第12話 僕は強くなりたい
勇者になれなかった者がいる。
資格を保有した勇者になるには、勇者試験を合格しないといけない。
筆記試験の割合は多くなく、殆どが実技と講習である。
俺ははじめての講習会の会場に来た時、3席あるうちの中央に座っており、右隣の席の人に話しかけられた。
まず右
名前はルク。16歳の少年だ。
「よろしくお願いします、ムシロさん。」
「よろしくルクくん。」
僕は、彼の若さに驚いた。
左の子にも一応話しかけた。
名前はメイ。彼女は22歳の女性だ。そして彼女は美しかった。香水の香りが、僕の心を惑わせる。
「よろしくお願いします」
「よろしく」
講習会の内容は至って退屈なものだった。
まず、その力を無抵抗な人間に向けてはいけないこと。
勇者が害獣を討伐するのは"義務"であり、勇者である以上恐れてはいけない。
勇者の年収は決して高くないため、兼業がほぼ必須であること。
そして、武器の説明を少し。
講習の最後に「3人1組のチームを組め、チームを組めなかったやつは、その時点で勇者失格だ」と。
俺は左右隣のルクとメイでパーティを組んだ。
そして、1回目の講習終わり、ルクに誘われて僕らは酒場で飲んだ。
最初はたわいもない雑談からスタートし、僕は何故2人は勇者になりたいのか聞いた。
ルクは、学校でいじめられているから、クラスメイトを見返したい。
メイは、女性だからという理由で舐められたくないというプライドの高さから来る理由だった。
逆に僕は、彼らに質問された。
"何故勇者になりたいのか"
「僕は仕事ができないから」
僕は、その頃、毎日運動と読書と勉強に励んでいた。22歳、僕は3ヶ月前に解雇された。
毎日浴びた罵詈雑言の言葉の数々、フラッシュバックが起こる。
「あんたこの仕事向いてないよ」と上司に言われた。
「僕は、働きます。まだ頑張りたいんです」
「適職っていうのがあるでしょ」
「いや、そうですけど、僕はこの仕事が好きなんです」
「やめろよ!!!!!」
上司が怒鳴った。
「・・・やめません」
「あっそ。あんたは、仕事できないし、普通の人ができることもまともにできないし、
手先は不器用だし、このままだと解雇だからね?」
「はい。善処します」
「善処しますじゃねえだろ!!!!」
「・・・」
「できねえならやめろよ!
やめたところでお前を雇ってくれる職場なんてどこにもないだろうけど!!!」
「申し訳ございません」
「申し訳ございませんじゃねえから!
その言葉何回聞かす?いい加減にしろよ。
あとお前臭いんだよ」と僕に向かって消臭スプレーを放った。
「なんだ、その目は?」
僕は怒ってたのかもしれない。
拳をぐっっと抑えた。
「なんだって言ってんだよ!
見てくんなよ気持ち悪いな」
いつだって訴えられた。
でも、僕は戦わない。例えお互い敵対関係であっても共存の道をはかりたいと本気で願っていた。
社内研修中
人事スタッフのK氏が、8人の参加者に対し、一通り書類を配った。
僕はさっと目を通した。
「ムシロくん読んだ?」とK氏が尋ねた。
「軽くは…」
「裏返して」とK氏は言った。
「じゃあさっき読んだこと、言ってみて」
僕なりに理解したことを言った。
しかし、文面の文言とは違う。それはそうだ。一言一句記憶したわけではないし、僕なりに咀嚼して覚えたのだから。
すると、K氏は「お前読んでねえじゃん。
おい、みんな聞いて、ムシロくん読んでないのに、読んだんだってー!」
7人は引きつった笑顔を見せた。
「ダメじゃない。ちゃんと読まなきゃ。」
読んだ。
嘘じゃない。
「ねえなんで嘘つくの」
俺は読んだ、しかも俺は嘘をついてない。
軽く読んだだけ、3ページの資料を軽く読んだだけ。そして、僕なりに噛み砕いて理解しただけ。
嘲笑が辛かった。
この職場から嫌われた理由はわからない。
だが、僕の直属の上司は上長から、罵詈雑言を受けていた。
「お前なんでこんなこともできねえんだよ」
「お前もっと早く仕事しろよ」
「ほら、お前またミスしてる」俺と"上長"とは、仲が良かったが、上司を怒らせないでくれ、その怒りの矛先は俺なんだからとビクビクしていた。
職場の意向に疑問を持つものは次々と解雇された。
何故だ、何故なんだ。それは魔女狩りと似ていた。あまりに酷いことをする職場に対し憤りを感じた。
だが僕は、窓際の四方八方誰もいない席に飛ばされた。
そして就業規則の書類の内容を文書作成ソフトで、打ち込むという短調な仕事が与えられた。
またそれが終わると、書類の資料を何故か文書作成ソフトで打ち込むという短調な業務が待っていた。
僕は、自分のPCスキルをアピールするために、表計算ソフトでファイルを作ったり、そのファイルにマクロを組み込んだり、パブリッシャーというソフトウェアを使ったりしたが、無意味だった。
僕は上司に呼び出された。
"解雇"
僕は気がついたら泣いていた。
3ヶ月後で雇用関係は終了するとのことだった。
僕は3ヶ月の間に20社ぐらい受けたが、全部落ちた。
その間上司は、上長の前で俺に
「なぁ、早くやめてくれよ。3ヶ月と言わずにさ」と言った。
その時上長は、「おい、ムシロのこといじめんなよ可哀想だろ」と僕は庇ってくれた。
嬉しかったが、解雇の判断を下したのは上長だったため複雑な心境だった。
こうして僕は、"会社都合により"退職となった。退職したその日、僕は職場近くのビルの屋上の展望台で涙を流していた。
輝く夜景は、美しかった。
僕は展望台の天井のシャンデリア輝く、立派なソファがある喫煙スペースで、ドクターペッパーを片手にショートピースを吸った。
そして、翌日からニートになった。
寝た。とにかく寝た。最初の3日間ぐらいは、寝続けた。
寝たら暇になったから、勉強した。
読書やオープンコースウェア、そして国会図書館にある論文を漁るように読んだ。
"もうパワハラは、受けたくない。"そう強く思った俺は物理的に強くなれば舐められなくなるからパワハラを受けなくなるだろう。
ルクと僕の心境は似てるかもしれない。
いじめられるのは辛いし、心に深い傷ができる。そしてその傷は、癒やされるどころか、傷口は広がっていくし、化膿もしていく。
なら傷を受けないように強くなればいい。