第三話:始まりの街、カッペル
目を覚ますと、ベッドに腰かけたような状態だった。いかにもファンタジーな世界の宿屋の一室、という感じだ。細部の小物までしっかりと作りこまれていて、思わず部屋を見回す。
すると部屋のドアが突然開いた。
「あっ、よかった。目を覚ましたんですね」
部屋に入ってきたのは一人の女の子だった。艶のある茶髪がさらりと光をはじく。
動きやすそうな軽鎧を身に着けていて、背中に剣を背負っているから冒険者なのだろうか。ショートパンツからむき出しの太ももがまぶしい。
そして頭の上に『NPC:アリア』と表記されていた。なるほど、この子がこのゲームでいうところのヒロイン枠のNPCなのか?
「街の外で倒れていたから驚きました。ケガはなさそうでしたけれど、体調は大丈夫ですか?」
凄いなぁ。NPCのモデルもすごく作りこんである。目とかパッチリしていて可愛いなぁ。
と、NPCの顔を見つめていると、アリアちゃんはまるで生きている人間かのように頬を染め、視線を逸らした。
「あの……私の顔に何かついていますか?」
そういえば、最近のVRゲームはNPCにもかなり高度な会話ルーチンを組んだAIを使っていると聞いた。ある程度のゲーム的制約はあれども、実際に生きた人間と会話することと大差ないくらい柔軟な受け答えができるとか。
なんだかNPC相手に話しかけるのは照れがあるな。けどストーリーが進まなさそうなので、
「あー、いや。なんでもないよ。体調は大丈夫です」
「それは良かった。あなたは旅人ですよね、どうしてあんなところに?」
「うん、それは俺が聞きたいかも」
チュートリアル終えたらいきなりここだったからね。どこかに倒れていた設定らしいが。
「ううん……もしかすると記憶が混乱しているのかもしれませんね。自分の名前はわかりますか?」
「リョーダンです」
「リョーダンさん、ですね。私の名前はアリア。始まりの街『カッペル』の冒険者です」
冒険者、やっぱりそういうものがあるのか。多分、クエストとかが受けられるのだろう。
ふと、アリアちゃんは俺が装備している日本刀に視線を向けた。
「あれ、リョーダンさん。その剣、ひょっとして壊れていませんか?」
「は? マジで?」
さっき神様みたいなやつからもらったばっかりなんだけど。
「仕方ないですね、困ったときはお互い様です。これをお譲りします」
アリアちゃんが一歩、距離をつめてきた。顔が近い。さらになんと俺の手を取り、右手に何かを握らせた。
なるほど、アリアちゃんは男を落とすテクニックを知っている、侮れないな。
小ボケはさておき、握らされたのは小さな金属の塊だ。何だコレ。
「それは『剣の欠片』です。それを使えば剣の耐久値を回復することができるんですよ」
「なるほど、これが剣用の回復アイテムなわけだ」
砥石みたいなやつだな。
「使ってみてください」
『メニューを開き、アイテムから剣の欠片を使いましょう』とのチュートリアル。素直に従いメニューからアイテムを使う。
すると貰ったばかりの剣の欠片が解け、光の粒子になった。そして日本刀に吸い込まれ、耐久値が無事に回復した。
折れた刀が目の前で修復されるファンタジー。ゲームってスゲェ。
「これで安心ですね。でも油断はしないでください、街の外には危険な魔物がたくさんいますから」
「はいはい」
「ところでリョーダンさん、この街は初めてですよね。この建物の一階は冒険者組合の依頼所になっているんです」
「はいはい」
「実は――」
「はいはい――」
チュートリアルを終えるころには、気が付くと冒険者組合という組織に見習いとして所属させられ、近くの森まで薬草を取りに行くことになっていた。巧みな話術(強制イベント)の仕業だろう。
『メインクエスト:薬草を集めよう』のスタートだ。
鞄には回復ポーションと剣の欠片が三個ずつ。これを前金に薬草を取ってこいとのことだ。
あれ、俺って気を失って倒れていた一般人のはずだよな? どうして起きてすぐに仕事を押し付けられているのだろうか。アリアちゃん、恐ろしい子!
首を傾げながら、冒険者組合の建物から外にでる。
すると突き抜けるような気持ちのいい青空と、西洋をモチーフにした煉瓦の街並みが俺を出迎えてくれた。
綺麗に舗装された石畳と、賑やかな噴水の広場。
ここがVRの世界だなんて忘れるくらい緻密に作りこまれた風景。
新しい世界と、冒険が始まる予感。ワクワクさせてくれる。
ニヤリと緩んだ頬を張り、気合を入れる。
「よっしゃ、早速クエストこなしますか!」
初心者案内をしてくれるという渚との待ち合わせまで、まだ時間がある。それまでに軽くレベルもあげないとな。
意気揚々と一歩を踏み出した瞬間、『メールが届きました』とのメッセージが出た。
「ん? なんだいきなり」
メニュー画面を開いて確認すると、運営からのメールで『初心者応援特典!』とのタイトルだった。
「あ、これが新規登録特典ってやつか」
メールを開いて添付されていたアイテムを受け取る。
沢山の回復ポーションや剣の欠片、それなりの量のゲーム内通貨。そして『初心者の旅装』という上下装備だ。
・初心者の旅装(上)
・初心者の旅装(下)
旅の初心者に最適な旅装。鮮やかな緑の染め物は、旅の安全を祈願している。
【特殊効果】獲得経験値2倍
【装備制限】レベル15以下
「おぉ? 凄く助かる装備だな」
レベル制限があるとはいえ、経験値が二倍になるのは破格だな。初心者が既存のプレイヤーに早く追いつくための支援アイテムなのだろう。
防御力もそれなりに高いし、最初はこれがメイン防具になりそうだ。
早速装備する。まだ頭装備や腕装備、アクセサリの欄は空欄だが、そのうちちゃんと装備を整えないとな。
「まぁ、まずは最初のクエストからだ」
新しい緑の旅装を身にまとい、俺は意気揚々と街を出た。
次話は1/28日の20:00です。