第九話:訓練所で練習しよう
訓練所では建物の地下が個別ルームになっていて、プレイヤーが利用できるようだ。
「これが訓練所のメニューだよ。色んなトレーニングモードがあるんだ」
「……『銀髪の双剣姫』」
「怒るよ!?」
「もう怒ってるんだよなぁ……」
頬を膨らませるナギをからかいつつ、システムメニューを開く。
訓練所内のシステムでは、難易度とモードを設定すれば練習用の空間にワープできるようだ。軽く見ただけでも色々な訓練モードがある。サンドバッグを殴ってコンボを確認するモードとか、訓練人形を倒すスコアモードとか。
「二人でプレイできるパーティ戦訓練もあるから、これにしよう」
ナギがメニューを操作したことによって、地下の小部屋が広い宇宙空間に書き換えられる。チュートリアルでもお世話になった謎スペースだ。
ただし現れたのは光の結晶ではなく、不格好な木製の人形だ。手には木剣を持っている。
数は三体。そいつらが一斉に襲い掛かってきた。
「危なくなったら援護するから、まずは気楽に一人でやってみて」
「りょーかい」
とりあえずこの人形を斬れば良いんだな。
腰の刀に手を添えこちらから距離を詰める。
一体目の人形が大きく剣を振りかぶった。だがこっちの方がわずかに早い。AGIにかなり多めにステータスを振ったからな。
抜刀と同時に刀を振りぬき、相手の振り下ろしに先んじて脇を切り上げる。よろめいた人形の振り下ろしは簡単に避けられた。
だが他の二体の人形も立っているだけではない。
一体目の胴を蹴りつけて距離を作り、背後から襲い掛かってきた二体目の横切りをしゃがんで避ける。そのまま足払いをしてやれば人形は簡単にすっころんだ。
練習がてらスキルも使ってみるか。
「〈唐竹割〉!」
日本刀系統の基本的な攻撃スキルその2、〈唐竹割〉だ。〈横薙ぎ〉と合わせて初めから覚えているこのスキルは、ようするにただの縦振りだ。ただしSTを消費する分通常攻撃よりも威力が高い。
スキルエフェクトを纏った刀が勢いよく振り下ろされ、無様にすっころんだ人形の脳天にヒット。
まず一体撃破!
残る二体の人形が同時に切りかかってきたので、片方を避けて片方を受け流す。受け流すと同時に背中を切りつける。手ごたえアリ。
返す刀で反撃をいなし、手首を切り払えば木剣を取り落とした。そのまま首を刎ねて撃破。
最後の一体も果敢に攻めてきたが、大振りな攻撃ばかりで隙が多い。大振りに合わせて攻撃を切り返してダメージを重ね、難なく倒しきる。
三体目の人形を切り捨てると同時に、目の前に『clear!』の文字が浮かび上がった。
ちょっとだけ格好つけて、刀を鞘に納める。
どうよ、ナギの援護なしでもこの程度なら倒せるぜ。
ドヤ顔でナギの方を向けば、ナギは何故か少しあきれ顔だった。
「……リョーダン、フルダイブVRって初めてだったよね」
「うん? そうだけど」
「妙に人を斬る動作に慣れていないかい?」
失礼な、俺を辻斬りか何かかと思っているのか。
「VRゲームでは痛みに関する刺激は制限されているから斬られても痛くないけどさ、普通木刀で殴りかかってきたら怖いだろう?」
「でもゲームじゃん」
「普通は怖いものなの。だからどうしても動きが固くなるものなんだ。僕も初めてのVRではそれなりに怖かったんだからね」
まぁ確かにリアルで木刀持って殴りかかってくる奴がいたら怖い。
「リョーダン、VRゲームのセンスあるよ。相手の攻撃に合わせて攻撃を当てるのが上手だった。多分、目とか反射速度が良いんだと思う。相手の動きを予測しているって言うよりも、見てから反応するのが速いタイプの動き方だったから」
「めっちゃ褒めてくれるじゃん」
ナギ、さては褒めて伸ばすタイプだな。
「ゲームが上手いに越したことはないからね」
「ここに気を付けた方が良い、みたいなアドバイスはないのか?」
今のところ俺が一人で戦って勝っただけだ。改善点とかがあれば聞いておきたいが。
尋ねると、ナギは頬に手を当てて考えはじめる。
「うーん、そうだね。動きは凄く良かったから、言うことがあんまりないんだよ。強いていえば、相手に合わせて攻撃を避けたりカウンターを当てる動きが上手だったから、防御よりも攻撃を重視したステータスの方が向いているんじゃないかな?」
「ステ振りかぁ……ちょっと迷ってるんだよなぁ」
今のところは迷いながら、とりあえずAGIを重視して振っている。
AGIを高めれば手数は増えるだろうが、ダメージが低い。
火力を高めるにはSTRを上げて基礎ダメージを上げるか、DEXを上げてクリティカル戦士を目指すか。
「ステータスの割り振りは取りたいスキルにもよるからね。ステータスによって、同じスキルツリーでも覚えられるスキルが変わるんだ。スキルツリーは確認したかい?」
「あぁ、いや。ちゃんと確認してなかったな」
ナギに言われてメニューを開き、スキルの項目を確認する。
俺が今持っているスキルはニつしかない。日本刀系統の初期スキルである〈横薙ぎ〉〈唐竹割〉だけだ。
……いや、違った。ちゃんとスキルツリーを確認すれば、他のスキルツリーにもいくつかの初期スキルがある。
例えば歩行系統のスキルとして〈健脚〉というものがあった。
これは条件を満たせば自動で発動するパッシブスキルだな。
効果は非戦闘時にAGI+3%とのこと。マップ移動の時にちょっとだけ足が速くなるのか。
スキルツリーって別に武器だけじゃないんだな。
メインとなりそうな攻撃系スキルは武器系統だが、他にも『歩行』『挑発』『鍛冶』『薬学』などのアシスト系やクラフト系のスキルツリーも沢山あった。種類が多いな。
「新しいスキルってどうやって覚えるんだ?」
「必要なステータスとスキルの熟練度を満たせば新しいスキルが解放されるよ。スキルを何度も使ったり、対応したアクションをこなせば熟練度が上がるんだ。そして熟練度が上がれば、ステータスを参照して別のスキルを覚えられる、これが基本だね。一部にはEXスキルっていう、クエスト報酬で覚えられる特殊なスキルもあるけれど……」
つまり、基本的にスキルをたくさん使っていればそのうち覚えるってことだな。
「へぇ、『鍛冶』とか『料理』とか、スキルツリーも色々あるんだなぁ。こういうのって覚えられるだけ覚えたほうが良いのか?」
「戦闘で役立つスキルもあったりするから多い方がいいとは思うけれど、流石に全部のスキルツリーを鍛えるのは難しいかな? それよりも自分が遊んでみたいプレイスタイルによって取捨選択するといいと思う。もしクラフト系もやってみたいなら気になったものを取るといいよ」
例えば状態異常攻撃に必要な毒薬を自作するため、『薬学』のスキルツリーを強化する人もいるのだとか。
「プレイスタイルねぇ。そもそもこのゲームってパーティの役割分担とかどうなってんの? フルアタ推奨?」
オンラインゲームではよく、パーティ内での役割を明確に分けてチームプレイを促進することがある。
例えば敵の注意を引き付け攻撃を防ぐタンク、火力を担当するアタッカー、回復担当のヒーラーなどだ。
けれどこのスターブレード・ファンタジーには魔法がない。それどころか武器が剣しかない。
そうなると役割分担とかまともにできそうにないが。
だがナギ曰く、意外と役割が分けられるらしい。
「どうしてもアタッカー偏重になりがちだけれど、一応の役割はあるんだよ。大きく分けると、アタッカー、タンク、デバッファー、ヒーラーかな」
「このゲームにアタッカー以外が存在したのか」
剣しかないのに。
「基本的にみんなアタッカーみたいなものだけれど、ヘイトを集める挑発系統のスキルを取ってVITを高めた正統派タンクやAGIを高めた避けタンクもいるよ。DEXによる状態異常付与率を高めたデバッファーも多いね。それから治癒系統のスキルツリーを取っているヒーラーも数は少ないけれどいるよ」
メイン武器のスキルツリーをそのまま上げていくとどうしてもアタッカーになるが、他のスキルツリーを合わせれば個性豊かなスキルに派生して役割分担ができるらしい。
このスターブレード・ファンタジーでは武器種と数々のスキルで自分のキャラクターの特色を決めていくそうだ。
「まぁ、やるならアタッカーかなぁ」
「僕も純アタッカーだね」
アタッカーと一口に言っても系統によって色々ありそうだし、その辺りは要検討だな。
「さっきは結局三体とも俺一人で倒したし、次はナギがお手本を見せてくれよ」
「うん、いいよ」
ナギに場所を譲って後ろに下がる。ナギが訓練所の難易度を上げて起動した。
現れたのは素っ頓狂な木製人形ではなく、立派な鎧を着た人形だ。武器も剣や刀、大剣など多種多様。それらが同時に十体もポップする。
「うぇ、やばくね?」
「大丈夫、格好いいところ見せてあげるから」
ナギがいつになく気障なセリフと共に、二本の剣を構えた。
同時に自己強化と思しき無数のスキルエフェクトがナギを包む。
次の瞬間、ナギは人形の懐へ素早く踏み込んだ。
「〈ツインストライク〉!」
左の剣で敵の剣をはじき、スキルエフェクトを纏った右の剣で胴を切りつける。
「〈旋風剣〉!」
他の人形が囲いに来るが、まるで竜巻のように回転して四体同時に吹き飛ばす。
「おお……流石の高レベルプレイヤー……」
素早い身のこなしと華麗なスキルエフェクト、アサルトブレードが敵の鎧を切りつける金属質なヒット音と、戦場を駆けるたびに翻る白のスカート。あ、今空中ジャンプしなかったか? アレもスキルか。
なるほどこれは人目を惹くわけだ。
竜巻のような猛攻で十体の人形を難なく倒しきったナギは剣を収めて、くるりと笑顔で振り返った。
「どうだった?」
「PVとかで映えそう」
「何その感想」
くすくすと笑う小さな姿はたった今十体の人形をスクラップにした剣士とは思えない。
それにしてもあの素早い身のこなしとか空中ジャンプとかは。
「あの空中ジャンプってスキル?」
「そうだよ、歩行系統のスキルの一つだね。AGIの要求値が高いけれど、格好良いだろう?」
「確かに格好良かった。俺もAGIを上げようかな」
せっかくのVRゲームなわけだし、現実ではできないような挙動ってちょっと憧れがあるよな。
「ふふ、楽しいよ。でも僕はSTRとAGIばかりにポイントを振っているから防御力は低いんだ。だから攻撃を一気に畳みかける必要があるかな」
「その辺りはまぁ、実際に戦いながらバランスとっていくことにするよ」
ナギはSTRとAGI重視か。それなら俺はAGIと、STRの代わりにDEXに振ってクリティカル重視にしようかな。
「あとアドバイスがあるとすれば、自分のお気に入りの剣を見つけることかな」
「お気に入りの剣?」
なんだそれ。
変なことを言い出したナギの顔を思わず見る。彼女は俺が思っていたよりも何倍も優しい表情をしていた。
そしてその優しい表情のまま語る。
「このゲームで強くなる一番の近道は、自分が強いと信じたお気に入りの剣を見つけることだよ。このスターブレード・ファンタジーに不遇な剣は一つもない。自分が使いたい、格好いい、強いと信じた剣を見つけられたら、きっとこのゲームを楽しめると思うな」
往々にしてゲーム内で武器や職業の優劣というのはつく。それが顕著であれば、時には人権武器や不遇職などという言葉で上下関係が生まれてしまうことすら。
けれどこのゲームは文字通り『剣しか勝たん』のだ、と。
自分が信じる限り、それは最強なのだ、と。
「リョーダンの場合はブシドーブレードかもしれないし、もしかしたら別の武器かもしれない」
「お前の場合は二刀流、ってわけか?」
「うん、その通り。だって二刀流が一番格好良いだろう?」
随分と格好つけたことを言ってくれる。
でも、なんだか良いな、それ。
俺は思わず、腰のブシドーブレードを見た。果たしてコイツが俺の相棒になってくれるのか、それはまだわからない。
けれども俄然、このゲームに対するやる気が湧いてきた。
そのあと、俺はナギと一緒に近接戦の練習をみっちりとこなした。
流石はVRゲームに慣れた高レベルプレイヤー。動きの参考になるところも多かったな。
次話は2/3の20:00過ぎ頃に更新予定です。




