第4章 害獣と呼ばれた者たち
中途入社の僕の研修期間は短かった。
新卒の子とかの研修期間は、何ヶ月単位で行われるが、僕は中途入社なので、2日で終わった。
研修が終わり、所属後しばらく優しくしてくれた女性の人事担当者がいた。
彼女の名は、フラン。
フラン氏は、天使のような微笑みを僕に向けてくれた。
茶髪で、肌の色は透き通るように白く、顔立ちが少し幼く可愛らしいフラン氏は、僕よりも歳下だ。
フラン氏は、僕をランチに誘ってくれた。
い、異世界転生でもしたのかもその状況に驚いた。
フラン氏とは、仲良くなれるだろう。今後は、彼女とある程度深い関係になれるだろう。
そんなことも考えていた。
そんなことはなかった、少なくとも今はないし、今後もないだろう。
何故なら僕は仕事ができないから。
例え、熊を狩れたもしてもドラゴンを倒したとしても、彼女と深い関係になれることはない。
戦闘能力が会社では求められない、正確に数字が打ち込めることだったり、マルチタスクだったり手先の器用さやコミュニケーション能力が会社では求められる。
僕はフラン氏の求める基準に達していないのだろう。
だから僕はフラン氏から最後のランチミーティングを最後に会話をしていない。
別にそれはそれで良い。
俺は会社で認められようなんて思ってないから。俺は俺の出来ることを、やる。
経理部は最初から、話が合わない。
経理ってもっと会社の数字が大好きで、数字を愛していて、数字と結婚したい…みたいな人間が多いと思っていた。
実際俺は、決算書類とか、グラフを見ることに関心がある。
俺は投資をしており、その関係で保有株の経営状況を調べる時、有価証券報告書と財務諸表を見る。分散投資のため、単元未満株を見ることは滅多にないが興味のある半導体事業を営んでいる会社だと見たりする。
1人ぐらいはそういう人がいるのかななんて思ったりした。
…だが、何故か話が合わない。
本当に合わない。だからこそ、経理部に近づくのをやめた。
仕事はほどほどに、趣味や勉学にリソースを割くことにした。
火曜日の帰宅後、テレビをつけ、ニュースを見るとゴブリン達の先進国への亡命のニュースが流れた。
そして、我が国、ジャポにもゴブリンが亡命したとのことだった。
しかし、ジャポではゴブリンは"指定害獣"の一つだった。
ゴブリンの多くは、人々を攻撃したり、農作物を食い荒らしたり、盗みに働いたり、また容姿そのものが不気味で人間から忌み嫌われていた。
そうした中、一部のゴブリンは、人間の言葉を発し、また理性的であることがわかる。
人間は、ゴブリンとの共存を図ったものの、世論はゴブリンとの共存に反対。
ゴブリンは、指定害獣とされ、勇者の資格を持つ者はゴブリンを発見し次第殺すことが義務付けられた。
俺は、とある水曜日の夜ドクターペッパーを飲みながら最寄駅から自宅まで歩いた。
すると、ゴミを漁る人影のようなものが見えた。
怪しい、俺に気づくと、人影は走って逃げた。逃がさない。
俺はポケットの中のコインを投げて、人影の首に当てた。
「キャア!!!」と甲高い女の声が響いた。
やらかしたかこれは。
人影は俺の方を向くと彼女がゴブリンだと気づく。
しかし、彼女は、ゴブリンの中でも容姿に優れており美しい。
なんだなんだと物音に気づいた人がこちらにくる。
「お前、マンホールに来い、でなければ殺されるぞ」
俺はゴブリンの手を引っ張り、マンホールへと連れて行った。
…女だ、やはり女だ。
鼻筋が通り、青い瞳に、少しだけピンクの皮膚と、頭上に見える角。
布の切れ端のようなボロボロの服を着て、生ゴミを漁る彼女の体は汚臭に塗れていたが、それでも俺は彼女を助けようと思った。
決して優しさなんかじゃない。自分で気づいている。
このエゴイズムに。
僕は彼女を匿うことにした。
マンホールから出てから、僕が6畳ワンルームのアパートに彼女を連れ込む。
僕は一本ショートピースを吸う。
指定害獣を連れていることが世間にバレたら確実に面倒なことになる。
何故勇者なのに殺さなかったとバッシングだって受けるだろう。
取り敢えず、メンズメイク用に買ったリキッドファンデーションで、彼女の肌を肌色にする。
・・・今晩は徹夜になりそうだな。
取り敢えず、僕は彼女を全身をキャンバスに見立て、筆で彼女の肌にファンデーションを塗る。
足りない、全身に塗るにはファンデーションが足りない。
仕方がないので、肌色の絵の具で彼女の体を塗る。
"肌色"か。恐らくその肌の色というのは"人間"のもっと言うと"一般的な"ジャポ人の肌の色を指すのだろう。
ジャポ人の中にも褐色や、透き通るほど白い肌の人間はいる。
肌色って…なんだ。
僕はとにかく考えながら彼女の体を塗った。
不器用さが目立つが少なくともピンク色の肌の色は隠せた。
髪のスキマから生えている角は隠せないので、除角しかない。
痛みは伴うだろう。
シカ類の角の場合、カルシウムが蓄積したモノなので、痛覚はないが、ゴブリンの角の場合除角に痛みは伴うのだろうか。
不安だ、彼女に痛い思いをさせたくない。
なるべく痛みを感じさせないよう、局地麻酔呪文テトラカムを唱えた。
医術系の呪文は本来は、医療従事者以外は使ってはいけないし、禁断呪文の一つだ。
「テトラカム…」そう念じた後にゆっくりと、剣を振り上げる。
「声をあげるなよ」
ゴブリンは「うん」と頷いた。
「テトラカム…」
思い切り、剣を振った。
彼女の左の角が取れた。
「痛かった…?」
「全然」
僕は少し安堵した。
「テトラカム」
僕はもう片方の角を除角した。
少し力を入れすぎた、彼女は、痛そうに角があった場所を押さえつけた。
「ああごめん」
「良いよ」
そして、角があった場所に気持ちばかりのファンデーションを塗り、彼女に一言言った。
「これで君はハーフエルフとして生きられる」
「嬉しい!!!!」
言語能力はあるようだ。
何故だ。
理性があり、道徳的なゴブリンと処分対象なんて、この国の法律に異議を申し立てたい。
時間を見ると午前3時。
「僕は寝るよ」
「私も」
「寝る前にその前に名前を教えて」
「私に名前はない」
「じゃあ僕が名付けよう。…マリーというのはどうだろうか?」
「良い名前、ありがとうお兄さん
お兄さんの名前は?」
「僕はムシロ」
「よろしくねムシロ」
「こちらこそ」
彼女は僕の隣で寝た。
彼女の寝息に僕は少し興奮していた。
マリーの寝息はとても可愛いものだった。