第82話 発作
シルヴィアの用意が出来たので、さっそくブリージダと引き合わせた。
シルヴィアに執務室で待機してもらうように伝え、ベッファがブリージダを呼びに行く。
しばらくすると、ベッファに案内されたブリージダがやってきた。
ブリージダは、シルヴィアを見ると軽く目を瞠り、そのまま固まってしまう。
エドワードは訝しみながらも紹介した。
「こちらが、ここの城主であるシルヴィア・ヒューズ公爵令嬢です。ふだんは城主としての仕事がありますのでパンツスタイルが多いですが、令嬢教育の際はドレスを着用するようお願いしてあります。……シルヴィア様、こちらがブリージダ・コンシュ侯爵令嬢です。シルヴィア様の令嬢としてのマナーの教師となります」
「ん!」
と、シルヴィアがうなずくと、棒読みで挨拶を始める。
「とおいところようこそおこしくださいましたぶりーじだこんしゆ侯爵令嬢。なれないうえふべんもあるでしょうがごようしゃください」
急に、グラッとブリージダがよろめく。
「!? どうかしましたか!?」
エドワードが慌てて支えようとしたが、ブリージダは手で制した。
「……申し訳ありません。長旅の疲れが出たようで……。無作法をいたしました」
「いえ……。こちらこそ、気が利かず申し訳ありません。しばらくお休みになってください。シルヴィア様も多忙ですし、令嬢教育はゆっくりでいいので、体調が整い次第でけっこうです」
エドワードがちらりとシルヴィアを見る。
「ん! ゆっくりでいいのです! 急いでないです!」
と、いつもの口調でシルヴィアが言うと。
「ぐぅ」
と、変な声を出すブリージダ。
「…………? ブリージダ嬢?」
思わずエドワードが声をかけると、再度ブリージダは手で制す。
「本当に、少し疲れが出てしまいました。……少々休めば元に戻りますから、お気になさらず。……申し訳ございません、これで失礼しますわ」
そう言うと、綺麗なカーテシーを見せて退出した。
エドワードはポカンと呆けて見送ってしまった。
「……え。あれ、大丈夫なのか?」
思わずエドワードがつぶやくと、
「うーん、わかりませんから、ちょっと送りがてら様子を見てきます」
と、ベッファが出ていった。
しばらくしてベッファが曖昧な顔で戻ってきた。
「……どうやら持病があるらしくて、それが出たので今日はもう休むそうです。……長旅だったし、婚約破棄騒動もあったしで、疲れて発症したのかもしれませんね」
エドワードは困った顔をした。
「……休むのはいいけど、ここ、カロージェロくらいしか治療する奴がいないぞ? 持病なら、主治医に診せたほうがいいんじゃないか?」
ベッファが答える。
「……私もそう言ったんですが……。主治医……というか、普通の治療ではどうしようもない病気なんだそうですよ。伝染るとかもなく、大病でもなく、動悸が激しくなる程度なので、安静にしていればいいそうです。けれど、時々発作を起こすかもしれないので、それだけは了承してほしい、と言われました」
エドワードは呆けた。
「……いいけど……。え、大丈夫なのか?」
「私も念を押しました。大丈夫だそうです。そして、シルヴィア様への指導を楽しみにしているそうです」
エドワードは眉根を寄せた。
「それ、大丈夫なのか?」
「本人は、非常に前向きでしたね」
ベッファが答えた。
エドワードはシルヴィアに尋ねた。
「……非常に不安の残る家庭教師なのですが、シルヴィア様は大丈夫ですか?」
「ヨユーなのです!」
と、シルヴィアはビシッと答える。
エドワードは不安に思いながらも仕方ないと諦めた。
「……まぁ、いいか。様子をみよう。ベッファも気を配ってくれ」
「かしこまりました」
ベッファが一礼して下がった。
翌日。
体調が良くなったらしいブリージダが朝食に現れた。
「昨日は失礼いたしました。無事、落ち着きましたわ」
エドワードは一礼した。
「それは何よりです。疲れもあるでしょうから復調を優先しつつシルヴィア様への教育をお願いいたします。……それで、テーブルマナーも現在教育の最中です。私かカロージェロが食卓についてシルヴィア様への見本としていますが、もし不快でしたら別の場を設けます。いかがいたしましょうか?」
「不快だなんてとんでもございません。どうぞ、いつものようになさってください」
優雅に礼を返すブリージダ。
エドワードもカロージェロも、腹の中は読めないにしろ返ってくる言葉は家庭教師としては満点、侯爵令嬢としても寛容だ。
なぜ婚約破棄されたのだろうと不思議に思うが、婚約者の第二王子がアレだったのだろうと思うことにした。




