第83話 令嬢教育
令嬢教育が始まった。
侍女たちがはりきってシルヴィアにドレスを着せる。
「髪をどうにかアップさせたい……!」
ジーナが唸ると、
「「「同感ですね」」」
三人も同意した。
四人がかりでシルヴィアの髪と闘い、
「……で、できまし……」
と、ジーナが勝利宣言をあげようとしたとたん。
するん。
と、髪が落ちて、バラバラバラ、と、髪留めが辺り一面にばら撒かれた。
「無理ですよ?」
と、シルヴィアが無情に宣告し、四人の侍女は、膝からくずおれた。
髪はどうにもならないが、ドレスは着せられる。
「とってもかわいらしいですよ、シルヴィア様!」
ジーナを筆頭に侍女軍団は大喜びだ。
「きっと、シルヴィア様がもう少し成長すれば髪もどうにかなりますわ。幼いころはどうしても髪が結えない、というご令嬢もいらっしゃるとどこかで聞いたような気がしますし」
自らを励ますように、ダフネが言った。
「……聞いた気はしませんが、シルヴィア様がそうですし、年頃のご令嬢で髪が結えないと嘆いている方も存じ上げないのでその事実を受け止め、未来に期待しましょう」
ロミーが言い聞かせるようにつぶやいた。
シルヴィアの習い事用に整えた部屋に入ると、すでにブリージダは待機していた。
「ごきげんよう。ごしどうよろしくおねがいします」
棒読みで、習ったカーテシーを披露する。
ブリージダも、挨拶を返した。
「とんでもございません。こちらこそよろしくお願いいたします」
見事なカーテシーを披露する。
基本の歩き方、挨拶のしかたを説明し、ブリージダがやってみせると、シルヴィアは見事にコピーした。
ブリージダが目を瞠る。
「シルヴィア様は、非常に優秀なのですね。……この幼さでここまでできる方はそうはいません」
そう言うと、控えていたジーナがご満悦になった。
シルヴィアは、フンス、と息を吐き、おなかを突き出した。
「私にはたやすいことです」
「ぐっ……!」
とたんにブリージダが口を押さえる。
「…………失礼しました」
シルヴィアは、ブリージダがときどき体調を崩すと聞かされている。
だいじょうぶかな、と、トコトコ近寄ってのぞき込むように首をかしげた。
「調子がわるいですか? お休みするです?」
「…………ッ!!」
「お嬢様! ……どうやらいつもの発作が出たようです。申し訳ありません。少し休ませます」
控えていた侍女がブリージダを支える。
ジーナも心配になってきた。
こうたびたび発作を起こすとなると、専門医が必要かと思われる。だが、この都市にはちゃんとした医師がいない。
神官長が医師も兼ねていて、回復魔術で回復できるのならそれでよし、できないなら自然回復を待つか天命だと諦めるか、という感じだ。
入院が必要なほどだと、隣国へ行くしかない。
「……だい、じょうぶです。お気になさらず……」
ブリージダが切れ切れに言う。
いや気にするなというのは無理でしょう、とジーナは内心ツッコみ、エドワードたちに相談しようと決意した。
別れ際、ブリージダがジーナに話しかけてきた。
「……シルヴィア様は、どうして髪をアップしないのでしょう?」
ジーナは目を伏せて頭を下げる。
「……私の腕が悪く、どうやってもアップにできないのです。申し訳ありません……」
ブリージダが少し考え、侍女を振り返った。
「……アンネ。シルヴィア様の髪結いの手伝いをお願いするわ」
「かしこまりました」
ジーナはちょっと困ってしまったが、侯爵令嬢の侍女ならばシルヴィアの髪質をどうにかできるかもしれない、と思い、
「どうかよろしくお願いいたします!」
藁をもつかむ思いで頭を下げた。
ブリージダたちと別れてすぐ、ジーナはエドワードとカロージェロにブリージダがまた発作を起こしたことを報告した。
エドワードは困り顔になってしまった。
「……もしかして、婚約破棄の理由はソレか? 確かに、第二王子は王族だ。社交は大変だろう。たびたび発作を起こすような令嬢に腹を立て、男爵令嬢へのいじめを建て前として婚約を破棄したとか」
「それは変でしょう。むしろ、発作を理由に婚約破棄したほうが穏便に済ませられますが」
カロージェロが反対意見を出した。
エドワードもこじつけが過ぎたのがわかり、撤回する。
「そりゃそうだな。……だが、そんなに頻繁に発作を起こすのに、専門医がいなくて大丈夫なのか? 不治の病のように言っていたが、とはいえ、症状を緩和する薬とかもあるだろう」
エドワードが侯爵家に手紙を出すか悩んでいると、カロージェロが申し出た。
「……私が治療してみましょう。正直、不治の病で医者もお手上げなら、回復魔術も効かないかもしれませんが、やらないよりはマシでしょう。療養がてらここにきてシルヴィア様の家庭教師を務めるつもりなのでしょうが……。ここで悪化でもしたら医者のいないこの城塞ではどうしようもありません」
エドワードは頭をかくと、ため息をつきながら言った。
「……医者を探そう。メイヤーに募集をかける。あと、ベッファに医者の伝手がないか聞いてくれないか」
「わかりました。聞いてみましょう」
カロージェロがうなずいた。
ジーナは二人のやりとりを聞きながら、二人の攻撃性が減ったことを喜んだ。
侯爵令嬢という〝お客様〟がいることで、二人は口喧嘩を控えたのだ。
側近同士がみっともなく口喧嘩しているところをお客様に見られたら、シルヴィアは『家臣の制御もできない能無し』というレッテルを貼られ、舐められてしまう。
なので、二人とも普通の同僚のようにふるまっていた。
今までの、エドワードの忌々しそうな顔も、カロージェロの馬鹿にしたような慇懃無礼な態度も、互いにいっさい出さない。
……でも、それを指摘すると二人ともヘソを曲げるのがわかっているので、ジーナもいっさい態度に出さずに淡々と、
「お願いします」
と挨拶するにとどめた。