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階段で転ぶ

そして、連れてこられたのは地下牢への入り口だった。


前後には衛兵がしっかりと逃げられないようにしっかりと固められ、長いドレスの裾を持ち上げながら、苔むした階段を降りていった。


私自身、地下牢へ足を踏み入れるのは今回が初めて。事の成り行きに不安を感じながら、一歩、また一歩と進んでいく。


地下牢へ続く階段は、手すりも何もなくて、足場がとても悪い。それに暗い。そして、狭い。


「はやく降りられないのか」


後ろにいた衛兵が、イライラとした様子でせっついてくる。


「……無理に決まっていますわ。パーティー用のドレスにハイヒール。ただでさえ、足場の悪い石の階段を下りていくのは大変ですの」


それでなくても、ふんわりと広がったロングドレスで、暗い石の階段を下りるのには、かなり至難の技なのだ。


転ばないように慎重にゆっくり降りていたのに、後ろにいる衛兵からはさらにイライラしたオーラが出ていた。


「罪人のくせに口ごたえする気か!」


後ろを歩いていた衛兵が、突然、私の背中を小突いた。ちょうどその時、ドレスの裾をつまみながら、足を踏み出した時だったのだ。


「きゃあっ」


うっかり、長いドレスの裾を踏んづけてしまって、ずるっと滑る。体のバランスを崩して、そのまま真っ逆さまに階段の下へと転落した。


「馬鹿野郎、仮にも公爵令嬢を後ろから押す奴があるかっ」


衛兵の一人が叫んだのだろう。他の衛兵たちが、驚いて表情を変えたのが見えた。


それを一瞬見た後、がんっという衝撃を最後に、ぷっつりと意識が途切れ、暗黒の闇の中へと沈んでいった。


階段を転がり落ちた時に、私は強く頭をぶつけてしまったようだった。





「ああ、今日も会社かあ。いやんなっちゃうなあ」


ピーピーとなる目覚ましをぱっと手で押さえ、私は寝ぼけた頭で目を覚ます。


窓から差し込む朝日の中、私は手際よくコーヒーを淹れ、パンを口にいれて、慌てて着替えて会社へと向かう。


電車に乗りながら、昨日遅くまでがんばった乙女ゲームの攻略方法を色々と考えていた。


最近、はまっていた乙女ゲーム「エマと王宮の精鋭なる騎士達」。


そのヒロインというのがエマ・ブランドルという子爵令嬢だ。本来は庶子であったものの、実の父に引き取られ、低い身分ながらも、王宮の中で、高貴ながらも美しい男性たちと恋愛を重ねるというゲームだ。


その中で、エレーヌ・マクナレン公爵令嬢は、身分の低い彼女を嫌い、あれやこれやと苛めてくるのだ。


「あのエレーヌをなんとかしなくっちゃ・・・あのくそ公爵令嬢、ほんとタチが悪いのよね」


一人心の中で呟くと、ちょうど駅についた所だった。


そこから会社に向かう途中ですら、呆れたことに、私はぼんやりとゲームのことばかり考えていた。それほど、このゲームにはまっていたのだ。


そして、運の悪いことに、横断歩道を渡る時に、私は左右をよく見ていなかった。ここは車の通行量が多いから、といつも気を付けていた場所だったのに。


「麗奈、危ないっ」


たまたま通りがかった会社の友達の叫び声に、はっと気づいた時、目の前いっぱいにトラックがこちらに突っ込んでくるのが見えた。



「・・・様、エレーヌ様」


遠くで誰かが呼んでいる。あれは、誰の声? なんか聞き覚えがあるような・・・・。


そう言えば、マリエル殿下に婚約破棄を言い渡されたんだったっけ・・・。


ん? ちょっと待った。


なんでマリエル殿下に婚約破棄を言い渡される訳?! それは悪役令嬢エレーヌの話だったよね?


なんだかおかしな展開に気が付いて、私はぱっと目を開ける。


一番最初に目に入ったのは、暗い石づくりの強固な牢獄。そして、私の名をずっと呼んでいたのは、子供の頃から面倒を見ていてくれた侍女のルルだった。


「ルル?」


私が声を上げると、ルルは今にも泣き出さんばかりの顔で嬉しそうに笑った。


「ああ、お嬢様、よかった。意識が戻られて」


ルルが私を少し抱き起こしてくれると、自分がどこにいるのか、はっきり悟った。地下牢の中なのである。


ルルの後ろには、子供の頃からの主治医であるアルベルグ老医師がいた。


「どれ、意識が戻られたようですが、念のため診察させていただきましょう」


あれ? あれあれ?


なんで、私、エレーヌって呼ばれている訳?


なんだかおかしな気がして、恐る恐る、尋ねてみた。


「あの・・・私の名前って、もしかして…」


老医師は穏やかな顔で私を見た。


「階段から落ちて、頭をひどく打たれたのです。記憶が途切れていらっしゃいますか?」


いや、記憶が途切れるも何も、まず、自分の名前を確認しなくては。


「ええと、私の名前は、えと…‥」


言いたくない、なんか知ったらまずいやつや、これ。


「そうですよ。エレーヌ様、エレーヌ・マクナレン公爵令嬢様にございます」


「ええっ、どうしてっ?」


ウソでしょ? どうして、私がエレーヌなの? もう一人のエレーヌである麗奈が叫ぶ。


「殿下から婚約破棄されたショックと、階段で頭を打たれたので意識が混乱されていらっしゃるのでしょう」


「まあ、お嬢様、おいたわしい。でも、ご安心くださいませ。このルルがお側におりますわ」


ルルが、お嬢様可哀そうに、と私の手をしっかりと握っている。


あまりにも驚きすぎて、声が出る所か、息も止まりそうだ。


それでも、どうしても確認しておきたいことがあって、私はルルを見た。


「ええっと、王太子のお名前は、確か、マリエル様に違いないですよね?」


「ええ、そうでございますわ。エレーヌ様、突然の、婚約破棄で王太子様のお名前も忘れるほど、混乱なさっていらっしゃるのですね」


ルルはそういうと、そっと涙をぬぐった。


それを聞いた瞬間、私は疑念が確信に変わり、ぞっとしていた。


やっぱり間違いない。自分は乙女ゲームの中に転生してしまっていたのだ。


そして、私は思い出したくもない事実を、この時、一緒に思い出してしまったのだ。


悪役令嬢エレーヌが王太子に婚約破棄を申し渡されたのは、ゲームが終了した時だ。ヒロインにとっては、ハッピーエンド。そして、エレーヌは、この後……処刑を言い渡されるのだ。


これから王太子が色々奔走して、公爵である父の反対を押し切って、国王不在につけこみ、処刑を段取りしてしまうのだ。それは今から三か月後のこと。


なにそれ。


ゲームが終ってから、記憶戻るとか、無理ゲーすぎる。


あまりにも、悲惨な未来を思い出して、私はげっそりとしてしまったのである。




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― 新着の感想 ―
[一言] 王太子がここまで力があるのは..設定の甘さ?其れともこんな力関係だから対王家派があるんでしょうかねー。 公爵や他貴族の支援があるからこそ専制君主制を維持できると言うのに、馬鹿な王太子。 …
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