第84話 カロージェロに相談する
令嬢教育は順調だ。
基本、シルヴィアは誰かの動きや話し方を完全コピーできる。ただし、応用が利かない。
その、応用をブリージダが丁寧に教えていた。
「……そう、今使うのですよ」
「わかりました!」
ジーナは、物腰柔らかく丁寧に指導するブリージダに安心している。
時々起こる発作が困りものだが、それ以外は家庭教師として満点だ。
最初は自身を真似させていたが、完コピするシルヴィアを見てしばし考え、
「……そうですね。もう少し、こう、首をかしげ、顔も少し上げ、こちらを見て……そうそう、それがよろしいわ」
と、まだ幼女であるシルヴィアの幼さを出すような演出を加えていったのだ。
その指導で、いかにも無機質に真似しています、というところから、あざとかわいさが出てくるので、ジーナはブリージダの手腕に舌を巻いた。
ジーナは貴族令嬢を知らないが、金持ちの令嬢なら知っている。カティオの婚約者、ケイショリーだ。
ブリージダが来る前は彼女のような女性を連想していたのだが、全く違っていた。
本物の令嬢はこうも優雅で落ち着いていて余裕があるのだなぁ、と感心していた。
「……やはり、発作を起こすのが婚約破棄の理由なのではないでしょうか?」
と、ジーナはエドワードに言った。
エドワードは首をひねる。
「それなら普通に婚約解消するんじゃないか? あえて男爵令嬢に入れあげたなんて醜聞を流さなくても……」
ただ、エドワードはジーナがそこまでブリージダを評価しているということについて考えた。
「……シルヴィア様にも聞いてみようかな」
シルヴィアは、エドワードに「ブリージダ嬢は、家庭教師としていかがですか?」と、率直に尋ねられて目を瞬いた。
どうと聞かれても、が正直な答えだが、それでも答えをひねり出す。
「んーと、頼りになるです!」
いろいろ教えてくれるし優しい。
みんな心配していたけど、とってもいい人だと思う。
ただ。
「おからだよわいのがかわいそうです」
シルヴィアの指導をしているとき、しょっちゅう発作を起こすのだ。
めまいを起こして倒れたときは、あまり物事に動じないシルヴィアですら驚いて飛び上がった。
エドワードは、顎に手を当てて考え込む。
「シルヴィア様が心配するほどですか……」
「心配しますよ?」
シルヴィアは小首をかしげてエドワードに反論した。
エドワードが失言に気づいて謝罪する。
「変な言い方をしていまい、申しわけありません。つまり、シルヴィア様の前で倒れているのですね、と言いたかったんです。俺は最初の頃以外、具合を悪くしている姿を見かけないので」
シルヴィアはうなずいた。
「そです。私の前で倒れます」
「そうですか、それで……」
……と、エドワードはハッと気づいたようにシルヴィアを見た。
「……ブリージダ嬢は、シルヴィア様の前でだけ倒れるんですか?」
「そです」
シルヴィアはしっかりとうなずいた。
だからこそ、どうにかしてあげたいな、と思うのだ。
たぶん、自分が近寄らなければ発作が起きない気がするのだが、ブリージダもその侍女も「気にするな」と言う。
「もしかして、シルヴィア様はブリージダ嬢の発作について心当たりがあるんですか? もしそうなら、治療法がわかるかもですが」
シルヴィアには心当たりがある。
だけど、言っていいのかわからない。
なんとなく、彼女は隠している気がするのだ。
「……あるけど、たぶん、エドワードには治せないです」
「そりゃ、俺は医者でもなければ聖魔術を使えるわけでもないですからね。ただ、原因がわかれば治療法もわかるかもしれないでしょう? もしかしたらカロージェロも治せるかもしれない」
シルヴィアはそれを聞いて、そうか、と手をポンと叩いた。
「カロージェロに相談してみるです!」
「……え……」
エドワードは戸惑ったような声を出したが、シルヴィアは気にせず、
「カロージェロのとこに行ってきます!」
と朗らかに告げ、タッタッタッと走っていった。
シルヴィアを見送るエドワードは、ひどくショックを受けた顔をしていたが、それに気づくことはなかった。
シルヴィアはカロージェロに相談した。
「なるほど……。そういうことでしたか。非常に納得できますね。それは発作を起こすでしょう」
カロージェロは深くうなずいた。
「かわいそうです」
シルヴィアが言うと、カロージェロは微笑む。
「私が話を聞いてみましょう。もしかしたら症状が緩和するか、楽になるかもしれません」
「治せるですか!?」
シルヴィアが尋ねると、カロージェロは首を横に振る。
「それは無理でしょう。ただ、つらく思っているのなら、それを取り除ける可能性はあります。私の領分ですから」
シルヴィアは、カロージェロに相談してよかった、と思った。
カロージェロは、ブリージダに声をかけた。
「失礼します。……我が主、シルヴィア様から相談を受けまして。もしかしたら、少しでも症状が緩和できるかもしれないと思い、声をかけさせていただきました」
ブリージダは戸惑う。
「……いえ、私の発作は……」
言いよどむブリージダに、カロージェロは美しい笑顔でゆるく頭を振る。
「とにかく、教会で話をしましょう。私は家令である前に、神官です。悩める者やつらい思いを抱えている者の話を聞き、少しでも心の負担を軽くするのも役目。ブリージダ・コンシュ侯爵令嬢のお力になるよう、話を聞かせてください。……シルヴィア様もたいへん心を痛めておられます」
ブリージダがハッとした。
「……シルヴィア様が……」
躊躇いつつも、ブリージダはうなずき、教会へと足を運んだ。




