シロロの魔法修行③
ノアのお母さん、オリビアさんは私を庭に連れてきた
「さぁ! 魔法の練習しましょう!
まずは、ちょっと試しに打ってみて〜」
私はうつむいた
練習よりもまず聞きたいことがある
「あの、私が怖くな…いんですか?」
「ん?どうして?
シロロちゃん、かわいいじゃな〜い」
「でも、私、獣人ですし…
"怪物"で、すし…」
そういう自分の口が震える
口に出すことで自分もそうなのかもしれないと強く感じる
オリビアさんを見ると、とても美しい顔で畑の方を見ていた
その横顔は何かにあきれたような表情をしているように見えた
「ねぇ、ノアのことをどう思う?」
オリビアさんは質問を質問で返してきた
質問の意図を捉えかねて、戸惑う
「えっ、あっ、その…
…いい友達です」
「ふふふ 可愛らしい答えね」
笑いかけてくるオリビアさんの言葉でさらに顔が熱くなる
「そうじゃなくってね
どんな子供、というよりどんな人だと思う?」
「そうですね…
すごく大人っぽくて、強い人、ですね
魔力だけじゃなくて、心も」
「そうね 私もそう思うわ…
少し、話をするわね」
オリビアさんはそういって話し始めた
「ノアは生まれてすぐ、本当に小さいころから
天才だった 天才というとちょっと違うわね…
でも、間違いなく天才よ
そうね、シロロちゃんの言葉を借りると、大人だった
あまり泣かない子だったし、反抗してきた
ことも今まで一度もない
歩くのも、話すのも、早かったし
独学で字まで書いたり読めたりできるようになった
扱いの難しい風魔法も使えるようになった
なにより、礼儀というかマナーが素晴らしいの
私や夫が教えてもないのに、人の気持ちを理解して
行動できるし、敬語も使えるわ」
オリビアさんは一呼吸おいて続けた
「…正直ちょっと怖いぐらいよ
本当に私とあの人の子なのかって…
それで、シロロちゃんの質問に戻るわね
一年前くらいかしら、そろそろトスリキ教の教えの基本的な部分を
教えたの
このあたりの人はみんなトスリキ教徒だしね
本当に自然なことよ
でも、ノアは獣人の所とか、教えの何箇所かの部分に
疑問を覚えたようで、聞いてきた
『なんでですか』って
なんでって言われても、神様がそう言ったんだから
私はそんなこと考えたことがなかった
でも、それからいろんなことを考えるようになった
食事の前に祈るのはなんで?
獣人が人でないのはなんで?
魔力がなくなるまで魔法を使っちゃいけないのはなんで?
ってね
そうしてるうちに、なんかよくわかんなくなっちゃってね
獣人も別に見た目はほとんど人間だなって
そう思うようになったの」
オリビアさんはこっちを向いて微笑んだ
「だから、私はあなたを疎んだりはしないわ」
その言葉は私のすさんだ心を優しく包んでくれた
「あ、ありがとうございます…」
「いえいえ、まだ、何もしてないわよ〜
これから、魔法を教えるんだから
感謝の言葉はそれまで、とっといておくべきよ」
私はうるんだ目を手で拭った
「はい わかりまし…わかった
魔法、教えて」
「分かったわ」
オリビアはそういってこぶしを突き出し、にこりと笑った
「じゃあ、魔法を試しに打ってもらうわ
そうね〜 あの木に向かって打ってみて」
オリビアは庭の縁の方にある木の一つを指さした
「わかった」
私は集中して詠唱を始める
「『土の神よ、力なき我にその力の一端をお与えください』」
「『土球』《グラウンドボール》」
私の土球は真っ直ぐ飛んで行って木に命中した
威力は大したことないけど、まあまあかも…
「どう?」
オリビアは困った顔になってうなる
「う〜ん、ちょっと弱いわね〜」
「…そう」
意外と辛口だった
「まあ、そもそも土魔法自体攻撃に向いてないからね〜
形を変えることはできる?」
「形っていうのは…土球の?」
「そう! 同じ詠唱でも魔力の練り方や操作の仕方次第で
形は変えられる
細くとがらせれば、今より攻撃力は上がるわね」
「なるほど ちょっとやってみる」
自分の魔力に集中する
土球を変形…
しかし、私の土球は変化しない
「うまくできない」
「そうね〜コツとしては身近な何かに
寄せるイメージを持って見るといいかも
今回だと、槍とか弓矢とかね〜」
「わかった」
槍とか弓矢のイメージ…
「むむむ…」
私の魔法は中々形を変えてはくれない
「かなり苦戦してるわね〜
あと、魔法は本人の精神状態にも大きく影響するわね
シロロちゃん、あなたはなんで魔法を使いたいの?」
「なんで?」
「ここでの精神状態は心配事があるかないかとかも
だけど、魔法に対してどういう思いがあるのか
それも重要、ということよ」
「私にとって魔法…」
私は考える
なんで魔法を練習しようとしたのか…
ノアの魔法を見て感動したから?
確かに最初はそれもあった、けど今は…
「獣化を…使いたくないから」
「…確か獣化っていうのは獣人が自らの身体能力を一時的に
底上げする能力のことよね?
なんで使いたくないの?」
脳裏にちらつく苦い過去
そして、こないだのジャイアントタイガー戦での恐怖
「……」
私が口をつぐんでいると、オリビアが口を開く
「…魔法の練習はここまでね」
「えっ まだできる これから!」
「だ〜め! あなたにはそれより先にやることがある」
オリビアは明るく言った後、急に真剣な表情を見せる
「魔法に逃げちゃダメよ
自分の力をまず受け入れるの」
「っ……!」
その通りなのかもしれない でも…!
「じゃあ、どうすれば…」
「あなたがあなたのことで悩んでるなら
あなたと同じかそれ以上にあなたを理解している人と
話すしかないわ」
「……それは」
「それが誰だかは…わかるわよね?」
オリビアはそういった
厳しさの中にやさしさを内包した、そんな顔だった