第3章 ヤマアラシのジレンマ
シャーペン・ハウエルという哲学者がこう語った。
ある冬の寒い日、2匹のヤマアラシが暖を取ろうと身を寄せ合ったが、トゲだらけのためお互いの体を傷つけ合ってしまう。 そのため離れてみるとまた寒くて耐えられない。 何度も近づいたり離れたりしながら、お互い傷つけることなく暖を取れる適度な距離を見つけ出せるという比喩だ。
人間も同じで棘を待っていて、互いにとって過ごしやすい距離感があるはずだ。
だが、少なくとも馴れ合いたくない人間だっている。
そういう人とは、距離を置くと、陰で悪口を言われたり村八分の状態となったりする。
俺は孤立したとしても、鍛錬を繰り返した。
そして…俺は…何を得たのだろう?
少なくとも、勇者になった所で、それが会話のネタになることも、モテることもない。
そして業務上の評価に繋がることもない。
それが勇者という職業だ。
イラストレーターや、漫画家も、同様に社会で評価されない限りは趣味の延長線でしかなく、兼業の漫画家、兼業のイラストレーター、兼業の小説家など、自己表現で稼げない職業がごまんとある。
その逆で、何もしなくても高年収になれる職業が存在するのも事実だ。
意味わかんね。
いや、わかりたくないだけなのかもしれない。意味がわかったらそれはとても残酷かもしれないから。
「モシモさん、ここ席良いっすか?」
社員食堂で、食事をしているモシモさんの前の席に座る。
そして、モシモさんに一言
「すごいじゃないか、あのライターの剣術」
「大したことないですよ」
「いや、すごいよ」
これな、気を遣ってるかもしれない。
恐らく仕事ができない僕に対するせめてもの同情かもしれない、それでも良い。
「ありがとうございます」と会釈をした。
仲良くなりたい、社内で友達が欲しい。
仲が良さそうに談笑している、ルックさんやロマンスさん、ワライさんを羨ましく感じる。
たまにその会話に入る、マイクさん、最近僕に対して話しかけることが殆どなくなった人事のヴィレさん、シンフォニーさん…みんな楽しそうだ。
嫌われたくない、傷つきたくない、傷つけたくない。
パワーハラスメントを過去に受け、不当解雇された僕はそう強く思う。
もしかしたら現在の姿を見て、過去の僕はある程度嫉妬するかも知れない。
だがこれは会社に寄生してるだけの状態で、表面上の人間関係を取り繕ってるに過ぎない。
「あ、すみません」
ペコペコと上司に謝る後輩の姿が見えた。
ドワーフのヤマシタくんだ。
ヤマシタくんは、12歳で入社している。
現在この国で教育が義務化されてるのは、人間だけだ。エルフ、ドワーフ、ミノタウロスフェニックス等、生存権は与えられているものの、教育の機会が不十分な種族は数多くいる。
彼も、その1人だ。
僕は、ヤマシタくんに同情した。
ランチを食べるヤマシタくんに話しかけると、くしゃくしゃの笑顔で話してくれる。
彼はまだ子供だ、可愛い。
ドワーフという種族に生まれながらも、言語理解をし、業務に必要なスキルを学び、人間と対等になれるように努力してきた彼のことが俺は好きかもしれない。
「ヤマシタくん、今日も頑張ってるね」
「そんなことないです。僕も先輩の方々のように会社に貢献したいです!」
純粋な彼の耳は尖っており、背は低く、鼻は丸い。
ステレオタイプなドワーフだ。
彼も僕と同じようにミスをし、ミスをしながらも、ミスをしないようにチェックに励むがそれでもミスをしてしまう、僕と同様広義では仕事ができないのかもしれない。
しかし、彼は努力をしている。
その姿は、誰かの同情を誘うだろう。僕と違って。
「趣味とかはあるの?」
「趣味ですか…?絵を描くことですかね」
「見せてよ」
ノートに書かれたぐしゃぐしゃの絵、まるで子供の落書きみたいだ。
「上手だね」
「嬉しいです」
2人の空間に、スーリンという女性の後輩社員が入る。
「あ、じゃあ」
スーリンとヤマシタくんは、年齢も近い、話もきっと合うだろう。僕のような老害は席を外すのが無難だ。
「あ、ムシロさん」
「はい、何でしょう」
「書類ミスあったので訂正しときました。
次回からは気をつけてください」
「あ、はい」
情けなくなる。
後輩に注意される自分の姿に嫌気が走る。
僕は仕事ができない。だからこそ、焦りを感じる