召喚先が高度文明でした
気が付いたら、見たこともない場所にいた。
周りの人が聞き慣れない外国語を発して慌ててオレから遠ざかる。そのまま遠巻きに囲まれている。
日本人……?
なんというか、面長で顎が細くて、体も細くて手足が長くて、こういう人もいるよねって程度だが、みんなそうっておかしくね?
目を細めて遠くの顔を凝視していたら、ごつい装備の人に囲まれた!
それって銃?!
撃たれた!
意識が…
「気が付きましたね。気分はどうですか?」
目を開けると同時に知らない声がした。状況がわからず身を起こす。寝すぎた時のようにだるい。
周囲が真っ白だ。壁も床も天井も。アンブレラ社かよ。体験型アトラクションに来た覚えはないぞ。
さきほど話しかけてきた男も全身白衣だ。忍んでるのか。
よく見たら、男との間に強化プラスチックのような透明の板があった。
多分、殴ってもオレの手が負ける。お約束だから。
「検査では身体に異常はないはずですが、君は我々にとって未知の種族なので、我々には理解できない異常が出ているかもしれない。何か違和感があったら教えてください」
声は本人ではなく、壁のどこかのスピーカーから聞こえているようだ。口の動きと音声がずれている。
この部屋は完全に隔離されているらしい。本当にアンブレラ社じゃないだろうな。
「ここは××銀河系××星系第五惑星○○の■■国です。私は■■国軍大尉▽▽、軍医です。」
聞き取れる言葉と聞き取れない言葉がある。そこだけ聞いたこともない言語のようだ。
「聞き取れない部分は固有名詞なので気にしないでくださいね」
表情で察したのか、すぐに教えてくれた。
後でわかったことだが、オレ達はテレパシー装置を通じて互いに別の言語で会話していたそうだ。
訓練すれば口に出した言葉だけをテレパシーで伝えられるが、オレはもちろん出来なくて、思考が全部だだ漏れだったらしい。
あれもこれも全部聞かれてたのかよ!
恥ずかしい! 死ねる!
真っ先にそれを教えてくれよ!
俺だけ漏らしてたのかよ!
そのテレパシー装置での会話によると、俺は召喚被害者というものらしい。
召喚と言えば、異世界から勇者を召喚するアレだよな。この世界を救ってくださいってお姫様に懇願されるやつ。思い出したくもない中学生の頃、そういう小説が流行ってたわ。
小説と違うのは、明らかにこの世界のほうが地球より文明が進んでいること。
異世界召喚って中世っぽい世界に行って、現代知識を使って英雄になるんじゃないのかよ!
そうでなくとも、現地では珍しい日本料理で一発当てたりとかさ!
そんな知識も技能もないけどな!
じゃあ、オレ、何のために呼ばれたんだよ?
確かに、ここの人より素手なら強いだろうけど。
高度化した文明の弊害だろう。ここの人々、明らかに俺よりひ弱だもんな。軍医以外の軍人もひょろい。米軍海兵隊を見習え。
地球だって北京原人より現代人のほうが身体能力は劣っているはずなので、偉そうなことは言えないが。
でも、科学は遥かに進んでいるんですよ。
つまり俺なんて、科学兵器で瞬殺さ。
兵器がなくても数で負けるよね。
じゃあ、なんで呼ばれたかっていうと、実はこの国の人じゃなくて敵国に召喚されたらしい。
文明が高度に進んだこの世界では、戦争は星間連合の認定の元、シミュレーションで行われる。
人的被害はゼロ。平和だな。
科学技術の優劣がそのまま戦力に直結するので、軍人ほど頭でっかちの天才秀才なんだそうだ。
ひょろいわけだ。
そんな高度文明の町はというと、自然災害や病害を防ぐため大きなドームで周辺の自然から隔離されている。町は無菌状態、人々も動植物も無菌状態で生きているわけです。
そんなところに俺を放り込む。
生物テロです。バイオハザードです。
自爆テロか。いや自爆じゃない。強制自爆テロ? 他爆テロか、ふざけんな!
勇者召喚テロと名付けよう。
もちろん、こういう他爆テロは人権無視だし、重大な星間法違反だそうだ。
むかついた俺は、その召喚した国に侵入して、まさに自爆テロをしてやろうかと思ったが、テレパシーでだだ漏れになって止められました。
こちらの国では召喚被害者として保護されるけど、敵国にすれば犯罪の生き証人なので消されかねないんだと。
まじですか、こえええ!!
召喚自体は敵国で行われ、召喚先をこの国に指定したらしい。普通に召喚するだけでも大変なのに、召喚先を別の惑星にするなど、相当大がかりな召喚術になるそうだ。そんな大がかりな術を行使できるのは国家か、それに準ずる団体であるため、敵国の関与が疑われているらしい。
でも戦争中だけに敵国とは刑事共助条約がなく捜査ができないので、星間刑事警察機構に依頼したそうだ。星間警察が犯人を捕まえたら、取り調べで地球の座標を聞き出して、星間法廷経由でオレを地球に戻すように敵国に仮処分命令を出してもらう。
なんか、お役所仕事で時間がかかりそうだな、と思ったらだだ漏れした。
軍医が流暢なテレパシーで解説してくれる。
確かに星間法違反だけに、敵国も簡単にはテロ行為を認めないだろうと。
しかしオレ自身とオレが出現した場所に召喚の痕跡が残っているので、それを解析して敵国につながる何かしらが出れば証拠になるそうだ。それで星間法をたてに捜査協力を強制すると。
その痕跡で地球の座標がはわからないのか?
ちょっと考えただけなのにテレパシー装置で漏れて答えが返ってきた。もう口開けなくていいかな。
帰還座標が数十メートルずれただけで高所から落下したり、地核に突っ込んだりしかねないので、誤差1メートル以内の正確な座標がいるそうだ。意外と大変だな。
地球は一か所にとどまってないもんな。公転も自転もあるし。座標大事だな。
その時はそれで納得したが、後日、危険性に気づいた。
あれ、同じ座標に帰っても、日が違ったら地球の位置が変わるからダメなんじゃね?
地球は365日で公転するから一日約一度ずつずれていくんだよな。
公転軌道の円周距離を考えたら一度って何万kmだ?
太陽から地球までの距離が1億5千万km、円周は2πrだから、3億πkm。大胆に四捨五入して9億km。
9億kmを365日で割ると……、単位がミリオン。いかん、一日が致命傷だ!
一分のズレで普通に死ねるよ! 1時間で十万km単位、1分で千km単位だ! 数十m落ちるなんて問題じゃない! 一日で大気圏外だよ!
地球の公転軌道とかわからないし、一年後の同じ日、同じ時間、同じ座標に帰してください、一番安全な気がします。
泡を食って軍医に詰め寄ると、眉ひとつ動かさずに答えてくれた。今頃気づいてすみません!
「心配しなくても、色々と精査しシミュレーションするから大丈夫ですよ。座標が嘘でした、変換先がずれました、ではすまないので。その分時間はかかりますが」
待ちます、待ちますよ!
絶対の確信が取れるまで、きっちり精査してください!
無菌状態も星間連合に入る条件らしいよ。無菌にできないと、連合内でのランクが下がるのね。
無菌なし、外交使節だけ無菌、国の一部だけ無菌、国の大部分が無菌、国全体が無菌、て感じでランクが上がるらしい。
無菌同士なら、種族が違っても伝染病の心配が減るしな。種族の組み合わせによっては、人体そのものの特定成分が毒になる場合もあるので完全ではないらしいが。
少なくとも外交使節無菌までは出来ないと星間連合に入れなくて、星間貿易も星間外交も出来ないらしい。
俺が牢屋に入れられたと思ったのは、菌やウイルス保持者であるオレの隔離施設だったわけ。
麻酔で気絶させられたのは、いきなり異国に放り込まれて恐慌状態になって、菌をまき散らしながら暴れる危険性があるから。
気絶している間にサンプルをいっぱい取られて、最優先でワクチンと特効薬を作ったそうだ。何百種混合ワクチンだろう。
町全体にワクチンが摂取され、遠巻きに見ていた人々も隔離だ、検査だと大変だったらしい。
オレがやけに落ち着いているのは、特殊な鎮静剤を撃たれたかららしい。副作用も常習性もない優れものらしいよ。現地人には。オレも大丈夫みたいだ。
まあ、恐慌状態になっても誰も得しないよな。
実際、打たれてなかったら、テレパシー装置の思考だだ漏れを知った時点で暴れだしてたね!
惑星間ではみんなテレパシー装置を使っているのか聞いたら、というか漏れたら、連合に入ってるような国の言葉は何百万語もあるけど翻訳が完全に出来ていて、脳に直接、知識を焼きこみできるから装置いらずだそうな。
受験戦争なんて、ないな。ここ。
何百万語もあるのは、動物や一部植物なんかの言葉も翻訳できるからです。
スーパーバウリンガルきた!
俺は動物とだって会話出来るんだぜー!
で、思考だだもれテレパシー装置は不便なので、大急ぎで俺の言語を解析し翻訳してくれたそうです。まじ天才。今は焼きこみされて、テレパシーだだ漏れ装置は外してます。発音だって喉をいじられて出来るようになったんだぜ。
宇宙人怖い!
キャトルミューティレーション怖い!
そうなると、いつになるかわからない帰還までの時間、無菌室で一人、透明壁ごしに生活するのは辛い。
そう訴えると、隔離状態は精神衛生上悪いと言うことで、自分を無菌状態にすることを条件に、無菌室を出られることになった。
でも無菌状態になるまでが辛かった。
ここの人たちは生れたときから無菌だから、苦しくもなんともないけど、いままで菌だらけだったオレは、菌を殺すために自分も死にそうになった。
白血病で無菌室に入る人、本で読んだだけでも大変そうだったもんな。
健康状態のオレでもこんなになるのに、病気でこれはきつい。
無事帰れたら、骨髄バンクに登録しよう。
まさに血のにじむような思いでやっと出られた外ですが、カルチャーショックの連続でした。
黒船が来航したときの日本人より驚いてる自信がある!
猿の惑星でここが※※だと知ったときの宇宙飛行士なみに驚くぜ!
法律とか社会とか生活様式とか焼きこみしてくれたので、知識だけならオレも完璧ここの人。
顔と体がちょっと違うけど。
でも惑星間貿易をやってるくらいだから、この程度の差は許容範囲らしい。
爬虫類から進化した国とかじゃなくて良かった。
目立ってすぐに隔離されないように、似た種族を探したんじゃないかって話だった。
なるほど。
高度文明すげえ。
移動手段が、無理やり翻訳すると、完全自動操縦移動装置汎用小型個人用ですよ。
目的地を入れたら、交通法規を守りつつ、自動操縦で連れて行ってくれます。
地球では自前の軽四に乗っていたと言ったら、これを貸与してくれた。
衣食住、可能な限り元のレベルに近付けてくれるらしい。
ちなみに完全自動操縦移動装置軍用大型だとエベレスト級の山でも深海でもいけるらしい。
なんで自衛隊の公用車に乗ってますって言わなかったんだ、オレ!
嘘ついたところで、最初のテレパシー装置でだだ漏れですけどね。
まあ、金さえ払えばツアーで安全に行けるらしいので、頼んでみようと思う。
犯罪被害者給付金しかないけどな。足りるかな?
働かないのかと言われると、働けないのです。
クロマニヨン人を現代に連れてきたとして、知識を焼き付ければ出来る仕事があるか? そういうことです。
ここの基礎知識は半端ないです。
焼きこみだから暗記に気力をとられないのか、小学生にして相対性理論とかヒッグス粒子とか理解してますよ、多分!
なんで多分かというと、元のオレの知識に相対性理論やヒッグス粒子という言葉はあっても、中身がなかったから。元々ない知識は翻訳のしようがないわけで。こっちの知識から鑑みると、多分、これが地球でいう相対性理論じゃないのかと当て推量です。
今のオレなら、アインシュタインもホーキング博士も越えられる!
特許取りまくって大金持ちだ!
帰るときには、記憶を消去されるそうだけどね。ちっ。
保存されている菌も培養して増やしてオレに戻されるんだって。地味に嫌だな。
汚染される気分だ。
でも無菌状態でオレの築15年1DK男の一人暮らしアパート一年ほったらかし予定に帰ったら、ありとあらゆる菌に感染して、あっという間に死にそうだ。
危険すぎる。というか一年後だったら解約されてんじゃね?
きっと今地球はここにいるはず、で帰るか、一年待って確実性をとるか、難しいところだ。
悩んで眠れなくなったら、今度は地球でいう抗鬱剤らしきものを打たれて憂鬱がなくなった。地球の抗鬱剤の正体がわからないので、同じものかはわからん。
名所ツアーに行きたいけど金がないと言ったら、軍の人がアルバイトを紹介してくれた。対応が細やかすぎるぜ。
軍や学者に協力して、地球の環境、文化、生活、風俗、ありとあらゆる知識を提供するお仕事です。
オレのあいまいな知識では当てにならないので、脳から直接かつてのオレの記憶を引き出して立体画像として投影するのだ。
かつてオレが見た視界がそのままそこにある。SF過ぎるだろ。
脳に負担がかかるので一日30分記憶引出投影装置にかかり、休憩を挟んで2時間ほど録画された画像を再生しつつ学者さんの質問に答える。
見ただけ聞いただけでオレが理解していなかったものも、学者連合が次々と解明していく。
昔ちらっと見ただけのヒエログリフが、オレの他の知識と照らし合わせてあっさり解読されたのは驚いた。オレも正解知らないんだけど、あってる気がする。
しかし、なんで今まで頼まれなかったんだろう。連中にしたら宝の山だろうに。
気になったので聞いてみたら、保護中の召喚被害者に記憶引出装置の使用を要請してはならないと星間法で決まっているそうだ。
オレが自主的に言う分にはいいんだけどな。
確かに悪用しまくれるよな。テレパシー装置も、今回のような特例以外は民間人に使用できないそうだ。
本当に人にやさしい世界だな。
名所ツアーは行けました。立体画像で仮想体験もできるけど、やっぱり生だよ!
立体画像のくせに音も匂いも感触もあるけどな。
視点移動、接近、離脱、思いのままなのでスーパーマンになった気分だ。
もうこれでいいやって気持ちもわからんでもない。
だから本物の名所をまわるツアーは需要が少なく、その分割高らしい。
ここの通貨価値があまりわからないけど、今は生活費があまりいらないから行けたんだろう。
カルチャーショックの連続で、今までホームシックにもかからなかったけど、落ち着いてくると地球の何もかもが恋しい。
ここは本当に異世界なんだな。
カップヌードルが食いたい。納豆とかヨーグルトとか! ここの料理は地球の美食家御用達レベルじゃないのかってくらいうまいが、たまにジャンクフードや発酵食品が食いたいんだ。って言ったらあった。ドーム外ではロボット作業で発酵食品も作っているらしい。ドーム内に入れる直前に殺菌するんだと。うまい。そういえば酒も発酵食品だもんな。ジャンクフードは物珍しかったらしく開発してくれちゃったよ。ありがとう。
せんべい布団が懐かしい。ここの寝台は高度体圧分散機能つきで腰痛知らずだけどな。
寝っ転がれる畳が懐かしい。床暖房付タイルをルンバも真っ青の八足歩行全自動掃除ロボットが天井から床までピカピカに磨いてくれてるけどな。音もないので天井にいるときはびっくりするぜ。
スーパー銭湯が懐かしい。と思ったらあったけどな。スパと多目的プールを混ぜたような超銭湯だった。触手風呂とかあるんだぜ。人間の垢がごちそうらしいです。つっるつるになります。ちなみに機械式人間洗濯機は家庭内常備レベルです。
ボロ自転車が懐かしい。ぼやいたら学者さんがオレの記憶から起こして作ってくれた上に、この不便さがいいとか言ってちょっと流行ってるけどな。あれ、ジャンクフードと自転車って、現地では珍しい××で一発当ててね?
いかん、帰りたい理由を列挙するはずが、帰らない理由になっている。
正直、ここと比べると未開の地球へ帰りたいのか微妙になってきた。
ジョン万次郎は日本に帰りたかったかもしれないが、それはあくまで帰省であって帰還ではなかったんじゃないか。
より高度な文明を経験して、元の漁師生活に戻りたいと思うか。
帰ったら景気悪くて零細企業で安月給で給料あがりそうもなくてサービス残業で、金も時間もないから趣味も持てなくて、親兄弟とも疎遠で友人とも連絡とらなくなって、つきあってる女もいなくて、いても交際費も出せなくて、結婚や子供なんてもってのほかで、会社と家を往復する人生。
微妙だ。微妙すぎる。
でもだからと言って、ここでオレに何が出来る。
今はまわりも物珍しさから親切にしてくれるけど、オレにはまともな職業も国籍もない。
ここに居つくとしてどうやって食べて行けばいい?
軍のアルバイトだって永遠じゃない。
オレの一生なんて30年ちょっとだし、記憶の量だって知れてるのだ。一日の1/6は寝てるしな。
記憶を全部見終わったら、オレの存在意義が無くなってしまう。
宇宙は広いので、色んな好事家相手に地球のことを語っているだけで一生食っていけるかもしれないが。
なんせ、惑星間移動可能な文明レベルに達していない星への干渉は星間法で禁じられているので、オレはまさに生きた化石なのだ。何とかなりそうな気もする。
いやいやいや、地球に帰るんだろ、オレ!
でも、ここにはオレにやさしくしてくれる人がいるのだ。
オレの記憶を求めている軍や学者だけでなく、近所の人も皆優しい。
犯罪被害者給付金なんてスズメの涙で大変だろうと、何かにつけ食事を服を日用品を持ち寄ってくれる。暇だろうと誰かしらが誘ってくれる。
どうも、今のオレはここではかなり下のレベルの生活らしい。
雑菌がない清潔な部屋は、風呂にカビも生えないし、台所に虫もわかないし、トイレも綺麗だ。無菌状態で大便が無臭だからな。ウイルスもないので風邪はひかないし、高度医療で病気もケガもすぐに完治する。全自動人間洗濯機や八足歩行全自動掃除ロボットなど、SFもびっくり未来家電満載の上、自家用車もある。
日本的には貧しくないのだが、多分、当たり前のレベルが違うのだ。
子供も老人も社会全体で世話をするので、育てられない心配はないし、孤独死もない。相対的に貧しくとも苦しくはないのだ。
ここでなら家庭を持てる。子供も望める。気になる人もいる。
なんと、ここではオレはマッチョになるらしい。肉体労働がほぼないので、優男以外は希少価値だそうだ。そういえば軍人も細かった。需要も少ないが供給も少ないせいで、オレもちょっと人気がある。悲劇の召喚被害者というのもポイント高いらしい。びっくりするわ。
というわけで、人生最高にもててます。当社比。
オレにとっての理想の国がここにあるのだ。
帰らなくてもよくね?
今は敵国がのらりくらりと逃げているのでいいが、罪を認めて地球の座標を教えてきたらどうしよう。
暗くなっていたら、カウンセリングの先生が軍に連絡してくれた。
ここに帰化したいなら、召喚被害者として国籍と俺でもできる簡単な仕事を与えてくれるらしい。
刺身にタンポポを乗せる仕事じゃないだろうな?
一日3時間・週3日の短時間労働から常勤になるので、犯罪被害者給付金が無くなっても今の生活は維持できるそうだ。
実際に帰化するかどうか、その時になってみないとわからないけど、ちょっと気が楽になった。
今はまだ地球の座標がわからない。
「帰化希望ですか」
「まだ選択肢のひとつですが」
「となると、加害者を逮捕するタイミングが難しいですね」
「まあ、敵は国家ですから中々尻尾をつかめなくても当然です」
「帰化したら、彼に真実を話すのですか」
「まさか。薬の影響もありますし」
「ああ、そういえば彼の自由意志ではないですね」
「薬はあくまで感情の起伏を抑えるもので、彼の自由意志には介入していませんよ」
「そうですか」
「高度に発達した文明は危険もなく発展もないので退屈なんです。娯楽が必要なんですよ」
「そうですね。人々が飽きた後、彼はどうなりますか」
「彼の記憶は金鉱ですよ。世界中の学者や好事家が金に糸目をつけずに買ってくれます。今、彼のまわりに住んでいる好事家たちのように」
「物好きですね」
「国庫を潤わせてくださるお客様ですよ」
「そうですか」
「さて、時間制限がなくなりそうなので、ゆっくりと研究できますね」
「やはり帰還したいと言い出したらどうするんですか」
「帰還には召喚と同じだけの手間がかかるので、当初の予定通り、術の失敗を装って売却します」
「帰還しても帰化しても結果は同じですか」
「おや、知らなかったんですか」
「よい主人のところへ行くといいですね」
「これは国会の承認もある国家事業ですから。従うのみですよ」
2012年の拙文を発掘したので記念に。
2024/1/22追記
誤字報告ありがとうございました。訂正しました。
潤おわせて→潤わせて