前世~ある男の独白~
儂はいたって普通の人生を歩んできた。
4年生大学を出て、中堅企業に入社。
友達の紹介で出会った女性と付き合い、そのまま結婚。
2人の子供に恵まれ、その子供たちも結婚。
孫の顔も拝ませてもらった。
大きな病気もせず、今年で75歳。
とはいっても、年寄る老化の波には抗えず、今では病院暮らし。
いつ死んでしまってもおかしくはない。
何一つ後悔のない人生。
病室のベットの中で自分の人生をそう振り返る。
先ほどは、いたって普通といったが、むしろ儂は恵まれている方だったのじゃろう。
だが、なんなのじゃろう。この漠然とした渇きは。
近年、インターネットやIT関連の発達で、世の中はめまぐるしく変わっていった。
その中で珍しい経歴を持った人間も多く生まれていった。
大学生の時に、IT企業を立ち上げ、数年で年商1億に到達した若社長。
「ゆーちゅーばー」という新しい仕事で何億も稼いでいる若者。
昔ではただの娯楽でしかなかった、テレビゲームでもプロが存在する。
時代といったしまえば、おしまいだが、自分が若いころそんな人生について考えたこともなかった。
大学に行って企業に入れば、そこで一生働く。
それが普通だと思っていたし、その道しか知らなかった。
今では、一社でずっと働くのはリスクだそうじゃ。
転職や副業をする人も増えているという。
そんな人のことをテレビで見るたびに思う。
うらやましいと。
自分の人生は関東平野のように平らで真っすぐじゃろう。
大きな失敗も挫折もないが、とても大きな達成感はなかった。
その人たちは、日本アルプスのように山あり、谷ありの人生なのじゃろう。
儂らには見えていないところでたくさんの努力や挫折があったのじゃろう。
その代わりに、彼らは輝かしい功績を持っていてそのことを幸せに感じているように見える。
なにより、儂になかった意志がある。
それはリスクを取り続けられる意志だ。
転職するには一時、無職になるかもしれない。途中採用されるのかわからない。
起業して鳴かず飛ばずの社長なんて山ほどいる。
「ぷろげーまー」も「ゆーちゅーばー」も最初は稼げる仕事ではなかったそう。
お金がもらえるからではなく、自分が楽しくて続けていたらいつのまにか仕事になっていたのじゃろう。
こんな世の中にならなかったら、仕事に生かしにくい技術だけが残るリスキーな仕事。
儂ももう一度若くなれば、リスクのある人生を送りたい。
他の人に話して、珍しがられるような人生を歩んでみたい。
輪廻転生があるなら、今のこの「渇き」を潤してくれるような人生を…