不思議の国(仮)
「大丈夫。もう見えている。」
動き出したのは時間の方ではなくて、私の方であった。それだから風景が一応要請されて、今まさに別の場所にいる。その仕方が分からない以上、科学には似つかわしくない娯楽的な宣伝文句を始めとする人文的な兎がそこにいた。
「本当に大丈夫ですか?追手はいない?」
「ああ。」
と、そのために振り返らないでおく。既に私の後ろを向いている彼にだけ一応聞いて、彼は友好的だから、
「ええ。何もいませんね。」
と。多分そう言ってくれる。
「それは良かった。私にとっても。お前にとっても。」
いずれにせよ彼を追いかけていただけのこの現在に「決して振り返ってはいけない」などというお約束も今更すぎて、目に見える何かは未だどこにもいないはず。透明で。私の方は不安だから、気分転換としてアールデコになって、現時点で不思議の国の唯一の構成要素たる兎は模様を変える。安堵という私は風景を言い終えた物として、成敗される。
所謂モコモコの袖よりは、その奥の骨よりは、それを握ってしまったこの手の感触に興味が有る。ファスナーを開けたいとは思わなく、ただ奇跡的に張力を保っている「肌触り」というものにこそ感動する。
握らせているのは私かも知れないが、兎も角そうした愛らしい表面が、人格的な腕において達成されているという事実、そうさせているというやましさが衣服の奥に隠蔽されているという安堵。嬉しかった。男性性の再現。