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夜空を見上げる少女等は孤独  作者: 九頭坂本
30/30

孤独少女

 遠くから、新たにパトカーのサイレンの音が聞こえ

てきていた。

「藍、重い」

「お姫様に、そんなこと、言うの」

「僕もお姫様なんだって」

「ニャー」

 紺は車の助手席に右脚を負傷している私を乗せよう

と、試行錯誤していた。彼女の非力さと、背の高い私

と小さな紺との間の体格の差が相まって、問題は一向

に解決の兆しを見せなかった。

 ノアは先に車に乗り込み、運転席の真ん中で丸くな

っている。

 私を運び、共に逃げる手段として紺が用意してくれ

たのは、車だった。

 大きな箱に車輪を取り付けたような形状の車だった。

 所々、へこんでいたり、潰れているたりするが、こ

れは、元からあった傷なのか、それとも紺の付けた傷

なのか、定かではないが、まあおそらく後者だろう。

 紺が運転免許なんて持っている訳がない。

 中は広く、座り心地も良さそうで、家族向けの車な

のだろうと推測できた。

 記憶のどこかで、見覚えがあった。紺の家には、車

がなかったはずなのだが。

 結局、這いずる様にして、私は自力で車に乗り込ん

だ。

 紺も運転席に腰を下ろし、ノアを膝の上に乗せる。

「シートベルトはしたほうがいいよ。してないと、ぶ

つかった時、吹っ飛ぶからね」

 紺は言いながら、足元のペダルやよく分からないレ

バー、ボタンを滅茶苦茶にいじっている。

 これからどうなってしまうのか、不安と期待の入り

混じった感情を抑えながら、しっかりとシートベルト

を締め、ノアを両腕で押さえつける。

 しかし、隣に紺がいるだけで、良い予感があった。

幸福な未来が待っていることが、初めから分かってい

るみたいに。

 サイレンの音はかなり近かった。それに、音が、一

際大きい。

「お、やった。エンジンかかったぞ」

 がちゃがちゃやっている内に、車が唸る様な音を立

て、ゆっくりと動き出した。

「ちゃんと掴まってるんだよ!」

「私達のことは、いいから。とにかく、運転頑張って」

 雲行きの怪しい発言をした直後、紺はアクセルを踏

み抜いた。

 これまで車に乗っていて感じたことのない恐怖を煽

る浮遊感に、心臓が止まりそうになる。

「ニャ?」

 腕の中のノアは不思議そうに頭を傾げていた。

 紺はブレーキの存在を知らないのか、車はすごいス

ピードで疾走した。住宅街の家の塀に何度も車体を擦

り付け、時々、電信柱に衝突しながらも、確かに、速

さはあった。警察の追跡から逃れるのは難しくとも、

このまま走り続けられれば、捕まることも無さそうだ

った。

「この車って、どこから取ってきたの?」

 機会を見計らい、聞くと、紺は平然と答えた。

「お隣さんの家の車。どうやって取ってきたかは、想

像に任せるけど」

「女子高生に車貸そうって人、普通、いないもんね」

「そういうこと」

 紺は、力づくでこの車を奪ってきたらしい。

 目紛しく景色が変わっていく。

 夜の住宅街に、車と人の通りがほとんどなくて、本

当に良かったと思う。

「どこまで、行くの?」

「この街、出るまで」

 サイレンは近くで鳴り続けている。

 恐らく、私達を追ってきている。

「街出て、どうするの?」

「僕の最高傑作を爆破するんだ。街一つ吹き飛ばす、

超小型核爆弾を!」

「いきなり街が吹き飛んで、その混乱に乗じて逃げる、

みたいな?」

「正直、それしか思いつかない」

「私は、良いと、思うよ。楽しそうだし」

「楽しいのは、間違いないね」

「ニャー」 

 車内に、笑い声が広がった。

 家と家の間の狭い道を抜けると、広い道路に出た。

 打って変わって、車通りは多い。

 交通ルールなど知らない私達は、他の車を気にかけ

ることも無く、ただし、唯一、左側通行だけは守り、

走り続けた。

「あれ、車避けてくれるね」

 途中から、前を走っていた車が横にずれたり、停車

したり、私達に道を譲ろうとする動きが見られ始めた。

「こんなの走ってきたら、普通、怖いもんね」 

「ね。あ、もうすぐ街から出るよ」

「うん」

 サイレンの音を背にしながら、私達は走る。

 しかし、街を出る直前、私達の前に立ちはだかった

のは、予想外の障壁だった。

 永遠に連なっているのではないかと思ってしまうよ

うな、車の列。

 神の悪戯か、それとも私達の日頃の行いのせいか。

 それは、今、目の前で起きていた。

「渋滞だ」

 隣を見ると、紺は悪戯っぽく笑みを浮かべていた。

「藍!ハンドル!」

「え」

 彼女は私にそう言い放つと同時に、後部座席に乗せ

ているリュックを力任せに引っ張り出し、中から、筒

状の物体を取り出した。

 窓を開け、紺はその筒を肩に乗せ、構える。

 私は慌ててハンドルを掴み、なんとか車体を真っ直

ぐに保とうと試みるが、速過ぎるスピードのせいか上

手くいかない。蛇行しながら、それでも、致命的な激

突はなく、前に進む。

 焦りはノアにまで伝わったらしく、必死に前脚を伸

ばし、クラクションを鳴らしていた。そのおかげもあ

るのか、周囲の車は私達から極力距離をとろうと努力

している。

「撃つよー!」

「それ反動とか、大丈夫な」

 言い終わらない内に、特大の衝撃が車内を襲った。

 魂が吹き飛んでしまうような揺れの中、ハンドルだ

けは力一杯に押さえ、なんとか前を向く。

「綺麗」

 目の前に広がっている景色は、渋滞による車の列で

はなかった。

 蒼い光が、世界を包んでいた。薄らと透けて見える

その先には、全てが破壊され、何も無くなり、平らに

なった地面が見える。

 これなら、まだ、走り続けられる

「紺、それ、すご」

 また、言い切れぬうちに、衝撃が走った。

 二発目を、撃ったらしかった。

 車から、物凄い嫌な音がする。

 何度もぶつけられ、擦られ、衝撃に襲われ、限界を

迎えているのが、素人の私にでも理解出来た。

 バックミラーを覗くと、蒼い世界がそこにも広がっ

ている。

 サイレンの音は、もう、聞こえなかった。

「紺、この車、もう駄目だから!出るよ!」

 全力の大声で叫び、シートベルトを外しながら、ド

アに手を掛けた。

 が、開かない。

 鍵がかかっているわけではなかった。

 ぶつかった時にひしゃげて、開かなくなってしまっ

たのだろう。

 若干、いや、強い目眩を覚えながら、紺の方を向く。

 彼女の側のドアは、開くかもしれない。

「開かないなら、切っちゃえば良いんだよ!」

 突然、視界の端に発光している何かが振り翳されて

いるのが見えた。

 反射的に屈むと、それは頭上を通過していった。

 それから二度、三度光の刃が強く発光し、軽い金属

音と共に、光と目眩は止んだ。

「ほら、開いた」

 紺の声に、背後を確認すると、人一人が通れるくら

いの不細工な穴が開いていた。

 這いずる様にして、私は外へ出る。

「楽しかった。やっぱり、芸術は爆発だ」

 言いながら、紺も穴から這い出た。ノアは彼女の肩

の上で、辺りを見渡している。

「その言葉の爆発、って、紺のやってる爆発とは、違

う意味だと思うけど」

「いいや、合ってる」

 私の小言に、彼女は楽しそうに笑った。

「兵器と爆発があるから、私は強烈に生きられる」

 言った直後、背後で爆発音が聞こえた。

 見ると、役目を終えた私達の車が火だるまになって

いた。

 車の外は、瓦礫の山だった。

 紺の筒状の兵器によって、壊された街と人間の残骸。

 霧のように一帯を覆う蒼い色は、紺によると、ただ

の演出なのだそうだ。

「これから、どうしようね」

 私を比較的平らな瓦礫の上に座らせながら、紺は口

を開いた。

 深刻な口調ではない。

 まるで、楽しいことでも話すみたいに、言葉を弾ま

せていた。

「また車を奪って、逃げる、とか?」

「それもいいね」

「ニャー」

 紺は私の隣に腰を下ろし、空を見上げた。

「綺麗な星空、って感じでは無いね」

「うん、曇ってる」

 私は手を紺の腰に回した。

 少しだけ力を込めると、彼女は体温を感じられるく

らいの近くに、寄ってくれた。

 私は静かに、頭を、紺の肩に乗せた。

 すると、私の頭を撫でてくれた紺の首筋を、優しく

唇で吸うと、彼女はくすぐったそうに身を捩らせた。

 瓦礫の街には、音が無かった。

 紺が破壊したのは街のほんの一部のはずだが、目に

見える範囲全てが、瓦礫で出来ている。

 世界に、二人と一匹しか、いなくなってしまったみ

たいな、幻想的な景色だった。

「違和感があったんだ。藍に、後を追うなって、言わ

れた時。その違和感の正体が、やっと分かった」

 紺は私の頭を撫でながら、力の籠った声を発した。

「藍が死ぬ様な目にあったとして、僕が何もせず、た

だ見てるだけなんて、ありえないから。だから、後は

追えない。死ぬ時は、藍を守って、一緒に死ぬから」

「じゃあ、私、おばあちゃんになるまで、死なないか

ら」

 言うと、紺は小さく笑った。

「それなら、僕は、幸せだ」

「私も、幸せ」

 しばらく、そうしていた。

 私達と、私達の間に体を収めるノアとで、体温が交

わっていく。誰も、冷たくなんてない。暖かかった。

 僕等は、一つだった。天才は、本来、人間は、誰に

も理解されない、故に孤独で、それは、死ぬまで変わ

らない。それでも、孤独のまま、僕等は二人と一匹で、

一つだった。これこそが、本物だと思う。本物の友情、

愛情、恋情。

 僕等は独りで、一人ではない。

「藍と出会う前は、こういう場所に、一人でいたいっ

て、思ってたんだ。でも今は、藍とノアと、ここに来

られて良かったって、思ってる」

「私は、誰でも良いから、愛されたいって、ばっかり

だった。でも今は、紺とノアに愛してもらえて、それ

が、本当に、嬉しい」

「ニャー」 

 相変わらず、猫語は分からない。

 紺はスマホを取り出し、真っ赤なアイコンに触れた。

 芸術は?

「紺、本当に、いいの?」

「今更?」

「一応、確認。私、両親を殺したんだ。その後、後悔

したり、罪の意識に囚われたり、したから」

「へえ」

 私達の前にスマホの画面を差し出し、紺は笑った。

「それで、今は?後悔してる?」

「してないけど」

「なら、良かった。そういえば、藍、僕のお父さんに

会ったことないでしょ」

「うん」

「帰ってきてないんだよね。ずっと。何してるんだろ

う、娘を置いてさ。正直、僕は、お父さんなんて、死

のうが、何だって良いと思ってる。だから、気にせず、

吹き飛ばす。それが僕だよ」

「凡人には、なりたくないもんね」

「動く死体に、価値なんてないからね」

 私は、紺の肩から頭を上げた。

 自由な右腕を、彼女のスマホへ伸ばす。

「一緒に押そうよ」 

 言うと、紺は不思議そうな顔をした。

「この街の、沢山の人間を一緒に殺すの。そしたら、

もっと強く、私達、結ばれる、って、思うんだ」

「何十万人、一緒に殺した仲の恋人なんて、世界中探

しても中々、いないだろうね」

「ニャー」

 同意するように、ノアは鳴いた。

 私達、そして、ノアも、それぞれ指と、前足を伸ば

した。

「さん、に、いち、で押すよ!」

「うん」

「ニャ」

 私達は画面に顔を寄せ、構える。

「「さん」」

「ニャ」

 僕等は、天才だ。

 私達は、自分を捨てられなかったこの世界の犯罪者。

「「に」」

「ニャ」

 自分を殺し、凡人と化した人間の形成する大衆。

 何も知らない、死人の回す生きていない世界。

「「いち!」」

「ニャ!」

 そんな世界で、孤独な僕等は、強烈に生きる。

 そんな世界で、罪人の私達は、一緒に幸せになる。

 ニャー。

 二人と一匹が、スマホに触れた。

 衝撃と共に、煌めく爆風が街と、沢山の人間を、壊

し、殺し、吹き飛ばす。

「綺麗だ」

「綺麗、だね」

「ニャー」

 衝撃によって雲は消え失せ、彼女達の頭上には、宝

石のように、星々の輝く夜空が広がっていた。

ご愛読、ありがとうございました。

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