
みんなは顔を見合せていたが、何も言い出せないようだった。
「ごめんね、スタートダッシュが苦手でさどうすればいいのか考えてたんだ」
「そうなんだ。ならいいんだけどさ」
「みんなも来たしこれ1本走ったら1回休憩とるね」
私はまた立ち上がりスタート地点に着いた。
呼吸を整えて姿勢を正す。
「じゃあ、合図するね」
それから少しの間を置いてどんっと言う声を上げた。
私は1歩目をまず出して、
2歩目、左足を前に突き出した。
私は体感的にこの走りがいい物だと感じた。
自然と足に力が入る。
左足が地面に着く。
次の3歩目を出そうとした時、私の視界はガクッと傾き、だんだん地面に近づいていく。
そして、ズズズと音を立てて地面に滑り落ちる。
痛い。痛い。痛い。
痛いという言葉以外出てこない。
膝からは血が流れ、体操着は土のせいで真っ茶色に汚れてしまっている。
ただ、それ以上に足首から感じられる痛みが尋常ではない。
足をそっと触った。
それと同時に襲うズキズキとした痛み。
このタイミングで怪我。
残り三日で治る?それに治ったところでその間練習できないのにみんなに食らいつくことは出来るの?
ただでさえ空いていた距離がさらに突き放される。
いつの間にか、痛みも忘れて私は考え込んでしまっていた。
みんなが大丈夫と声を出して私を囲む。
でも、そんな声は私には届かなかった。
ずっとどうしようって考えていたから。
「ゆうなちゃん。まずは保健室に行こう?」
そうして私は保健室に抱え込まれた。