第109話 ミックとエドワード
「――お前、エドワードさんとカロージェロさんとベッファさんから殺されるぞ。あの三人は、シルヴィア様を心酔してるからな。『たかが城塞の雇われ料理人くらい、自分がやってやるから料理店をどうにかしてくれ』なんて言ったと知れたら、あの三人は怒りのあまりそれこそ料理店を物理で潰すかもしれないね!」
ミックが脅すように言うと、ディエゴはようやく理解できて慌てた。
「あ、違う! そういう意味で言ったんじゃない! もちろん、シルヴィア様の料理を作ることを侮ってはいないよ。でも、戻ってきてもらわないと、うちの店が潰れるんだ! 代々続いてきた店が、親父の代で潰れるなんて、最悪だろ!? 他の人にとっちゃ大したことないのかもしれない。でも、うちにとっては大切なことなんだよ!」
ミックは大げさにため息をついた。
怒っているので気を静めるためだったが、ディエゴはカチンときたようだ。
「……なんだよ? お前にはわからないだろうが、うちの料理店は――」
「ならお前がなんとかしろよ」
遮ってミックが言う。
「さっきも言ったけど、なんでガストンとデボラがお前の失敗の尻拭いをさせられんだよ。お前の失敗のために、シルヴィア様への料理の提供を、お前ごときの腕前に格下げしなきゃなんねーんだよ。ガストンとデボラは、シルヴィア様をとった。シルヴィア様へ提供する料理は自分たち以外には作れないからって、お前を料理店ごと切り捨てたよ」
ミックの話を聞いたディエゴがまた呆ける。
信じられないのだろう。
「…………は?」
間抜けな相づちを打ったので、ミックがイライラしながら説明した。
「何回言わせる気だよ……。シルヴィア様は、貴族様でこの町の救世主だ。その方に提供する料理をガストンとデボラが作ってる。だから、お前の失敗の尻拭いをしている暇なんてないし、料理店に戻ることはない。――これは、お前から何か言われたら言えって言われたことだよ」
ディエゴは驚愕し、声を裏返して叫ぶ。
「う、嘘だろ!? このままじゃ、店が潰れるんだぞ!?」
「ソレ、お前のせいだろ? ガストンとデボラのせいじゃない。お前が、二人はいらないって追い出して、自分の店にして、女房を呼び寄せたんだろ? なら、二人で頑張れよ。ガストンとデボラはもう、シルヴィア様の料理人だ」
「もともと親父の店だ! そして姉貴が継ぐはずだったんだ!」
「でもお前が継いだ。そして二人を追いだした」
「それはそうだけど……でも!」
「二人が隣国へ渡って行方知れずだったらどうする気だったんだよ?」
ミックが問うと、ディエゴがぐっと詰まった。
城塞にいると知っているから呼び寄せようとした。
だが、ミックの言うとおり隣国へ渡ってしまった可能性もあったのだ。
その場合は……。
そのことで、ようやく理解したディエゴは泣き出した。
「だって、俺にはどうすることもできない。エリサを迎えに行ったら料理店に住むこと自体が嫌だっていう。挙げ句、料理人の女房にはなりたくないって言いだした。一人で店は切り盛りできない。誰か雇おうと思うけど、俺の腕じゃ客が来ない。後悔してる。謝るから、もう二度と出ていけなんて言わないから、助けてほしい」
ミックは切り捨てるように言い返した。
「無理だよ。一人でなんとかしろ。城塞に来たって会わせてもらえない。俺は絶対に拒否るし、すでに城塞にいる全員に通達がいってるはずだ。呼び出したって応じないよ、ラーナが来たときだって忙しくて断ってたくらいだ」
だがディエゴは、座り込んで泣いたままだ。
ミックは再びため息をつくと、少しだけ声音を柔らかくする。
「店は諦めろよ。ガストンとデボラは諦めた。二人は、シルヴィア様に料理の腕を捧げるとさ。お前が自分一人でなんとかしないかぎりは、料理店は終わりだよ。……幸いシルヴィア様のおかげで隣国へ行けるようになったし、今はどこも人手不足だから、働く気があればどこでだって働ける。……俺が職に困ってたときとは大違いで、うらやましいよ」
そう言ったが、ディエゴの心には響いていないようだった。
ミックの言葉に返事をせず、泣く。
そんなディエゴにミックは呆れた。
「お前って、本当に甘やかされて育ってきたよな。俺がお前の立場なら、一人だろうが思いつくかぎり足掻きまくるのに。……でも、恵まれてなかったからこそ俺はシルヴィア様のもとで働けるから、結果よかった。じゃあな」
ミックはディエゴを見捨てて去った。
*
「……ってことがあったんですよ」
ミックが、たまたま巡回で歩いていたエドワードを捕まえて報告した。
ミックとしては、カロージェロとベッファよりは過激じゃないと思っての人選だったが、話し終えたときのエドワードの額には青筋が立っていた。
「おかしいな……。この町の住民は、皆シルヴィア様を敬っていると思ったんだが」
エドワードは本気で疑問に思った。
シルヴィアが住民全員に【支配】の魔術をかけている。
それゆえに皆が敬い慕っていると考えていたのだが、そういうことではないのか。
そこまで考えたとき、旅の途中でシルヴィアに言われたことを思い出した。
『嫌なことはしないのが当たり前』
「つまり、料理店を潰すのが嫌でしたくないことだから、シルヴィア様から料理人を奪うのを当たり前だと考えるのか」
エドワードが呟いたら、ミックも青筋を立てた。
「そこまでバカじゃないとは思いますけど……どうなんでしょうね。どのみちガストンとデボラが帰ることはないでしょうけど」
――ガストンとデボラと話したカロージェロは、
『ディエゴさんがこちらにやってきて雇ってほしいと頼む、そこは了承しますが彼を鍛えて料理店に返すのは止めました。問題は腕前ではなく彼の覚悟だからです。あくまでもサポートや下ごしらえのみ、鍛えるのなら別に雇う覚悟をもった少年少女にしてくださいと言ってあります』
と、エドワードに伝えてきた。
だが、今ミックから話を聞いて、ディエゴを城塞で雇うのはナシだなとエドワードは考えた。
ミックが語るディエゴは、そうとうの甘ったれだ。雇用契約に唯々諾々と従い、下拵えに徹するとは思えない。
城塞に来たら絶対に二人を説得にかかるだろう。
たとえシルヴィアが止めたって、『料理店を潰すのが嫌だから、やって当たり前』と考えたら、やる。
シルヴィアの【支配】は、やりたくないことはやらないし、やりたいことはやるのだ。たとえそれがシルヴィアの不利益に働こうとも心の底から嫌なら、やる。
それが判明したとき、エドワードは怒りを冷ましてゾッとした。
もし家族を盾に取られ、シルヴィアを殺してこいと誰かに命じられた者がいたら……シルヴィアは殺される。
家族を殺されるのが嫌で、家族を殺されないためにもシルヴィアを殺すのは当たり前と考える奴には、支配は効かない。
根拠もなく【支配】の魔術があれば住民はシルヴィアに尽くすものだと考えていたが、そんな魔術ではなかった。
あれは、シルヴィアに【支配】を受けた者が得た魔力をシルヴィアが回収し、そしてどれだけ離れていようともシルヴィアの声が聞こえ、そして多少の怪我が治る、その程度の魔術なのだ。
ジーナとカロージェロとベッファに伝えなければと考えつつ、ミックに礼を言った。
「ありがとうな」
「いえいえ」
「で、手すきのときでいいから動向を見ていてくれ。もしソイツに頼まれ事をされても、全部断れ。俺がそう命令しているって言っていい」
エドワードがそう言うと、
「……わかりました。そう言われずとも断りますよ。俺だってテメエの失敗をシルヴィア様にまで迷惑をかけて尻拭いしてもらおうって考えが腹立たしくてたまりませんから!」
と、ミックが憤りながら返した。
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