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夜空を見上げる少女等は孤独  作者: 九頭坂本
29/30

孤独少女

 警察というものは、案外侮れないものだと今になっ

て実感する。

 紺との電話を終えてすぐ、パトカーの耳障りなサイ

レンの音が聞こえ始め、音はもうすぐそこまで来てい

た。

 私はゴミ捨て場から動けずにいた。右脚の感覚は、

相変わらず一切ない。痛みも触覚も感じなかった。

 紺はまだ、現れない。

 紺の家からはそう遠くない場所のはずなのだが、し

かし、彼女の運動能力のことを考えると、もうしばら

く時間が掛かっても、不思議では無かった。

 だが、彼女はどうするつもりなのだろう。

 状況は電話の後、メッセージで送信した。

 もうすぐ警察がここにくる。

 何人ものプロを相手に、紺は勝てるだろうか。

 脚が動かない私を連れて逃げる方法。

 紺は考えてくれているだろうか。

「楽しみ」

 だが、ここで終わる気が、全くしなかった。

 紺が警察に勝てる根拠もなければ、ここから連れ出

してくれる手段すら私には思いつかないのに、どうし

て、これほど未来が待ち遠しいのだろう。

 愛で身体が麻痺しているのだろうか?

 ショーの開始を特等席で待っているようだった。

 夜の住宅街は彼女に似合う最高のステージ。

 降り注ぐ月光は舞台を飾るスポットライト。

 警察の手から動けない私を助け出す彼女の姿は、ま

るで、ヒーローみたいだ。

 警察が現れたのは、その時だった。

 近づきつつあったサイレンは獣の咆哮の様に街に響

き渡り、三、四台のパトカーはそれぞれ少し離れた位

置から、私を睨みつけている。

 中から出てきた警官の数は、合計で十人ほど。

「ニャー」

 揃って拳銃を構え、私を取り囲むように近づいてく

る。

「動くな、そのまま、武器を捨てろ」

 年は四十代後半といったところだろう。彼らのリー

ダーらしき男は私へ命令した。貫禄のある男の威圧的

な声は確かに、犯罪者達を挫けさせるような力を感じ

なくもない。

 回るサイレンの赤い光がステージを何度も何度も赤

色に染める。

 遂に、私は四方を囲まれた。

 五メートル程の均等な距離を開けて、拳銃の銃口が

並んでいる。

 よく見るとその中には、先程の、動揺で私に何もで

きなかった彼の姿もあった。

「武器を捨てろ」

 再度、男は言う。

 右手に握っていたナイフを離しながら、私は、かま

ってちゃんな、よく知る猫の鳴き声を聞き逃してはい

なかった。

 次の瞬間、爆音と共に、目の前が吹き飛んだ。

 衝撃が脳を揺さぶり、意識が宙を舞う。

 隙間なく並んでいた家々は崩れ飛び、沢山の人間を

巻き込みながら、半径二十メートルの範囲が、瓦礫の

山と化した。

 私を取り囲んでいた警官達は、一人を除いて、姿を

消していた。血の跡も、一片の肉片すら、そこには残

っていなかった。

 人間の倒れ込む音が聞こえ、顔を向ける。

 そこには、左腕と右手、左脚の吹き飛んだ警察官が、

無惨に転がっていた。目線が定まっておらず、呼吸は

乱れ、声も出せない様子だった。彼が何を思っている

のか、読み取れそうもない。そもそも、何かを思える

精神状態にあるのかすら分からないが、彼が激しく動

揺しているのは確かだった。

「可哀想に」

 紺の言うところの、凡人は可哀想だ。自分が何者な

のかも知らないまま、こうして死んでいくなんて。

 世界の言うように生きて、自分を殺して苦しんで生

きて、そのまま世界の奴隷として、最期を迎える。

 悪夢みたいな人生だ。

 私はそうじゃなくて、良かった。

 しかし、どうだろう。

 こんな世界は、正しいのだろうか。

 凡人は自ら自分を殺し、世界の奴隷に成り下がり、

何も知らないまま、死ぬ。そんな彼等の存在によって、

世界は成り立っている。

 死人によって回るこの世界は、生きているか?

 動揺している彼と目が合った。

 睨みつける様に私を見ている。恨んでいるのだろう

か。それとも、動揺して、私を見つめたまま固まって

しまっているのか。

 観察していると、突然、エアガンの発砲音と共に彼

の頭が水風船の如く破裂した。

 可哀想に。恐らく、怯えていたのだろうに。

 指を鳴らす音が開放的になった住宅街に軽快に響く。

「ニャー」

 彼女の肩に乗ったノアの黒い体毛は夜に溶け込み、

月のような黄色く鋭い目だけが、闇に浮いて見えた。

「おかえり、藍。助けにきたよ。ノアと藍だけの、ヒ

ーローがね」

「紺」

 パジャマにパーカーを一枚羽織っただけの紺が、そ

こに立っていた。右手に持っている銀色の大型の拳銃

のようなものは、先程の殺人エアガンだろう。

 背負っているリュックの中には荷物が一杯に詰まり、

はち切れそうになっている。

 見覚えのある刃物の柄が、リュックの口から飛び出

ていた。

 愛してる。

 私の発した言葉が身体中を巡り、毒みたいに意識を

支配していく。心臓の音が煩い。紺と、目を合わせら

れない。迎えに、きてくれたのに。

 影が揺れたかと思うと同時に、紺の小さな手のひら

が、私の頬を包んだ。彼女はそのまま、俯いている私

の顔を、強引に持ち上げた。

「え?」

 刹那、唇に柔らかいものが触れた。

 これまでになく、近くにある紺の顔、伸びてきた前

髪が私の顔にかかってむず痒く、彼女の使っている、

柑橘系のシャンプーの匂いが香った。私と、同じ匂い。

 私の唇に触れているものが、紺の唇であることを理

解するまで、少し時間がかかった。

 唇を強く押し付けるだけの紺のキスは、不器用なが

ら、確かに、私の心を食べた。紺から、愛されている、

それが、息苦しくなるくらいに、伝わってくる。

 紺が唇を離そうとした瞬間に、私は彼女の唇を舌で

舐めた。左手で彼女の頭を撫でながら、しばらくそう

した後、再び、軽く、唇を重ねた。

 顔を離すと同時に、艶かしい私達の音が響いたのは、

彼女の唇を、私の唾液が濡らしていたから。

 キスをした直後、紺は私に寄りかかってきた。

 両腕で抱き締めてやると、彼女は私の身体の上で、

ぐったりとした。

「僕ね、考えたこと、無かったんだ。女の子同士で、

恋愛とか、するの」

 私の耳元で、荒くなった息を抑えながら紺は言った。

「藍は、特別。そこら辺の女の子をそういう目では見

られないけど、藍は特別だから、いいよ。友達として

も、恋人としても、家族としても、大切にする。だか

ら、これからも、ずっと、僕と、一緒にいて欲しい」

「私も、ずっと、紺と一緒にいたいって、思ってる」

 紺の耳元で、囁いた。

「愛してる」

 私は、初めて、私になれた気がした。

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