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6話 ジーナの場合 前

 ジーナは幼いころ、事故に遭った。

 乗っていた馬車が崖崩れに遭い、奇跡的に助かったのがジーナだけだった。

 両親が自分をかばったことと、器用敏捷のスキルを無意識で使い難を逃れようとしたのが助かった原因なのではないかと後に考えられた。


 ジーナは、救出作業を行ってくれた町の、助かった際に看病をしてくれた家に厄介になることになった。

 両親は亡くなり、唯一の親戚である叔父は行商人をやっていたからだ。

 行商人はあちこち旅をする。ジーナは、事故に遭って馬車に乗るのが怖くなってしまったのだった。自分がお荷物になることは避けたかった。


 看病をしてくれた家は「女の子がほしかったんだ」「家族と思って接してほしい」と言ってくれた。

 恩返しをしたかったのもあった。

 器用敏捷のスキルはその家の商売である服飾にも向いていた。基本は職人が仕立てるが、お直し程度ならばジーナは易々と、誰よりも速くこなせる。その家の役に立っているという思いもあった。


 ところが叔父は、何度も訪れて自分を引き取ろうとした。

「お前がこんな仕打ちに遭っているのを黙って見過ごせない。どこかに家を借りて、そこに住めばいいから」と言う叔父の言葉の意味がわからなかった。

 自分を家族同様に思ってくれている人たちに失礼じゃないか、と内心で憤慨した。

 ジーナは内気な上にその家ではほとんど意見を言わない。恩義のある人たちに文句を言うなどあってはならないと思っていたからだ。


 そしてその家の者たちはもっと憤慨した。

 家族同様にかわいがっているこの子にどんな仕打ちをしているというのだ、お前には絶対この子を渡さない、と言ってくれた。


 何度かやりとりをし、とうとう叔父が説得を諦め、だが最後に言った。

「このバッグをあげるから、絶対にこの家の誰にも渡してはいけないよ。これはお前の物なのだから。この家の物じゃない、お前だけの物だ。……そして、いつか目が覚めてこの家を出たくなったら、私に会いにきなさい」

 心配そうな顔をしつつ叔父は去り、その家にはもう二度と訪れなかった。


 ――そうして、数年後に気付く。叔父の言っていた意味を理解する。

 自分は、『家族同様』の意味をわかっていなかった。いや、わかりたくなかったのだと。


 それは、決して家族ではないのだ。もっと言うなら、体よく使えて無料奉仕してくれる使用人という意味であることなのだ……。


 その家には、一人息子がいた。

 ジーナよりも三つ年上だ。

 幼い頃はジーナよりも精神年齢が幼くて、働くジーナを脇目に遊んでばかりいた。

 成長してからは、ようやく跡取り息子の自覚が出てきて父に付いていろいろと商いの勉強を始めるようになった。


 そして、彼の両親から冗談のように言われ続けていた。「二人が大人になったら結婚したらいい」「そうね、お似合いの二人だし、ジーナがお嫁に来たら、本当の家族になるものね」――と。

 息子もまんざらではない顔をしていた。


 その言葉を信じていたジーナはある日、手酷い裏切りを受けた。

「ジーナ! 息子の嫁が決まったぞ! なんと、あの豪商の娘だ!」「彼女は気立てが良くてさらに器量よしだものね、うちの息子もなかなかの男前だし、お似合いよねぇ。ジーナもそう思うでしょ?」

 ジーナは、喜ぶ両親が何を言っているのか分からなかった。だが、いつものように二人の言葉にうなずいてみせた。


 ――そこで、ようやく気がついたのだ。自分は、この二人に自分の意見を主張しないように誘導されていたことに。

 いつも促されるだけで、首を縦に振るしか選択肢のない言い方をされてきたことに。

 息子も喜んでいた。そう、彼も同じ事を言った。

「ジーナ、家族同然なんだから俺の結婚を祝福してくれるだろう?」と。


 自分はどうなるんだろう? ジーナがそう考えたらそれを読まれたように、

「ジーナはそのままここで働いてくれればいいよ。結婚なんかしなくていいから、ずっとここにいればいい」

 それに賛同する彼の両親。


 優しそうないたわるような言葉の裏に透けて見える打算。

 両親も息子も、今はジーナに頼りきりだった。経営のことも、頼りない息子を支えるためにジーナがカバーしていたのだ。


 この人たちは……なぜこんなにも他人の心に疎いのだろう。

 両親の「ジーナと息子を結婚させればいい」という冗談は、ジーナだけに言っていたわけではないのだ。町中の人が知っている。「あれは冗談だった」と本人たちはのほほんと言い繕うが、誰も信じていないだろう。もちろん、彼の婚約者も。


 実際、その通りだった。彼女が家に来た途端、敵意をむき出しに言ってきたのだ。

「それで? この捨て子はいつこの家を出て行くの?」

 皆が絶句した。

 両親は彼女をなだめるように言う。

「ジーナは捨て子じゃないんだ。両親が事故で亡くなり、引き取っただけなんだよ」

「あらそうなんですか? 似たようなものだと思いますけど、まぁいいです。……で? いつなんですか?」

 三人は気まずそうに顔を見合わせる。


「ジーナを追い出したらかわいそうだろう? 行くあてなんかないんだから」

 息子が彼女に言い聞かせるように言った。

 それにカチンと来た婚約者は、鬼の形相になった。

 それはそうだろう。婚約者の前で、一見彼女を擁護するような言葉を言うのだから。


 ジーナもうれしくなかった。その言葉は、家族とは思っていないと言っているも同然だったし、自分と結婚すると言っていたのは()()()()()()()()()()ということだ。

 叔父があれほど引き取ると言っていたのをまるでなかったことにして、引き取り手のないかわいそうな子を置いてやっているに過ぎないと言っているのだから。


 婚約者は怒鳴り散らし、ジーナをさんざん罵倒し帰っていった。

 彼女から見たら、息子は自分という婚約者がいながら幼い頃から結婚の約束をしていた女を囲うと同然の意見を婚約者である自分に宣言したのだ。しかもそれを両親が容認している。最悪だろう。


 ジーナ自身も最悪だ。この家にいたら決して結婚ができない。両親と息子に片っ端から縁談を潰されまくるだろう。望んでもいないことなのに。さらに、嫁に勘違いをされいびられまくる……いやあの気性ならもっと酷いことをされるだろう。

 真っ暗闇の将来が待っていた。


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