第106話 遠い目をする二人
ディエゴの泣き言を聞き呆れるデボラと怒れるガストンに対し、カロージェロが諭すように言う。
「お二人とも、気持ちはわかりますがディエゴさんのところへ行くのはやめてください」
二人がカロージェロを見る。
「何をやっているんだと叱り飛ばしたい気持ちでしょう。励まし支えてやりたいとも思うでしょう。ですが、お二人はもうこの城塞の……貴族に雇われた料理人なのです。契約書には書かれていないでしょうが、貴族に雇われた以上、貴族……つまりシルヴィア様の意思で決まります。シルヴィア様が平民のお二人にここで働くよう命じたとしたら、断れません。それをまずは念頭においてください」
カロージェロの話を聞いたガストンは怒りを冷ましうなずいた。デボラも真剣な顔でうなずく。
カロージェロは、さらに二人に話す。
「もし、ディエゴさんがここで働きたいというのでしたら、それは認めましょう。ただ、戦力にならないうちに辞めるのならばともかく、戦力として認められた場合は簡単に辞めることができません。その場合、代々続いてきた料理店を潰すことになります」
ガストンがぐっと詰まった。
ガストンとしては、今すぐ料理店に戻り息子を張り飛ばしてしごき直してやりたい気持ちだ。
半人前の腕前のくせに師匠であり親でもある自分を追い出し嫁を呼び寄せたくせに、その嫁にまた逃げられて店を閉め、さらには戻ってきてほしいとは何事だと怒鳴りたい。
だが、できないのだ。
カロージェロの言うことを理解しているから。
料理店は大事だ。自分の代……正確には息子の代で潰すなんてあり得ない。
あり得ないが、『貴族の料理人である』というプライドもある。
デボラだけではない、ガストンだって密かに悔し泣きしていた。
さらには『娘の師匠』というプライドもあり、絶対に負けないと挑んできたのだ。
そして、その成果は今料理に現れている。
隣国の、美食を食べ慣れている貴族様に『おいしい』と言われた、その言葉で今までの苦労は報われ、さらには自分が料理を作らなければ誰が作るのだという気持ちでいる。
デボラと二人でも大変だというのに、ガストンが一時の感情で料理店に帰ることは絶対にできないのだ。
カロージェロが俯く二人に向かって言った。
「ですので、幾通りかの案を提示します。とは言っても、たいした案ではありませんが……。その案がうまくいけば、料理店を潰さずにいけるかと思います」
まず、城塞の料理人が二人というのはいくらなんでも厳しい。
倒れられたら全員の食事が止まる。
城塞で働く人数も増えてきているし、休みなく働いている二人なのだ。
なので、どうにか料理人を育ててほしいと頼んだ。
「最初は皿洗い、皮剥き、それも無理なら床掃除でもかまいません。下っ端から始めて、長い目で見て一人前……は無理でも半人前くらいに仕立てあげる心構えで指導していってください。私も募集のしかたが悪かったため、あまり良い人材が来なかったのをお詫びします。次からは、覚悟を持った少年少女を集めますので、指導していってください」
カロージェロの言葉を聞き、ガストンとデボラは困った顔をする。
「……怒鳴るのをやめろ、っつわれても困るんだよな……」
「あたしも、そんなつもりじゃないんだけどね……」
カロージェロが二人を制す。
「そこは気にしないでください。エドワードさんいわく、『そんなちょっとしたことで辞めるような者は最初から使い物にならないんじゃないか』ということです。騎士団の指導はもっと厳しいそうなので、お二人は思うがままにやっていただいて結構です」
それを聞いた二人は顔を見合わせた。
二人とも『だからエドワードさんは笑顔で厳しいのか』と思ったのだった。
カロージェロは、ちょっと逡巡したが二人に考えを伝える。
「また、ディエゴさんを呼ぶことには賛成します。ただし、即戦力を期待しているので下拵え等のサポートで雇うことにしてください。二人と並び立てるような指導はしないでください。ディエゴさん本人がお二人を見て反省し努力するのはかまいませんが、それがなく、ただただサポートを行うのみでしたら、どう足掻いてもディエゴさんが料理店を再興できるとは思えません。その場合は、ガストンさんが引退した暁にディエゴさんの子ども……ガストンさんの孫をひきとって料理店の後継として育てたほうが、まだ可能性があります」
ガストンとデボラが遠い目になった。
……それは、そうとう先の話だ。
そして、末っ子同士がくっついて産まれたその子が、ガストンのしごきに耐えられるのか。
そもそもが、ディエゴとエリサは結婚する気があるのだろうか。
舅と小姑を追い出して居場所を作った男を見捨てて実家に帰るような娘が、啖呵を切って追い出したにもかかわらずうまくいかなかったと追い出した相手に泣きつく息子と今後も仲良く暮らせるとは到底思えない。
どちらも相手に甘えようとし、それができずに失望して別れる気がする。というか、結婚しないんじゃないかとガストンとデボラは考えた。




