第四話:初心者ダンジョンはそこまで怖くない?
始まりの街カッペルを出て東にすぐのフィールド、恵みの森を訪れる。
森といっても木々が鬱蒼と生い茂る薄暗いジャングルのようなものではなく、むしろ鮮やかな花々が道端に咲いているような明るい印象だ。まぁ、さすがに第一ステージから不気味なステージだと人が寄り付かない。
「薬草の採取だったな」
ということで手近な草むらに近寄ってアイテムを拾ってみる。
モンスターのドロップアイテムは直接インベントリに入るシステムだが、フィールドに落ちている採取系のアイテムはこうやって自分の手で拾う必要がある。
・石ころ
何の変哲もない石ころ。投げつける以外の用途は思いつかない。
・雑草
何の変哲もない雑草。肥料には使えそうだ。
・薬草
外傷に効果のある薬草。使うとHPをわずかに回復する。
「おっ、早速当たりだ」
目当ての薬草を手に入れることができた。雑草との違いは、薄青の花が咲いているかどうかのようだな。
「次は――」
と、その時。背後から物音がした。
振り返ると茂みの奥から大型犬のようなモンスターがこちらを威嚇している。頭の上には敵対モンスターを表す赤いマークと、『フォレストドッグ』の文字が。
記念すべきモンスターとの初エンカウントだ。
「経験値にしてやるぜ、犬っころ!」
腰の日本刀を抜き、いざ初戦闘。
初心者用モンスターだからか敵の動き出しが遅い。
こちらから駆け寄り、日本刀でまずは一撃。ニ撃目は避けられた。焦らずこちらも距離を取って仕切り直し。
すると犬が牙を剥き出しに飛び掛かってくる。迫力がスゲェ。だがここでいきなりビビッていては格好がつかない。
「根性、舐めんな!」
体を大きく斜めに倒して回避、爪がわずかに掠ったが気にしない。
すれ違いざまにタイミングを合わせて横薙ぎ一閃。勢いのまま振り返り、上段から背中めがけてもう一撃。
連続二発の攻撃を受けて犬の魔物は怯んだ。最後に締めの突きを放つ。
日本刀の切っ先は犬の胴体に吸い込まれる。会心の手ごたえ。
クリティカルヒットのエフェクトが出て、HPを失った犬は水色のポリゴン片に分解される。
ゆっくりと刀を鞘に戻し、息を吐く。
「…………ふふふ」
笑いがこみあげてくる。
何故かって? 理由は簡単だ。
「……このゲーム楽しいなぁ!?」
想像していた以上に、体を動かして戦うことが楽しい。
飛び掛かってくる犬の迫力は本物だった。しかし魔物に恐れることなく立ち向かい、撃破できた。
一分にも満たない攻防だったが、それでも決してリアルでは体験できない、VRゲームだからこそ実現できる戦い。ゲームアシストを受けて軽やかに動く体躯を操り、敵を打ち破る快感。
「やべぇ……戦闘楽しい」
これは渚が楽しいから、とオススメしてくるわけだ。
ニヤニヤしてくる口元を押さえ、先ほどの犬から出たドロップアイテムを確認する。
・フォレストドッグの牙
フォレストドッグの牙。小型ながら肉食獣らしく、その牙は鋭い。
「なんか、集めておけば武器の素材とかになりそうだなぁ」
こういうアイテムもこまめに集めておいたほうがいいんだろうな。
その後、森の中を歩き回りながら薬草を集めていく。
恵みの森には俺と同じ『初心者の旅装』を装備したプレイヤーが何人もいた。同じ初心者だ、親近感が湧くなぁ。
アイテム採取をしていたようなので、目があった人には軽く会釈をしてから森の奥に進む。俺も薬草を集めないといけないから、もう少しプレイヤーが少ない場所にいきたいところだ。
そうして森の奥を目指しつつフォレストドッグを二匹ほど倒したところでレベルが2に上がった。
「おっ、レベルアップした」
ステータスポイントの割り振りができるようだ。メニューからステータスの画面を開く。
スターブレード・ファンタジーのステータスはかなりシンプルだ。
HP:体力。これがゼロになると死亡して街にリスポーンする。
ST:スタミナ。スキルを使用すると消費される。時間経過で回復する。
この二つがベースになっていて、レベルアップ時のポイントを割り振れるのが以下の四つのステータスだ。
STR:筋力値。攻撃力やST、装備重量に関係する。
VIT:頑健値。防御力やHP、状態異常耐性に関係する。
AGI:敏捷値。移動速度やスキルのリキャストに関係する。
DEX:器用値。クリティカル発生率やクリティカル威力、状態異常付与率に関係する。
この四つにポイントを割り振ってキャラクターを強化していく。
魔法がないゲームなので、魔法があるRPGに比べるとステータスの項目も少ない。INTが足りない脳筋ゲームだ。
ただしその代わりにスキルツリーが多岐に渡り、多彩なスキルでキャラクターの個性を出していくことになるらしい。
「正直どれに割り振ればいいのか分からねぇ……」
いまいちキャラの育成方針も立てられてないからなぁ。
俺の理想としては防御キャラよりも、攻撃に重きを置いたアタッカーが良い。
そう考えるとやっぱりSTRやAGIを伸ばしたほうが良いのだろうか。ただクリティカルの補正が乗るDEXも重要そうだ。いやそもそも最低限のVITだって必要だろうし……。
「まぁ、とりあえず振っておくか」
レベルアップで手に入ったポイントをSTRとAGIに多めに割り振っておく。VITとDEXはいったん保留で。
ミスしても課金すればパラメータの振り直しができるらしいし、気軽に振っていこう。
十五分ほど森の中を歩き回ることで規定の数の薬草を集めることができた。
ゴブリンがノコノコと出てきたので、日本刀系統の初期スキル、〈横薙ぎ〉を使って首を刎ねる。STを消費する分だけ、自分で剣を横振りするときより威力が高い。
フォレストドッグを狩り、ゴブリンの首を跳ね飛ばし、スズメみたいな鳥のモンスターを叩き切る。戦闘を重ねたことによってレベルは4まで上がった。
初めてのVRゲームながら今のところ順調だ。
プレイの内容もそうだし、VR酔いもない。
フルダイブ型のVRは旧式のHMD型とは違いVR酔いが少ないらしいが、ゼロではない。
実際の身体が動いていないのに脳は体を激しく動かしているつもりになるので、慣れないと頭痛や眩暈がしたり手足に痺れのような違和感が生じたりするのだ。
VRに慣れない人は三十分もしないうちに症状が出るらしいけれど、今のところその兆候はない。まだまだ遊べそうだな。
あまり長時間のフルダイブは体調を悪くするので推奨されないが、一時間や二時間で危険なものではない。適度な休憩と水分補給は大事だけれどね。
「……もうちょっとアイテム集めてから帰るか」
そろそろ渚との待ち合わせの時間だ。カッペルの街まで戻らなくては。
でもアイテムインベントリに余裕があると、ギリギリまでアイテムを詰め込んでから街に戻りたくなる。あると思います。
経験値をもう少し稼いでおきたい。
そうして少しずつ森の奥へ進み――俺はソイツと遭遇した。
次話は1/29の20:00です。