残忍少女
購入したのはいいものの、使う機会の無かった可愛
い猫のスタンプを連打する。これで、お金をドブに捨
て、改めて孤独を実感し、後悔に苛まれていたかつて
の僕も少しは救われた気がする。
いつものように座布団を尻に敷いていないため、座
っていると腰の骨がじわじわと痛んでくる。
僕、そして小型核爆弾のノヴァちゃんの座布団まで、
部屋の隅に作ったノアのスペースの材料にしてしまっ
ていた。
ノアは大怪我をしている訳だし、仕方のないことで
はあるのだが、僕が本格的に腰を痛める前に新しい座
布団を購入する必要がある。ノヴァちゃんだって、実
のところ作りが雑な部分が数箇所あり、大規模な地震
とかで大きな衝撃を受ければ誤爆し、街が消し飛ぶ可
能性も充分にある。
ただ、ノアは居心地良さそうにしていたし、それが
一番大切だ。腰と街が弾け飛ぶことなんて、それと比
べればどうということはない。
「次のニュースです」
「ん、あ、もうこんな時間」
点けっぱなしにしていたテレビから、名前も知らな
いニュースキャスターの声が聞こえてきた。
スマホで時刻を確認すると、22:52、とある。
「そういや、ご飯、一昨日から食べてないなあ」
訴えかけ続けてくる空腹に折れ、何か胃に入れてや
ろうと硬い床からゆっくりと腰をあげる。急に立ち上
がると腰を痛める危険性があることを、この二日で僕
は身を持って知っていた。
画面の向こうのニュースキャスターは無関心そうに
ニュースを読み上げ続ける声が、冷蔵庫へ向かう僕の
背中に追いついた。
「昨夜、午後十一時頃、花咲市中央区の路地裏で男性
が殺害されるという事件が発生しました。鋭利な刃物
による犯行とみられ、被害者は胸を大きく切り裂かれ
ており、出血多量により死亡したとみられています。
現在逃走中の連続殺人犯による犯行とみて、警察によ
る捜査が続けられています」
「危ないことするのが楽しいってのは、すごく分かる
んだよな」
取手を掴み、冷蔵庫を開ける。
「何か食べれるもの、少しはあったような」
期待を込めて中身を覗き込む。
しかし、僕がその行動によって知らされたのは、目
の前の機械は何を冷やすでもなく、ただ、電気代だけ
はきっかりと消費しているという現実だけであった。
中身は潔いほどに空白だった。
虚しい感情に心を包まれつつ、冷蔵庫を閉める。
それと同時に、ぐう、と大きなお腹の音がリビング
に鳴り響いた。
「何か、買いに行くしかないか」
「ニャー」
ノアのいつもより高い鳴き声と共に、少し季節外れ
の風鈴の音が何度も何度もする。
これは、ここ二日でノアが覚えた、ご飯の合図だ。
初め、座布団などをかき集めてノアのスペースを作
った際に、特に意味はなく、埃をかぶっていた風鈴を
適当な場所ににくくりつけておいたのだが、知らない
間に、彼女のおもちゃ兼、僕の呼び出しベルと化して
いた。
「なんか、ノアの方が立場が上みたいだな」
万が一、ノアに勝手に食べられないように冷蔵庫の
上に設置している、プラスチック製の箱へ手に取ばす。
この箱には、一昨日、コンビニで多めの量買ってお
いた、一見、質の良さそうに見えるキャットフードを
保管してあった。
確か、ノアが最後に合図をしたのは数時間前のこと
だったと思うが、その時、キャットフードの袋の中身
が、かなり少なくなっていたような記憶が、不意に蘇
る。
果たして、ノアの一食分、キャットフードは残って
いただろうか?
数時間前は何も考えずご飯をあげていたが、よく考
えてみれば、一食分も無いような気がしてならない。
箱をつかむ手に、変に力が入る。
「ニャー」
早くご飯を持ってくるように促されているのだろう。
風鈴の澄み切った音色が響く頻度が急速にに高くなっ
ていく。
恐る恐る、袋の中身を覗いた。
案の定、中には数粒のキャットフードしか残ってい
なかった。
キャットフードの袋を持って、怪我であまり動けな
いノアの元へ移動した。僕の姿を認めると、ノアは風
鈴を鳴らすのをやめて、期待感たっぷりな目線を向け
てくる。
「ごめんよ、ノア。三粒しか、なかった」
「ニャー」
僕に猫語が分からないようにノアにも人間の言葉は
分からないのだろうが、残念そうな雰囲気は伝わった
らしく、彼女は首を捻って不思議そうな顔をしている。
僅か三粒のキャットフードが乗った皿をそっと、差
し出した。
貧相で、どこか哀愁を漂わせる一皿を前に、ノアは
信じられないような物を見たような目で僕と皿を交互
に見る。口を近づけ、あっという間に三粒のキャット
フードを食べ終えると、彼女は物欲しそうに僕が片手
に持っている、猫の写真の印刷された袋を見つめた。
袋を逆さまにして、空っぽのジェスチャーをして見
せる。それを見たノアは、前足で風鈴を何度か鳴らし
た。
もしかしたらノアは、僕の持っている袋は魔法の袋
で、風鈴を鳴らせばご飯が出てくると思っているのか
もしれないが、悲しいことに、現実はそう甘くない。
「買いに行くしか無いな。コンビニとかに。僕と、ノ
アのご飯」
一所懸命に風鈴を鳴らしているノアの頭を撫でなが
ら、スマホで藍にLINEでメッセージを送信した。
「コンビニ行ってくる!」
可愛い猫のスタンプを一つおまけに送った。
だが、送ってから気がついたが、これは彼女にとっ
てみれば、割とうざったいメッセージだったかもしれ
ない。藍がどういう性格をしているとか、よく知らな
いが、いちいち何する、なんて内容のことを送られる
のは、想像してみると大変返信が面倒臭い。
僕なら、例え相手が恋人だとしても、面倒臭いと思
ってしまうだろうと思う。彼氏とか、出来たことがな
いから所詮妄想の中の話でしかないのだが。
若干の後悔に心を蝕まれていると、すぐに返信は返
ってきた。
「気をつけて」
「最近、この街で殺人事件がすごく多いから」
二言のメッセージの後に、初めて、藍からスタンプ
が送られてきた。彼女の部屋を支配していた女児向け
アニメのほんの一部の、魔法少女のスタンプ。紅い衣
装に身を包んだ女の子が、右手を挙げて意気揚々と駆
けつける場面らしい。大きく口を開けて、決め台詞を
口にしている。
「正義のヒーロー参上だよ!」
僕の知らないアニメだったが、なんとなく、惹かれ
るものがあった。
お返しに、猫のスタンプを二つ返す。
アプリを閉じ、スマホをポケットに突っ込んだ。
遅くなる前に、外出するための、準備をしなくては。
洗面所で二日間洗っていないべたべたの髪を強引に
一本に結ぶ。ついでに、二日ぶりの洗顔を済ませる。
夜はそこそこに冷えるだろうから、薄いパーカーを
羽織り、小銭しか入っていない軽い財布もポケットの
中に入れた。
「そういえば、殺人事件起きてるんだっけ」
不意に無愛想なニュースキャスターの声が蘇り、万が
一に備え、防犯対策もすることにした。
学校用のリュックサックを逆さまにして、入ってい
た教科書を床にぶちまける。その代わりに、僕の部屋
から、電柱を軽く切り裂いた高周波ブレードを中に仕
舞っておいた。
これでもし、例の肥満体型の男が現れたとしても容
易に返り討ちに出来るはずだ。僕を襲えば最後、痛み
も感じぬうちに、体を切り裂かれて死ぬことになる。
正直なところ、高周波ブレードで人間を切ってみた
い気持ちはある。どんな感触がして、切り口はどうで、
人間の肉体にどれほどの損害を与えることが出来るの
か。興味は湧いて出る。
しかも、向こうから仕掛けてさえくれれば正当防衛
だ。僕の創作において、合法で実験が出来ることはそ
うないし、貴重だ。
引き抜きやすいようにブレードの柄の部分を出し、
リュックを背負う。
「道すがら、襲われますように!」
外出の準備は整った。
「行ってきます」
言うと、家の中から返事が返ってきた。
「ニャー」




