第89話 それはもう少し重く考えてほしい
叔父のことに想いを巡らせ暗く落ち込んでいるジーナを、カロージェロは痛ましそうに見つめた。
さらなる事実を話すのはつらいが、家令として、神官として、そしてシルヴィアを支える同僚として、ジーナに話さなければならない。
「……コスマさんは、ジーナさんが町を去った後に町に現れました。頼んだ住民の方が知らせたのか、それともタイミングだったのかはわかりませんが、ジーナさんが町から消えて行方不明になったことを住民の方から聞き、ジーナさんが住んでいた工房へ赴き、そこで口論になったようです」
ジーナは嫌な予感がしてきた。
「……どうなったんですか?」
「ご安心ください。口論のみだそうです」
カロージェロが先回りして言うと、ジーナはホッとする。
「……ですが……。工房の方は警備隊を呼び、コスマさんを捕まえました。――ジーナさんとコスマさんが共謀して工房の金を盗み、ジーナさんが行方をくらましたと訴えているそうです」
ジーナは、予想もしなかった話に涙を引っ込め、口をポカンと開けて呆けた。
「……えっ、と? どういうことですか?」
「つまり、彼らはジーナさんを捕まえ閉じ込めるために罠を仕掛けています」
カロージェロがそう言うと、ジーナはますます混乱した。
「……なぜですか?」
「それは分かりません。ただ、エドワードさんの予測では、彼らの目的は金ではなく、ジーナさん自身であるということです」
ジーナは、なぜ? と本気で首を傾げた。
タダ働きさせる人間はいなくなっただろうが、自分たちがやればいいだけの話だ。出来ないなら人を雇えばいい。
それだけの儲けはあったはずだし、そうでなくてもカティオの婚約者は逃亡用の衣装も逃亡資金もポンと出してくれるようなお金持ちなのだ。
ジーナの代わりの人間を雇うなんて簡単だろうに。
それに、どのみちジーナがあの工房にいることは、婚約者が許さない。
カティオや親方が懇願しようが、力関係は彼女の家のほうが強いはず。
そのため、彼女が嫌がる限りジーナが再び工房に戻るのは絶対的に無理なのだ。
解せないまま、ただ、叔父が捕まっているのならどうにかして無実を証明しなくてはならないと考えた。
「……わかりました。では……」
言いかけたジーナを、カロージェロが手で制す。
「少し、待っていただけますか? ジーナさんはすぐにでも叔父上のもとへ駆けつけたいでしょうが、何度も言いますが罠なんです。エドワードさんだけでなく、私も罠だと考えます。――貴女の、特に服飾の腕前は非常に高い。服飾店に行くたびに、ここに勤めてほしいと懇願されているでしょう? 店主から話を聞いたことがありますが、ジーナさんほどの力量を持った人が侍女を務めてるなんて才能の持ち腐れだと断言しています。それほど惚れ込まれているんですよ。……惚れ込んでいるのは彼だけではなく、貴女の勤めていた工房の方たちもではないのでしょうか」
「えぇ~……」
ジーナは思わず顔をしかめてしまった。
到底そうは思えない。
……と言いたかったが、確かに思い当たる節はあるのだ。
工房は、腕前の悪い者や要領の悪い者が仕切れるような甘い職場ではない。
親方だって、下請けながらも独立して工房を切り盛りしているくらいの腕前だった。
その親方の代わりをジーナは数年間務めていたのだ。しかも、働くようになってから間もなくだ。
ジーナが仕切るようになってからの親方は外回りの営業ばかりやっていた。
つまるところ、長年修行して独立した親方の代わりを、ジーナはほんの少しの期間で出来るようになってしまったのだ。
「……そのわりに、扱いが酷かったんですけど……」
愚痴ると、
「ジーナさんが簡単に引き受けるからでしょう。……ジーナさんは、無理すれば出来るからと仕事を抱え込むところがあります。ちゃんと出来ないことは出来ないと伝え、周りに作業を振るということを覚えたほうがいいですよ」
という、至極まっとうな説教をされてジーナは神妙にうなずく。
「……はい」
カロージェロは微笑み、ジーナに言う。
「ですが、そんなジーナさんの性格につけ込む輩も問題です。私たちは、理解した上で支え合っています。ですが、その輩は利用することしか考えていません。ですので、簡単に利用されてくれたジーナさんに戻ってきてほしいのですよ。また、利用するために」
ジーナが絶句した。
――カロージェロは、あえて厳しい言葉を選んだ。
ジーナに危機感を覚えてもらい、そして危険な行動を慎んでもらいたいためだ。
「今、ジーナさんの叔父上とジーナさん本人の冤罪を晴らすべくエドワードさんとベッファが動いています。ジーナさんは、抱え込んで一人で行動しようとせず、待っていただけますか。エドワードさんたちに策がないようでしたら、私が父たちに頼み、どうにかしてもらいますから」
それを聞いたジーナが驚く。
「……え、どうにかなるんですか?」
「最悪は、ジーナさんに隣国の国籍をとってもらうことになります。形式上、男爵家の養女になればいいでしょう。他国に籍がある者を、ましてや貴族令嬢となったならば、おいそれと裁くことは出来ません」
ジーナは口を開けてカロージェロを見た。
「……カロージェロさんが、お兄さんになるわけですね?」
カロージェロが笑った。
「最悪は、ですよ。あるいは、『私と婚姻を結ぶ』でもいいでしょう。神官長の妻は、平民の法では裁けません。その親族もです。大教会本部から派遣された調査官が調べ上げますので、冤罪は必ず晴らされます」
「な、何を言ってるんです!?」
ジーナが飛び上がり、声を裏返して叫んだ。
カロージェロはまた笑う。
「エドワードさんに策がなかったら、ですよ。私の思いつく救出方法はそのようなものですが、少なくとも二つはあります。エドワードさんならもっと思いつくでしょうし、確実に叔父上と貴女の窮地を救うでしょう」
ジーナは赤く火照った顔を両手で押さえつつ、
「……ありがとうございます……」
と、礼を言った。
からかわれた、と最初は思ったが、カロージェロは真剣だ。
真剣に、自分と叔父を助けようとしてくれている。
そのために、家族に頭を下げ、婚姻を結ぶとまで言ってくれているのだ。
本当にありがたかった。
――ふと、エドワードに「責任を取る」と言われたことを思い出した。
エドワードとカロージェロは似ていると思う。
仲間となった者に、生真面目に義理堅く自分を犠牲にしてでも尽くそうとするところだ。
でもね。
もうちょっと、結婚については重く考えてほしいとジーナは思った。
※エドワードもカロージェロも元貴族なので、結婚観はかなりドライです。
利があるとか責任とかで結婚を考えます。
でも、嫌いな人と結婚をしたいとは思っていませんよ?




