安心
「一体何があった。」
「まだ、何も。」
私がそう答えたのを他所に、周辺の他人はこちらを取り囲み、ただ私の立っているべき位置を凝視している。興味の有るのはこれだろう。
彼らは私と同じ形において切り抜かれたこの椅子の上を見つめ、それの予備動作を罰しようと企んでいる。
皿の上に山盛りになったマグネシウムの粉末に火を点けて、いよいよ火災報知器が鳴る時に、私もまたそれの目撃者として供述しなければならなかった。
途中で飽きてしまって店を出る。無かったことになった。
一から会話を始めなければならないのは、知らない街を歩いていたからというよりも、知らない人に話し掛けられたからだろう。そうした街における役回りの仰々しさに呆れ果て、斯々然々が成立するところの仲介人を探さなければならなかった。矛盾である。
しかし既に話し掛けてしまったこの街の色合いが定着してきた今、何か思っていたそれと違う。それは私のただ今の歩行がそうなのであった。私は今すぐにそれを止めたいのに、どうすればいいだろうか。
約束された対話篇は始まりつつあった。少し、待って欲しい。先に始めていて構わないから。
「皆さんこんにちは。どうかそのまま動かないで。私も動きませんので。」
その声とともに街中のシャッターというシャッターは一斉に開き、私は締め出されたのであった。
心理的でも物理的でも変わらない。既に現像済みの私であれば、後は覗き見られるばかりであったから、今まさに、静止した眩しさの彼方に、変わらぬ光量の外を訪ね歩いた。