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『××色の巡る世界で』

秋色の追憶

作者: 雨偽ゆら

 木の葉が赤や黄色に彩られる季節。

 ボクにとっての最後の秋は、親友の一人である彼女に寄り添うと決めていた。

 彼女も『見えない人』だから、存在には気付いてもらえない。けれど、彼女がどのように世界を見つめているのか知りたい。

 いや、知らなくてはいけない。これは僕に課せられた義務だ。


 彼女はボクの実家の近くに住んでいた。

 ボクが亡くなった後に遠くへ引越し、今年の春に帰ってきた。両親の反対を押しきって出てきたようで、今は一人暮らしをしている。


 家の前で出てくるのを待っていると、見慣れない制服姿で飛び出してきた。

 慌てた様子で時計とにらめっこしていることから、遅刻しそうになっているらしい。

 スカートの裾が翻ることも気にせずに全力疾走だ。

 幽霊には体力の上限がないとはいえ、高校生に小学生の歩幅で追い付けるわけがない。

 早々に並走は諦め、彼女が通う学校へと歩き始める。


 通学路である遊歩道は、つい一ヶ月前は出店が並んでいたが、今では跡形もなくなっている。

 たくさんのとうろうが流れていた川も、魚がのびのびと泳ぐ姿しか見えない。

 焦って追いかける必要もないし、町の変化を楽しみながら、のんびり歩いていくことにした。


 こうして景色を楽しんだり、川のせせらぎに耳を傾ける余裕ができたのは、妹と彼女のおかげだ。

 よければ、ボクの昔話に付き合っておくれ。



          ☆☆☆



 あるところに、魔法使いに憧れる子供がいました。どうしたら魔法使いになれるか考えていたある日、弟子になることを思い付きました。

 その子の住む町には、音を奏でることで人々の感情を揺さぶる『音楽の魔法使い』がいました。

 音楽の魔法使いはいつも夕方に公園で演奏をしていました。弟子にしてほしいと願うと、すぐに快く受け入れてくれました。

 この時はまだ、音楽の魔法使いの正体が恐ろしい悪魔であることに気づいていなかったのです。


 魔法使いの弟子になれたことを喜んだ子供は、当然のように二人の親友へ報告しました。親友の二人はまるで自分のことのように喜び、心からの祝福を贈ってくれました。


 音楽の魔法使いが弟子へ最初に与えた課題は、誰かの感情に色を着けることでした。

 相手は先生でもクラスメイトでも、近所の人でも構わないということだったので、その時公園で俯いていた女の子に決めました。


 女の子に声をかけると、両親が遠くに行ってしまったと泣き出しました。大人から憐れみに満ちた様々な言葉を浴び、すっかり心が疲れてしまったようです。

 弟子は女の子に対して励ましの言葉をあげることはなく、ただ他愛のない話を交わしていました。

 気づけば女の子の表情は、言葉の魔法によって楽しさの色に染まっていました。


 魔法使いが次に与えた課題は、誰かの感情の色を塗り替えるというものでした。

 意図はわかりませんでしたが、弟子は感情で色づく人を探し始めました。


 ある日、路地裏で魔法使いと男の子が話している姿を見つけました。

 男の子はしばらく家に帰っていないようで、身なりが清潔とは言いがたい状態でした。

 どうやら魔法使いは、食べれる雑草、毒がある植物、お金の拾える場所、寒さを凌ぐ方法など、生きるために必要な知恵を授けていたようです。


 男の子は喜びの色のまま、お礼を言って立ち去って行きました。弟子は入れ替わるように魔法使いへ駆け寄ります。

 弟子が「あの男の子を助けたんですね!」と尊敬の眼差しを向けると、魔法使いは弟子から目を逸らします。


「自分より不幸で可哀想な人間を見ると、自分は底辺じゃないと思える。逆に自分より幸せそうな人間を見ると……」

 弟子には意味がわからなかったものの、魔法使いは弟子が二つ目の課題を完了したと判断しました。


 そして魔法使いは、弟子に最後の課題を告げます。

「君の親友を連れておいで。一緒に素晴らしい魔法を見せてあげよう」

 弟子が魔法使いの言葉を疑うことはなく、親友である二人を連れて、指定された場所へと向かったのです。



          ☆☆☆



 話の続きはまたの機会にしよう。

 ともかく、ボクが世界から消えた日の真実は、魔法使いと二人の親友だけが知っていた。

 心に大きな傷を負わせてしまった罪を背負い、ボクはそれを償う機会を永遠に失ったのだ。


 ……けれど親友達には、傷を乗り越える強さと、傷を癒してくれる仲間がいた。

 ボクがいなくても救われる。だからボクは次の命日に、この世界から消えることを決めた。


 授業を終えた学生達が帰路を急ぐ中、ボクは校門から出てきた彼女の隣を歩いた。

 どこへ向かうつもりなんだろうか。家とは逆の方面へと歩いている。

 商店街に入り、一軒の花屋で足を止めた。

 店員と話をしたかと思えば、店先に飾られた花束を一つ購入する。そこで彼女の行き先に気が付いた。


 花束は白と黄色の菊を主に、紫色のスターチスが添えられている。

 黄色の菊は別として、白の菊とスターチスが入っているのは嬉しい。

 彼女は花言葉なんて意識していないだろうけれど、白の菊は『真実』、スターチスは『途絶えぬ記憶』という花言葉がある。

『あの日の真実を忘れない』という気持ちが込められていることを願わずにはいられない。


 彼女の目的地は案の定墓所だった。

 入り口で手桶と柄杓を借り、手桶には水道水を溜める。

 慣れた手付きでテキパキと清掃を終えると、先ほど買った手向けの花を活けた。

 ロウソクに火を灯し、線香を並べていく。

 合掌する姿はボクの安寧を祈るだけではなく、まるでボクが此の世に留まって見守っていることに気付いているみたいだ。


「なぁ桜。ウチは最期に見た桜の姿が目に焼き付いて、次に起きた時には世界が一色に染まってた」


 カラーフィルター越しに墓石を眺めながら、「こんな感じ」と笑い飛ばす。

 濃淡はわかるものの、当然ながら色の区別はつかなかったらしい。


「でもな、もうウチは木葉の色もわからない楓色の世界から抜け出して、色とりどりの世界を生きてる。だからもう心配しないでいい」


 彼女の名前と同じ楓の葉が、服からハラリと舞い落ちた。そのまま墓石に供えられる。

 彼女の世界は楓色――皮肉にもボクの流した鮮やかな血が、彼女の名前を冠する植物と同じ色だった。

 けれども過去と決別することで、色の呪縛から解き放たれた。


 ボクも彼女のように過去を思い出にして、世界の正しい色を見たい。

 それが……ボクに残された課題なのだから。

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