第80話 家庭教師到着
――と、だいたいの体裁が整ったところで家庭教師がいよいよ到着するという先触れが届いた。
シルヴィアの『支配の魔術』が使えない相手だ。
シルヴィア以外の全員が緊張している。
特にエドワードは、一部の使用人たちの過激さを懸念していた。
――オノフリオ侯爵とは今後も仲良くなっていきたい。
向こうが仕掛けてきたにしろ、すでに『ベッファを引き抜く』ということをやらかしているので、せめて紹介された家庭教師は穏便にやっていきたいと考えていた。
「いいか、家庭教師としてくるんだ。シルヴィア様に多少キツい言い方をするかもしれない。それをいちいちとがめるなよ? あと、暗殺や脅しもナシだからな? 相手が間者だった場合は、さりげなく注意喚起しろ。そもそもが、シルヴィア様が魔術をかけて危険ゾーンは行けなくしている。城の内部を完全把握するのは不可能で、たいした調査は出来ないはずだから。短気を起こし、結果シルヴィア様に迷惑をかけるような真似をするなよ?」
と、何度も言い聞かせた。
侍女たちにもフォローを頼む。
侍女軍団に過激派はいない。
一番過激なジーナもおとなしいし、エンマは子どもの躾は大事だと知っているし、ダフネもロミーも上級侍女としてわきまえている。
「男連中が暴走しようとしたら、止めてくれ。どんなことをしてもいい。武器の使用を許可する」
ジーナは呆れ、エンマは苦笑、二人は静かに頭を下げた。
聞いていたカロージェロとベッファは、顔を引きつらせる。
「……信用ありませんね。私も止めに入る側ですよ? もちろん、あなたの暴走をね」
カロージェロが笑顔で言うと、エドワードも笑顔で言った。
「俺は忠誠を誓っているが、盲信していないよ。お前の父親と良好な関係を築きたいから、何かあったらお前の父親に手紙を書くくらいだ」
カロージェロは、鼻で笑う。
「それはそれは。シルヴィア様に害意を抱いた罪人を、教会の横にある牢屋に半日こもって拷問していた方の言葉には重みがありますね」
エドワードがぐっと詰まる。
ジーナが、パン、と両手を叩く。
「わかりました! 男性陣すべて、私が筆頭に過激派を調教していきましょう! ……皆さん、がんばりましょうね!」
ジーナが宣言すると、三人がしっかりとうなずいた。 ジーナは、全員がやらかしそうだと理解したし、他三人も、男性陣は暴走する、と、悟った瞬間だった。
*
隣国から、侯爵家の馬車がやってきた。
馬車の数は二つ。
「意外と少ないな」
「家庭教師としてはじゅうぶんでしょう」
エドワードとカロージェロが声をひそめて会話をかわした。
馬車が止まり、降りてきたのは……緋色の髪を縦ロールにした、目つきはキツいがなかなかに美しい令嬢だった。
馬車を降りる所作も、非常に優雅だ。
さすが、紹介されるだけある、と、エドワードとカロージェロは思った。
「ブリージダ・コンシュ侯爵令嬢、ようこそお越しくださいました。我が主、シルヴィア・ヒューズ公爵令嬢の家庭教師を引き受けてくださり、お礼を申し上げます」
エドワードがまず挨拶をする。
「私は現在、騎士団長兼城主代理を務めております、エドワードと申します。何かあれば、私か隣にいる神官長兼家令のカロージェロにお申しつけください」
「カロージェロと申します。城塞にある教会の神官長と、家令を務めております。ブリージダ・コンシュ侯爵令嬢は、何かご不便がありましたらお申しつけくださいませ」
エドワードとカロージェロが一礼すると、ブリージダはうなずいた。
「オノフリオ侯爵からシルヴィア様の家庭教師を頼まれました、ブリージダ・コンシュです。これからこちらに滞在し、シルヴィア・ヒューズ公爵令嬢に教育をしてまいります。どうぞよろしくお願いいたします」
二人とも、高飛車なお嬢様ではない、と踏んで心の中で安堵した。
ここで二人に威圧的に出たら、シルヴィアに会わせないまま帰ってもらうつもりだったのだ。
「侍女教育も必要だと伺いましたので、一人連れてまいりました」
後ろに控えていた侍女が一礼する。
「ありがとうございます。オノフリオ侯爵からも侍女を派遣してくださいまして形になってきましたが、足りないところがありましたらご指摘いただけると助かります」
エドワードは蕩けるような笑みで返す。
カロージェロは内心、本当にこの男は人を誑かすのがうまいですね、だからいつまでも罪人のままなのですよ、と吐き捨てる。
だが、表面的には一切出さず、自分も魅惑的な微笑みを浮かべながら侯爵令嬢と侍女を等分に見つめていた。
今日はお疲れでしょうから、と、用意した客室にいったん押し込めた。
すぐにベッファがやってきて、
「調査結果がきました」
と、二人に耳打ちした。




