第1章 凡人
僕は、その後帰宅した。
疲れた体に浴びるショートピースとドクターペッパーは、至高のひと時かもしれない。
僕はテレビを見ながらのんびりと、ハンバーガーをつまむ。
…俺じゃん。
テレビの向こう側ではライターで、スライムを倒す俺の姿が映っていた。
くっだらない。早く寝よう、明日も仕事だ。
翌日の朝、俺はいつもの駅でエナジードリンクを飲み、電車を待つ。
俺のライターは少し改造している、護身用のライターとタバコ用のライターを待っているが普段は、護身用のライターを手にしている。
仕事はできないが、一丁前に護身用の武器は、持っているのだ。
このライターは、趣味で作った。
キャンプをすることが好きだったから、野生動物を相手したりする時に重宝するのだ。
狩猟も技術はあるが、それが実務に活かされた試しはない。
武器を保有している僕は決して強くはない。
普段からトレーニングを重ねているが、筋肉質ではない。
髪はマッシュで、一時期はおしゃれをしようと思った時期もあるが、最近ファッションには無頓着で、本当に惰性でただ生きてるだけって感じだ。
キャンプ経験や、狩猟経験は入社間もない頃は、話題によくしたが今はもうただ仕事をしてるだけの日々。
同僚の話題にたまに入るだけ。
嫌われないように、仕事をこなせるように、そして上司が見やすい資料を作れるように意識してるだけ。
感情に身を任せ、猪突猛進に動くことはもうやめることにした。
理想と現実のギャップに苦しむだけだ。
あー辛い、それでもやっぱり業務をこなせないと、悲しくなる。
こんな時はキャンプに行きたい、キャンプに行って、猪でも狩って、猪鍋にでもしたい。
「ムシロさん」
僕の名前を、受付の人が呼ぶ。
「お客様がお見えです」
受付の子はお客とやらを応接室に、案内する。俺も応接室に入った。
眼前にはうちの会社では殆ど見ない、キリッとしたフォーマルなスーツ姿。
頭は禿げていて、太っている。
ステレオタイプな中年男性と言ったところだろう。
俺もスーツを着ていた時期があり、若い頃を思い出した。
「あなたがムシロ様ですね」
「はい。私がムシロです。」
「えっと、ムシロ様のことを伺いたくてですね…あ、これ名刺です」
「はい。」
読買新聞社の名刺だ。
新聞は、日本経済新聞ぐらいしかまともに読まない。
読買新聞社は、4コマの「ボコボコちゃん」ぐらいしかまともに読まない。
「えっと…弊社をご存知ですか?」
「あ、ええ。ボコボコちゃん読んでますよ」
「あ、ああ!あああああ!弊社が連載している4コマ漫画ですね!
ありがとうございます」
「本日はどういった用件なのですか?」
「私読買の者でございます。御社の最寄駅で、害獣を討伐されている様子が話題となり、討伐してる人がムシロ様だと存じました。
詳細なお話を伺いたく、ムシロ様の所属している御社にアポを取り、今回取材をしたいと思いまして、連絡をした所、御社に取材許可を頂き、本日伺いました。
お手数おかけしますが、取材の方をさせて頂いてもよろしいですか?」
「ダメです」
「ダメですか?」
「ダメです。もし、話を聞きたかったら、綺麗なお姉さんを連れてきて欲しいなと」
「…ふざけてますか?」
「ふざけてません。僕は真面目です。
至ってまじめに綺麗なお姉さん以外に、話すことでもないし、僕は1人のハンターとして狩猟をしていたこともある。
狩猟免許を所有していたり、武器をま、魔法を使って作ったり、あと今は単純に手元にないけど、バスタードブレードや日本刀で、害獣の討伐を依頼されることもあった。
けど、最近は普通に働くことにした。
何故そうしたかって、物理的な強さと社会的な強さは比例しない。
だからハンターとしての僕はもういない。
昨日のあれは偶然だ。
人が襲われてた。恐らく慣れない害獣に対して、警察も対応に困るだろう。
スライムに銃は効かない、スライムは、炎攻撃に弱い…だからライターで燃やせば、溶ける。
もちろん普通のライターじゃダメだから、僕が作った自作のバスタード・ライターじゃないと倒さない。」
「バスタードライター?」
「そう。」
僕は昨日スライムを倒した武器のバスタードライターを見せた。
「一見すると、少し大きめのライターのように見えますね」
「もちろんここでは使いません。護身用です。」
ガチャっと、応接室のドアが開いた。
「ちょっと、ムシロくん」
僕の名前を上司のシマダさんが呼んだ。
「はい、なんでしょう、あ、少し席を外します」
応接室のドアから離れ、小声でシマダさんが言った。
「さっきの会話聞いてたけど、少し読買新聞社に対して、失礼じゃないか?」
「いや、僕は…別に」
「あー、バスタードライターだっけ?
実演してほしい」
「あれを?まぁ…良いですけど、バスタードライターは、非常に火力が強いんで、本当に場所を選ばないと…」
「あー駐車場!駐車場なら!」
「は、はあ」
僕は応接室に戻った。
「駐車場なら良いって上司が」
「本当ですか!ありがとうございます!」
そして、自社ビルから少しだけ離れた駐車ビルに行った。
僕は管理人に声をかけた。
「あ、僕…」
「話は聞いてます。バスタードライターの使用は、2階にスペースを用意してます」
「あ、はい」
僕は管理人に2階に火器使用可能のスペースを教えてもらい移動した。
「行きますよ」
「うん」
「バスタードライター!着火!!!」
強い力でホイールを回した。
バスタードライターからは、70cmほどの剣のような炎が出る。
「少しだけ、剣舞のようなことをしましょう」
僕はバスタードライターの先端の炎を呪文で刃状にし、剣舞を披露した。
「す、すごい!!!剣士のようだ」
「剣士なんて…稼げませんよ今の時代…
僕は手先が不器用だ。
書類を数えるのもあまり得意じゃない。
編み物もできない。
このバスタードライターを作る時だって、魔力を使った…だが業務で魔力は活かせないし、剣術だってなくても仕事はできる。
表計算ソフト、文章作成ソフト、プレゼン資料作成さえ使えれば業務はできる。
僕は…仕事ができない。
僕は仕事ができないんだ!!!!」
炎の色が青くなった。
バスタードライターの炎の色は気持ちと連動している。
「俺は仕事に戻る。
俺は仕事ができないただの労働者に過ぎない。僕は仕事ができないんだ!」
「あ、ありがとうございます」
僕はオフィスに戻り業務の続きを行なった。
僕は仕事ができない、それは周知の事実だ。
それと、その後電話で、読買新聞社に社名と個人名と顔は載せないように依頼した。