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夜空を見上げる少女等は孤独  作者: 九頭坂本
28/30

孤独少女

 時刻は、私のバイト先の喫茶店の閉店時間、二十一

時を丁度、回ったところだった。

 既に店は閉め、他の従業員達は帰宅の支度を進める

中、私だけが、店の奥の席に座り、待機していた。

「話がある」

 店長にそう言われ、残されているのだが、話、とは

一体、何だろうか。

「早く、帰りたい」

 何でもいいが、早く、紺に会いたかった。

「すまない、待たせたね」

 落ち着き払った低い声と共に、店長は現れた。

 店の中にはまだ人は残っているが、この会話が聞こ

えるのは、おそらく私と店長だけ。

「話、って、何ですか」

 話の内容が全く想像出来ず、私は聞いていた。

 店長は一度咳払いをし、真っ直ぐに私の目を見る。

 早く、それだけを思っていた。

 私は、何も考えていなかった。

「落ち着いて聞いて欲しい。単刀直入に言うが」

 数秒間の間の後、店長は口を開いた。

 直後、これまで、自分の都合のいいようにしか物事

を考えてこなかった私の愚かしさに、首を絞められる

ことなど、思いもしていなかった。

「君、バイト辞めてくれないか」

「え?」

 脳内が真っ白になった。

 紺との毎日が、幸せな生活が、終わる?

 私がバイトをして金を稼ぎ食材を買い、紺が料理を

する。私達の生活の軸が、無くなる。

 そしたら、あれ、あれ?

 紺にとっての私の価値って、なんだろう?

 幸せとか、そんなの全部、互いに利用価値があった

からでしょ?

 どうせ、そうなんでしょ?

「申し訳ないんだが、うちも経営が厳しくてね」

 また、大切な人に、見離される?

 また、私が駄目だったから?

「従業員の数を減らさざるを得ないんだ」

 私、何の為に、生きてたんだっけ?

 幸せって、何だったっけ?

 どうして、人を殺して良かったなんて、狂った結論

に辿り着いたんだっけ?

 紺を失ったら、私に、何が残るんだっけ?

 また、一人ぼっち?

 もう、独りは嫌なのに。

「本当にすまない。客として来てくれる分には大歓迎

だから、気軽に」

 紺だけは、手放したくない。

「奪わないで、ください」

「ん?」

 紺だけは、私のものにしたい。 

「私の、幸せを、奪わないでください」

「いや、すまないが、それは難しい。事情は知らない

が、もう、決まっていることなんだ」

 紺だけは、絶対に奪わせない。

 目の前がパッと光って、次の瞬間には、私の右手に

は、護身用に隠し持っていたナイフが握られていた。

 店内に散った鮮血を辿ると、店長の首元に開かれた

大きな切り傷があった。

「死にたくなかったら、この店のお金、全部渡してく

ださい。今すぐ」

 紺に、私は言った。

 私が死んでも、後を追わないでほしい、って。

 でも、そんなことを言っておいて、私は、彼女が死

んだら、後を追うつもりだった。

 関係が終わってしまうのを怖がるばかりで、言えな

いまま心の底に積もっていった重たい愛は既に腐り落

ちている。

 紺がいない世界に、私は生きたくなんてなかった。

「早く、してください」

 店長は切り裂かれた首を震える手で押さえながら、

その場でうずくまって動かない。

「早く!」

「ひ」

 ナイフの刃先を突きつけて見せるが、店長は動かな

かった。

 いや、動けないのかもしれない。恐怖にやられたか、

何にしても、面倒なことになった。

 ある程度まとまった金がなければ、次のバイトを見

つけるまでに、紺に対価を払えなくなる。

 とりあえず、何の役にも立たない店長の首を滅多刺

しにして、その場に置いておいた。生かしておいても

私に都合のいいことは一つもない。声も出ず、痛みの

中で死ぬように傷をつけたのは、ただ、店長の存在が

気に入らなくなったから、それだけだ。

 レジに金は入っているはず。鍵は見当たらないが、

まあ、壊して仕舞えばいい。

 その前に、控え室に誰か残っていたら、そいつもや

ってしまおう。店に誰もいなくなってからでなくては、

レジを破壊する音で感づかれる危険性があった。

「五万、と、六千」

 結局、店に残っている人間は一人もいなかった。

 レジの中に入っていた金の量はそこそこ。これなら、

しばらくもつ。

 安堵が、胸が広がっていった。

 この生活を、紺を、私は守ったのだ。一時的なもの

とはいえ、幸福を、取り戻した。私は駄目じゃなかっ

た。

 心を、暖かいものが優しく包み込んでくる。

「早く、帰らないと」

 だがこれが、私の落ち度だった。

 控え室に入ると、冷たい電球の光が部屋の中を照ら

していた。控え室のすぐ近くにある裏口から、普段、

従業員達は出入りしていた。

 血のべったりついた制服を脱ぎ、常備している袋に

放り込み、トートバックに仕舞う。

 取り付けられている鏡で確認すると、首元と頬にも、

多量の血がついていた。

 少し考えたが、私はこのまま、血の跡をつけたまま、

帰ることに決めた。

 夜の闇に紛れてしまえば、血なんて見えない。そも

そも、この時間帯に、ここら辺を歩いている人自体ほ

とんどいない。

 一ヶ月くらい前には、人をいたぶり殺した後、血ま

みれの状態でよく夜道を歩いたものでもあった。

 そして何より、早く、紺に会いたかった。

 彼女は、遅い夕ご飯を作って、私を待ってる。

 私は、控え室の冷たい電気を消すのも忘れて、裏口

のドアノブを回す。立て付けの悪い重たいドアは、ゆっ

くりと開き、夜の世界がそこに現れた。

「あ」

 目が合った。

 全身紺色の制服を着た、大人が三人。

 遂にこの世界は、私に牙を向いた。

 彼等は、私がこれまで殺してきた人間達が寄越した、

世界からの刺客なのかもしれない。

 それとも、私の凶行を見かねたこの世界の神に与え

られた天罰か。

 どちらにしても、ただ、確かなのは、夜の闇の中か

ら、消し忘れた控え室の電気が照らすこの場所は、細

かな色まで、はっきりと見えるということ。

 警察官は、夜中、顔と首、血だらけの女子高生が飲

食店の裏口から出てくるのを見て、どんな行動をとる

だろうか。

 事情聴取、既に殺した親への連絡、逃げれば、通報、

追いかけっこ。打つ手は一つしかなかった。

「やるしか、ない」

 こんな状況になったのは、油断したからだ。安心し

たから。他のことに、気を取られていたから。

 しかし、いつかこうなることは、分かりきっていた

ような気がする。

 だから、後を追うなって、言ったんだ。

 世界からの刺客は、必ず私を殺しにくる。遅かれ早

かれ、いつか必ず来ることは知っていた。

 そして、いつか、私が誰かを殺したように、私が刺

客に殺されることだって、理解していた。

 敵は世界だ。対して、私はたった独りだ。

 姿勢を低くし、脚に目一杯の力を込める。

 トートバックからナイフだけ取り出し、道端に放り

投げた。

 真っ直ぐに、真ん中の警官の首目掛けて突っ込む。

 不意を打ち、一人、あわよくば二人、もっていくく

らいでなければ、勝ち目はない。

 不都合なことに、相手はプロで、私はアマチュアた。

 私に合わせて、月が雲に隠れた。

 夜の闇が私の姿を隠してくれたのか、それとも本当

に不意をつけたのか、あっさりと刃は警官の首を貫い

た。

 手に伝わる生々しい感触、命を奪った確証を得る。

 勢いそのままに隣の警官へ足を向け、地面を蹴り付

けた。

 首目掛けてナイフを横に振り抜く。

 肉を切った感触がある、が、浅い。

 警官は首を押さえ、後ろに飛び退く。

「動くな!」

 背後から緊迫した声で、警告を受けた。

 声が上擦っている。

 目前で仲間が死んで、衝撃を受けているのかもしれ

ない。その方へ目を向けると、彼の手には黒い拳銃が

握られているのが分かった。

「止まれ」

 反対方向からも声が聞こえ、振り向くと、いつ構え

たのか、首を押さえた警察官がこちらへ銃口を向けて

いる。

 私の足元に転がっている彼は、微動だにしない。

 前後に拳銃、逃げ場はない。

 私の負けだ。これ以上、どう頑張ったって状況は良

くならない。ナイフだけじゃ、どうしようもない。

 もう逃げるしかなかった。

 世界に追われ続ける事を、受け入れるしかない。

 紺との生活がどう変わるのか、想像もつかない。

 一緒に逃げてくれるだろうか。それとも、どうだろ

うか。

「変なの」

 私に構って、一緒に逃げてくれる、なんて、都合が

良すぎる妄想だった。そうだ、私は、また見放される

んだろうな。

 心のどこかで期待している自分が、愚かしかった。

 足元の死体を、首を負傷している警察官に投げつけ、

私は全速力で駆け出した。

 直後、銃声が背後から響く。

 思惑通り、あの声の上擦っている警察官は相当動揺

しているようだった。死体に邪魔されたもう一人も合

わせて、放たれたほとんどの銃弾は明後日の方向へ飛

んでいった。

 しかし、彼らの姿が見えなくなる直前に放たれた、

最後の弾丸。

 雲から月は出て、寂しげな月光が彼女と、そして弾

丸を照らした。

 次の瞬間、藍の右脚は貫かれた。

 右脚の付け根に開けられた大きな穴から噴き出した

彼女の血液は、月明かりに照らされて宝石のように輝

いていた。

 右脚の感覚が消えた直後、身体全体がコンクリート

の地面に強く打ち付けられた。

 衝撃に脳が揺れる。

 不思議と痛みはなかった。

 立ち上がろうと、再び脚に力を込める。

 震えながら立つ左脚、対して右脚は、私の身体で

は無くなってしまったことを訴えかけてくるように、

どんなに力を込めても、動かなかった。

 もう、逃げることもできない? 

 咄嗟に左脚と両手で這い蹲り、近くにあったゴミ捨

て場の、積み上がっていたゴミ袋の裏に身を隠した。

 薄れる意識、点滅する視界の中、地面を覆っていく

赤色。

 こんなになっても、まだ、私は生きようとしていた。

 紺なら、脚が動かなくなったとしても、私と、逃げ

てくれるんじゃないか、って、思っていたから。

 いや、違う。

 紺にすら、私は見捨てられたかった。

 誰かに価値を保証してもらえないと、生きられない。

 紺みたいにはなれなかった。私の人生は苦しかった。

 私は、そんな私が嫌いだった。

 今だって、紺に私の価値の保証を求めて、縋ってい

る。醜い、汚い、私だ。

 私には、何の価値もなくて、生きる資格もなくて、

ただ、異常で汚いだけの人間だって、紺に言われたい。

 そうしたら、私は納得して死ねる気がする。

 一切の未練もなく、私という人間の本質を自分で笑

いながら、仕方ない、と思えるはずだった。

 その時、着信音と共にスマホが震えた。

 存在すら忘れていたスマホを左足のポケットから取

り出し、画面を確認すると、着信は紺からだった。

「もしもし、藍、大丈夫?何かあった?」

 昨日までの世界から切り抜いてきたような、紺の声

が聞こえてくる。

 声を聞くだけで、心臓が跳ねて、こんな世界が少し

綺麗に見えてさえしまうのは、私の心の中で腐り、身

体中に根を張り巡らせた彼女への愛のせいだ。

 気付けば、先程まで点滅していた視界には、半分雲

に隠れた夜空が一杯に広がっていた。意識は、怖いほ

ど鮮明にあった。

 変わらず、右脚の感覚は無かった。痛みも、何も感

じない。ただ、力を込めても動くことは無かった。

 私の、本当の生きたい理由。

 心の中に生じた熱が、訴えかけてくる。

「あれ、もしもし。もしもし?聞こえてる?」

「うん」

「ああ、良かった」

 何か、紺の声の合間に、がちゃがちゃと音が聞こえ

る気がした。硬いもの同士がぶつかりあうような。

「で、どうしたの?」

 紺は聞いてくる。

 そうだ、彼女に助けを求めなければ、いけない。 

 少し考えた後、口を開いた。

 助けて。

 が、声が、出ない。

 助けて、助けて、助けて。

 何度やっても、同じだった。

「どうしたの、って、聞いてるじゃん」

 すぐに理解した。

 熱だ。私を縛りつけるのは、心と、腐り切った愛を

焼き千切る炎。

 私は、紺を愛している。

 今更、彼女を利用することが、嫌で嫌で仕方なかっ

た。

 この期に及んで、見つけた、私の本質。

 見捨てられたいわけがない。価値なんてどうでもい

い。

 一緒に逃げたいわけじゃない。ただ一緒にいたかっ

ただけ。

 親も、友達もみんな殺して、行き着いた先がこんな、

誰でも抱く様な、純粋で真っ直ぐで、綺麗な感情なん

だって思うと、全部馬鹿らしくなる。

 歪んで僻んで、泣いて、殺して、そして知った。

 愛している人に、愛されたい。

 愛してくれる人を、愛したい。

 心を、食べあいたい。

 私は、本当はそれだけだった。

「紺」

 助けて、なんて言う気はもう無かった。

 紺なら分かるだろう。私に、何かあったって事。

 スマホの、位置情報を交換するアプリ。入れたいっ

て言ったのは、彼女の方だ。

 出来ることなら、直接伝えたかったけど、最後の、

いい機会かもしれないとも、思う。

 それこそ、紺に何も伝えないまま、死んでしまうの

は、この世界に未練が残る。

 私は初めて、紺へ、この愛を、告白した。

「紺。私、本気で、紺のこと、愛してる、から。好き、

だから。友達、として、だけじゃなくて、恋人、とし

て、紺の事、愛してる。女の子同士だけど、私、紺と

キスも、したくて、好き、って、言って欲しい。ずっ

と、隣にいて欲しい。紺、大好き、だよ。私、紺に出

会えて、本当に良かった、って、思ってる、から。そ

れだけ。私は、それだけ、だから」

 言い終わると同時に、世界を静寂が包んだ。

 紺からの返答を、彼女以外の全てのものが飾ってい

る。

 数秒の間の後、冗談を言うような、それでいて力の

籠った紺の声が、私を、救い出した。

「待ってて、僕のお姫様。迎えにいくから。いや、ま

あ、僕もお姫様なんだけど」

「紺、待ってる」

「すぐ行くから」

 電話が切れた。

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