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夜空を見上げる少女等は孤独  作者: 九頭坂本
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残忍少女

 私の医療技術の半分は、医者だった両親から教わっ

たものだ。思い返せば、両親は、私を医者にしたかっ

たのだろう。幼かった頃から熱心な指導を受けていた

記憶がある。

 幼かった私は当然無知で純粋だった。両親からの期

待に応えようと努力を惜しまなかった。そのおかげで、

一匹の猫と少女を救うことが出来たのだから、両親の

教育は間違っていなかったのかもしれないが、私の中

で、医療という概念はずいぶんと形を歪に変えてしま

ったものではある。

 私には、才能が無かったらしい。

 勉強だって大して出来なかった。

 中途半端な偏差値の高校に進学し、高校生になった

あたりで、私には悟ってしまったことがあった。

 両親は、私に期待するのを辞めた。

 表面上ではこれまで通りの振る舞いをしていたが、

時折、私を見る目が死んでいた。視線が温かくなくて、

軽蔑したような感じで、ただ、仮面を貼り付けたよう

に表情だけには温度があった。

 目は口ほどに物を言う、という諺の通りだ。

 私には、両親の本当の気持ちが見え透いていた。

 それでも、信じたいものと現実のギャップに私は摩

耗し、耐えられるはずもなく、遂に、私は両親の心を

開いてしまった。

 本当のことを話してもらうことは、正常では極めて

困難なことだ。言葉では弱く、感情論は論外。

 絶対的な力が、必要不可欠なのである。

 心を開かれた両親が言うには、やはり、私の信じた

くなかった方が、現実だったらしい。

 初めて心を開いてから、私は満たされなくなった。

 本当は誰も心を開いてくれていないことに気がつい

たからかもしれない。仮面をつけている人間を見ると、

今すぐに心を開いてやりたくなった。

 嘘を吐かれ、それが見え透いているのが気に食わな

い、という気持ちもあったが、それ以上に、両親の心

を開いた時に芽生えた異様な高揚感が私を掻き立てた。

 人間を痛めつけ、怖がられたり、苦しんでいる様子

に興奮する。

 私にそういう性癖があるなんて、否定したかったの

だが、両親に続いて友人の一人の心を開いた際に現れ

た、私の知らなかった私の悪魔のような一面がそれを

許さなかった。

 そして、遂に私には友人が一人もいなくなった。

 私の持っている医療技術のもう半分は、友人達を虐

める過程で身につけたものだ。

「うん、全然、美味しくない」

 口内から広がる不快感に顔が引き攣る。

 既に陽は落ち、街を夜が包んでいた。

 両親がいなくなってから数週間経過しているが、医

療の知識、技術とは反対に、料理や家事の技術は全く

成長していない。

 今晩の作品は、見た目の割に野菜に火が通っておら

ず、味付けもしつこく箸の進まない最悪な一皿。

 お母さんの代わりに料理が作らなければいけなくな

ってしまった訳だが、家庭科の授業でしか料理をした

ことのない私にはあまりにも荷が重い。

「誰か、ご飯作ってくれる人、欲しいな」

 先程まであった食欲が完全に失せてしまい、箸を置

く。

 その時、軽快な通知音が鳴って、履いていたスカー

トのポケットの中でスマホが震えたのが分かった。

 見ると、通知は数日前に出会った、死にかけの黒猫

を抱いていた少女からのLINEの返事だった。

 内容は、黒猫の容態を伝えてもらう為に一日毎に送

ってもらっている写真と、彼女からのメッセージ、そ

してやたらと大量に送られてくる、ゆるい絵柄の猫の

スタンプだった。

「猫の名前はノアちゃん!」

「かわいいね」

「けがは安静にしてれば大丈夫」

 返信をするとすぐに、既読がついた。

「可愛いでしょ!」

 メッセージと共に一枚の写真が送られてくる。

 そこには、ノアと紺が身を寄せ合い、仲良さげな様

子が写っていた。紺の胸に抱えられているノアが彼女

のとっていたピースサインを真似たのか、片足をみせ

つけるようにこちらを見ている。

 ノアの体にはまだ包帯は巻かれたままで、痛々しい

姿ではあるのだが、彼女達を見ていると、それすら良

かったことのように思えてしまう。

 羨ましい。

「かわいい」

 返信をすると、数秒間があって、既読がついた。

 直後、よほど気に入っているのか、ゆるい猫のスタ

ンプが五つ送られてきた。

 確認した後、アプリを閉じ、スマホをテーブルの上

に置いた。

「紺、かわいいな」

 窓の方へ目線を向ける。外には、もうすっかり落ち

着くようになってしまった街の夜の世界が広がってい

た。

 昨夜や、その前の夜。さらにその前、また一つ前の

夜。

 友人がいなくなってしまってから過ごした、濃密で

刺激的な夜を思い出す。

 私の調べる限り、、よく知らない肥満体型の男はニ

ュースになり、全国へ報道されているものの、この街

にいる、少なくとももう一人以上のシリアルキラーの

存在は未だ明らかになっていないらしい。

 それも頷けるほど私は丁寧かつ慎重に物事を進めて

いるし、仕方のないことなのかもしれないが、この街

の住民が期待しているほど、警察というのは頼れるも

のでもないようだ。住民が哀れにすら思えてくる。

 さて、今夜も行こうか。

 ナイフを取りに行こうと立ち上がった瞬間、テーブ

ルの上のスマホが震えた。

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