第87話 ジーナの叔父の行方
エドワードがカロージェロと分かれて歩き出そうとしたとき、ベッファが深刻な顔で現れた。
その顔つきに、カロージェロも止まる。
ベッファは表情豊かであるが、侯爵令嬢という来客がある現在、いっさい表情を変えない。穏やかな使用人の仮面をかぶり続けていた。
親との確執により感情と表情を切り離し、たとえバカにしていようが讃えるような顔つきが出来るし、心配事があろうとも楽しく振る舞える。
そのベッファが珍しく顔に出ているので、カロージェロは意外に思ったのだ。
「何か問題でも?」
カロージェロが声をかけると、ベッファが瞬きし、顔つきを穏やかないつもの顔に作り替えた。
「報告があります。お時間をいただけますか?」
エドワードとカロージェロは、顔を見合わせた。
エドワードとカロージェロが先に執務室へ入る。
ここはシルヴィアの魔術で防音になり、さらには盗聴や盗撮、誰かが潜むといったことはいっさい出来ない造りになっている。
遅れて、ノマーニを伴ったベッファが現れた。
「エドワードさんに頼まれた、ジーナさんの叔父上様の件です」
ベッファのその言葉にカロージェロが眉をひそめてエドワードを見た。
「なぜそんな依頼を?」
「ジーナに頼まれたんだ。叔父の行方と動向が知りたいと。彼女の唯一の肉親で、ここで幸せに暮らしていると伝えたいらしい」
カロージェロは納得してうなずいた。
カロージェロは、ジーナの生い立ちを聞いていない。
ただ、公爵家の侍女だったわけではないのは察していた。
高位貴族の侍女教育を求めたからだ。
シルヴィアも公爵家令嬢として教育されていないところをみると、どこかでシルヴィア個人に仕えたのではないかと見抜いていた。
エドワードも同様だろう。
シルヴィアが城主に任命され公爵家を追い出された際、お人好しの二人が手を貸したのではないかと推測し、ほぼ当たっていた。
エドワードは、最初は自分の伝手の情報屋を使ったが、さすがに行商をしているイチ平民の情報を得るのは難しい。むしろ人を雇って捜した方が早い。
ジーナは「わかったらでいいですから」と言ってくれたので長期戦で挑もうとしていたら、ベッファ、そしてナルチーゾ一族を雇用した。
なので、彼らに頼んだのだ。
ベッファからノマーニへ依頼が行き、ノマーニは一族の者を使って捜させていた。
その結果がベッファに上がってきたのだ。
「ジーナに直接伝えないほうがいい話題か?」
エドワードは、ベッファとノマーニの態度から察した。
「……恐らく……。ジーナさんは情が濃い御方なので、直接伝えたらどう動かれるか予想がつきません」
ベッファがジーナを言い当ててきたので、エドワードは内心苦笑した。
カロージェロは、微かに眉根を寄せている。
恐らく最悪の想像をしているだろうが、それはエドワードも一緒だった。
それを読んだベッファが手で制した。
「いえ、亡くなったわけではありません。ですが、ある意味それ以下です」
ベッファがチラ、とノマーニを見ると、ノマーニが軽くうなずき口を開く。
「ジーナさんの叔父上様であるコスマさんですが、現在、公爵領にいます。両親を亡くし、幼少から住み込みで働いていたジーナさんの様子が気になっていたようで、ジーナさんが住んでいた町に何度も現れていて、町の人に様子を聞いていたそうです。住民に口止めもしていました。そして、ジーナさんが町を出るようなことがあったら知らせてほしいと町の人にこっそり伝えていたそうです」
カロージェロが驚いた。
エドワードを見ると、エドワードは眉根を寄せていたが驚いた節はない。
凝視されているので、エドワードはしぶしぶと口を開いた。
「……俺から言うことはない。ジーナに直接聞けよ」
「……そうですね。失礼しました」
カロージェロは再びノマーニを見る。
ノマーニは行方を捜す段階でジーナの生い立ちを調べたのだろうし、それをベッファも聞いている。
だが、三人ともよけいなことは言わず、叔父であるコスマの話に集中した。
「ジーナさんがいなくなったのを、町の誰かが伝えたのでしょう。最近また訪れて、町の人と何か話すとすぐジーナさんが住み込みしていた家へ行き、何か口論になったようです。怒鳴り合いが聞こえたと思ったら、その工房のおかみさんが飛び出していき、警備隊を連れてきて、コスマさんを捕縛し連行していったそうです」
エドワードとカロージェロは絶句した。
……恐らく喧嘩になったんだろうが……。
激昂したコスマがそこの主人を殺してしまったんだろうか?
だが、家を出たくらいでそこまで激昂するか?
しかも、出ていったのは彼女の意思だ。
そう考えたら、全く違った。
「工房の一家は、ジーナさんとコスマさんが共謀して金を盗んだと訴えています」
「「は!?」」
「ジーナさんが現れて証言しないと、非常にまずいことになります」
ノマーニの言葉を次いで、ベッファが深刻な顔をして言った。
エドワードは少しの間考え込むと、顔を上げてカロージェロを見た。
「どうせ事情を聞かないとだろうから、お前がジーナを捕まえて話せよ。俺は、対策を練る。……ベッファ、付き合ってくれ」
「かしこまりました」
ベッファが一礼した。
長い間更新出来ず申し訳ありませんでした。
7月に入ってから胃腸の調子が思わしくなくずっと吐き気がしていたのですが、さらには副鼻腔炎に久々にかかって寝込んだりして、書籍化作業に思いきり影響が出てしまいました。
カクヨムネクストを最低限の更新頻度にしてもらって、なんとかしのいで今ココです。
まだ本調子ではないのですが、寝込むことはなくなってきたので更新を再開しようと思います。




