残忍少女
少女は宝石のように目を輝かせ、満足気に、レイン
コートを模した小さな洋服を見ていた。
店で売っていても違和感の無い程の完成度の高さは、
流石天才、といったところで、これまでにないアイデ
アをふんだんに取り込みながら、愛らしく、かつスマ
ートな印象を与えるユニークでシャープなデザイン。
我ながら、自分のセンスと技術、そして激しく燃え
続ける創作への熱意に感服してしまう。
今の時期でも暑くないように薄手の生地を使用し、
締め付けを最低限に抑えながら、体全体を緩く覆い隠
すことにより、体の露出と熱の篭るのを防止。
僕独自の技術により、柔らかく、着心地の良い質感
を保ちつつも高い撥水性、強度を持ち合わせる。
所々に描かれた肉球マークは可愛らしさを演出する
だけでなく、暗い場所では淡く光る加工をしている為、
夜間、迷子にさせにくく、万が一、見つけやすい。
胸にプリントされた方舟は、彼女のトレードマーク
である。
仮病を使って学校を休みつつ、丸二日をかけて作成
させただけの価値は十分にあったと確信させる出来の
良さだ。
「どうだ。頑張って作ったんだぞ」
「ニャー」
少女に抱えられた黒猫は興味津々な様子で、テーブ
ルの上に置かれた洋服を見つめている。少女の胸の中
で、不自然に短い尻尾がゆっくりと左右に揺れていた。
少女が黒猫を洋服に近づけると、猫は何度か服と少
女を交互に見た後、服に肉球を押し付けたり、頭を擦
りつけたりした。
「気に入ってくれたか?」
「ニャー」
僕の質問に答えるように、黒猫は高い声で鳴いた。
優しく頭を撫で回すと、目を細めて気持ち良さそう
な表情をした。
「怪我、治ったら、それ着て僕と一緒に外に出ような」
言うと、僕の胸の中で、片方しかない耳が小刻みに
動いた。
あれから、黒猫の容態は順調に回復しているようだ
った。藍の治療も適切だったようで、傷口が膿んでい
る様子も無い。
二日前、治療を終えて別れる前に、猫の様子を一日
毎に写真に撮って送ってほしい、と言われ、友だちが
父親しかいなかった僕のLINEに藍のアカウントが追加
されていた。藍の言う通り、一日毎に写真を撮って送
っているが、彼女から見ても状態に特に問題は見当た
らいそうで、そのままご飯を食べさせて、安静にさせ
てけば大丈夫だという旨のLINEが来ていた。
しかし、黒猫の体の傷は依然痛々しく残っており、
安心して目を離せる状況でないことも確かだった。
抱えている黒猫を間違っても落とさないように、ゆ
っくりとその場で立つ。もぞもぞと胸の中で黒猫が動
いているのが分かる。
そのまま、座布団や敷布団などで部屋の隅に簡易的
に作ったスペースに、彼女を丁寧に下ろした。
服の作成の為に黒猫の体を採寸していた時に判明し
たことだが、黒猫の性別は雌である。女の子だ。
黒猫はその場で丸くなりながら、僕の方を見つめた。
頭を撫でてやりながら、彼女の不憫を想う。
仲間に喰い千切られ、半分ほどになった尻尾と無く
なった片耳は、元にはもう戻らない。治療が終わって、
怪我が治った後でも、体中に刻まれた牙の跡は一生残
り続けるだろう。
どうして、彼女はこんな目に遭わなければいけなか
ったのだろうか。彼女の何が悪かったのだろうか。
確かに、群れの中で、彼女はたった一匹だけ毛色が
違っていたし、唯一、僕を好いた。
それがいけなかったのか。
他と違うという事が、彼女が仲間に喰われた理由だ
ったのか。
もしかしたら、彼女は餌を独り占めしたりとか、そ
ういうことばっかりしていたから、恨まれてしまった
のかもしれないし、そうではなくても、群れの中から
たまたま選ばれたのかもしれない。それなら、仕方な
い。
しかし、本当に他との差異が彼女を喰らったのなら、
彼女が彼女らしく生きようとしたことに罰が下ったの
なら、それは、彼女が彼女として生まれてきた意味が
否定されたことと同じだ。
僕には、彼女がどうしてこんなことになったのか、
理解してあげることは出来ない。猫語は分からない。
ただ、一つだけ分かってあげられることは、人間と
猫の社会は違えど、僕と彼女は同じ、よっぽどの変わ
り者で、天才で、似た者同士だということだ。
きっと、この先の未来で、僕等は言葉で理解しあう
ことは出来なくても、互いを分かり合って、助けあい、
生きていくことは出来るはずだ。
僕達は孤独で、天才なのだから。
気がつくと、黒猫は僕に撫でられながら、寝息をた
てていた。締まっていて、すらっとしたお腹が規則的
に動いている。
僕は小さく言った。
「おやすみ。ノア」
ノア。僕が名付けた、彼女の名前だ。
彼女が彼女らしく生きることで、いつか、彼女だけ
の幸福を掴むことの出来るように、願いを込めた。