第101話 料理人の場合 後
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ディエゴが結婚し彼女が嫁入りしたのち、また問題が発生した。
彼女の実家はパン屋。
三姉妹はのんびり屋と評判で、早朝というか深夜から働き出すがそれでも姉妹が他愛ない会話で笑い合うようなほんわかのんびりとした仕事場だった。
怒鳴り合うなんて事は決してない。
それが、いきなり怒鳴り声の響く家に嫁いできたのだ。
しかも妊娠中。
そして三女は甘やかされて育てられてきた。
彼女は早々ノイローゼになり、「料理店は怖い」と実家に戻ったのだった。
ディエゴは妻を守るため、父と姉に告げた。
「指導はもういらない。ここは俺の店だ。今まで稼いだ金もぜんぶ親父と姉貴が持っていってくれていい。だから、出てってくれ」
ガストンは、何を生意気な、今まで手塩にかけて教育してやり店まで譲ったのにその仕打ちかと憤ったが、デボラは父を止めて出ていくことにした。
弟の嫁がここへ戻ってきて平穏に過ごすためには、うるさい小姑と舅がいなくなるしかないとデボラは諦めたのだ。
「……お前の腕前はせいぜいデボラの半分ってトコだ。それを重々承知してやっていけ。……俺がお前に店を譲ったことを、後悔させるなよ」
ガストンは捨てゼリフを吐き、デボラは、
「……親父の話を真に受けるなよ。アンタはがんばってるし、あたしたちがアンタの嫁さんを気遣わずに怒鳴りまくってたのが全部悪いんだ。……いつか、あたしのかわいい甥か姪を見にくるから。元気でやりな!」
と、ディエゴを励まして去っていった。
さて、追い出されたガストンとデボラだが、実は途方に暮れていた。
「稼いだ金を全部持っていけ」と言われてハイソウデスカと根こそぎ持っていくわけにはいかない。
子どもが生まれたら物入りだ。
むしろ二人とも残って厨房を支え、ディエゴは嫁さんのカバーに入った方がいいんじゃないかとすら思うのだが、二人とも仕事に入ったら没頭し怒鳴りまくってしまう。
いや本人たちはいたって普通に話しているつもりなのだが、知らない者には怖いらしい。厳しい料理人二人がいたらまたノイローゼになってしまうだろう。
二人が抜けた痛手と養育費を考えると、ガストンもデボラも当座をしのげる金のみ持って出ていく他なかったが、これでは働かなければ二人ともすぐ野垂れ死ぬ。
「……メイヤーのところに行って、仕事を斡旋してもらうか」
ガストンが疲れたように言うと、デボラは頭をかく。
「それもいいけど、あたしは隣国に行ってもいいかなって考えてた」
ガストンが驚く。
「橋ができて行き来は自由だ、何もここで働くこともないだろ? あたしと親父の腕前でこの町に別の料理店を開いたら、ディエゴの店は閑古鳥が鳴いちまうよ。なら、別の土地で心機一転、あたしらの腕がどこまで通用するか試してもいいかなって考えてたんだけどね」
そう言うとデボラは少し寂しそうに笑った。
「……なんか、ここにいると、よけいなことを考えちまうから、それもいいかなってさ……」
ガストンはデボラの横顔を見た後、空を見上げた。
「……そうだな。それもいいさな。こんな歳になって、冒険みたいなことをやるのも一興か」
二人はそのときそう考えていた。
翌日、出立の挨拶をしようとメイヤーのもとを訪れたガストンは、メイヤーから、
「料理店を譲ったって本当ですか!? タイミングが非常にいい……! 実は、城塞の料理人を急募しているところなんですよ! この町随一の料理人であるガストンさんの腕前なら間違いないでしょう。ぜひお願いしたい!」
と喜色満面で言われ、口を開けて呆けた。
町の料理店から貴族の料理人は、大出世だ。
おまけに、ガストンたちの先祖は城塞の料理人だったかもしれないという話だから、悲願の返り咲きなのだろう。
ガストンとしては願ってもみない第二の人生だったが……。
ガストンは横にいるデボラをチラリと見た。
デボラは確実に気乗りしていない顔だ。というより、他人事のように聞いている。
デボラ自身は隣国へ行きたいのだろう。
いろいろあったから、この町から離れたいのかもしれない。
そして、離れた方が幸せが見つかるかもしれない。
この町ではもう結婚相手は見つからず、好いた男は別の女と結婚して幸せに暮らしていて、継ぐ予定だった店は弟に譲り、おまけに最後は叩き出された。
まさしく心機一転、違う土地でやり直したいと考えるだろう。
だが。
ガストンは、息子から決別され、この上娘にまで去られるのが嫌だった。
息子に店を譲ったことを激しく後悔している。
娘が店を継いでくれれば娘も息子も近くにいたのに、息子に譲ったばかりに息子から家を追い出され娘は隣国に行こうとしている。
家族がバラバラになったのは息子を跡取りにして店を譲ったせいなのだ。
だから、後悔しないためにも娘に残ってほしかった。
「……俺ももう歳だ。いつまで続けられるかわかんねぇし、どんどん無理がきかなくなる。……デボラ、お前、俺を助けてくれないか?」
ずるい言い方だと思った。
心優しい娘なら、こう言われたら隣国へ行けないだろう。
デボラが何の気なしにガストンを見て……驚いたように目を丸くし、その後吹き出した。
「プッ……わかったよ。確かに親父はもうイイトシだからね。最期まで面倒みてやるから、そんな情けない顔しなさんなよ。親父らしくないよ」
デボラはガストンの背中をポンポンと叩いた。




