時間停止系
あの粋なファインダーフードに顔を突っ込んで、以来ずっと顔が抜けないとは、はたして正しいのかも知れない。しかし正しくはそうでなくて、そこにおける異様なカルキ臭さに若干ゼロ秒を気絶していたのである。
このカメラが不思議であるとはもう分かっているから、後はユートピアなりシャングリラなり不思議の国へと勝手に招待してくれと思ったのも、やはりおかしなことであった。
私はこのカメラと、加えて私の頭が少し変であるという以外には何も知らされていないのに、いつでもこういう時にはどこかへ迷い込むという相場であると、身に覚えの無い相場である。
それと約束された算段を以てして、私はやっぱり部外者であると思い知らされるのであるが、それはまたの話である。
本題に入ろう。いいや、何に入るのか。ともかく、ここはただ今ここではない。今までのそれではないが、今までのそれと同じである。ただ今は長い眠りの最中とでも言っておけばいいだろうか。要するに眠った後の眠る前である。
ひとまずはこのようにしておくのが、現代人としての安全であるだろう。こうベラベラと口を休めないではいるが、だからといって明晰夢なんていう安っぽい単語は嫌いなのである。結局ただ今の運命を楽しんでいるとは本当であったのだ。
夢ではない。勘違いをしてくれるな。と夢に言う。いずれにせよ、人間誰しも恐れたところのあの降りられぬ船、百万年の洋上に放り出されたことを分かっている私はあと五分もすれば目が覚めて、再び愚痴を垂れることを分かっているのである。これは何も特別なことではなくて、眠りという眠りに尽く付随する質の悪さである。
勘違いをした諸君へ、これはただの独り言である。私は眠りに飽きて目を覚ますのであるから、動き出した時間は劇的であらざるを得ない。ただし時間の下に飽きてしまわぬように、それは一秒にも満たないでいなくばならないのである。
露光が始まる。




