第30話 不審者と絡む冒険者
魔王を引き連れてダンジョンへと向かう。
もちろん、魔王の切符は先日ウチが渡した1万円で購入させた。
正確には回数券やったけど、どちらにしろ女子高生に電車代を奢ってもらう状態は
脱した。
いやー、やっと財布が軽くなる問題が解決したで。
「今日は人が少ないな」
「そりゃ、平日の夕方やからな」
「ステータスを調査して来るだけであるから、吾輩は出口で待って居よう」
「あー、まあちょっと暴れてくるから少しだけ遅くなるかも」
「ふむ。レベリングと考えれば問題ない。好きにするといい」
「ほな、行ってくるわ」
「うむ」
魔王に手を振ってからダンジョンの入口に向かう。
おかしいなぁ。
ウチの知ってる物語やらゲームやと、魔王はダンジョンで待ち構えてる側のはずなんやけどなぁ。
それが帰りを待っててくれるんやから、今更ながらホンマに変な状況やで。
「次の人どうぞ」
「どうも」
「あ、掛田さんじゃないですか。今日はどうしたんですか?」
いつものお兄さんのところで手続きをする。
最近では勝手を知っとる人の方が楽やから、お兄さんが居るときは長い列だろうと、お兄さんのところに並ぶようにしとる。
「今日は偵察です。なので持ち込みはないです」
先手を打っておく。
変な期待をされても困るからな。
「そうですか。しかし、ということは次の動画の企画が進んでいるということですね?」
「そこはまだ内緒です」
「そうですよね」
そこまで話して冒険者カードをお兄さんに手渡す。
最初は促されて出しとったのに、今では自然と自分から差し出しとる。
こういう細かい動作を取っても、ウチも冒険者に慣れたんやなぁと思う。
「今日は何か持ち込みますか?」
「《《いつもの》》だけです。今日は第3層の偵察だけなので」
ウチはカバンからタマネギとゴマ油を出して見せる。
既に『いつもの』で通じるようになっとる。
「わかりました。何か希望はありますか?」
「別にないです」
「そうですか……あ、そうだ」
「どうしたんですか?」
「いえいえ、では北口からどうぞ」
「は、はぁ……」
係のお兄さんの態度に少し違和感を覚えながら、北口へと向かう。
入口横に設置されとる転送装置で第3層を指定する。
今は第3層やけど、もっと階層が深くなればなるほどに便利なんやろうな。
転送開始を押すと、ちょっとした浮遊感に包まれる。
「よっと」
着地するような感じで北口第3層のスタート地点に降り立つ。
ほな、オークを探そか。
ええと、見た目はゴブリンを大きくしたような感じで、色は黄土色やったな。
ほんで棍棒を持ってるんやったな。
あと、ついでにゴブリンあたりを3匹くらい倒さな気が済まんな。
「攻撃にリーチがあるってことやったな。気を付けよ」
もしかすると魔王は槍を使わせる気かもしれんな。
けど、剣の扱いすら縦横に振るか突くかしかないのに、槍なんてどうやって扱えばええんや。
突き出すだけでええんやろうか。
その辺も美咲さんの動画見て勉強しようかな。
いや、あの人の槍捌きは見ても真似できへんから意味ないかもなぁ……。
そんなことを考えながらしばらく歩く。
「…………は?」
思わず予想外のものを見てしまい声を出してしてしまう。
目の前におったのはオークでもなければゴブリンでもない。
水泳用ゴーグルを装備して、最近流行りの黒マスクを着用している女性であった。
手には随分と立派な槍を握っているのが何ともミスマッチである。
な、な、なんやあれは!?
「ど、どこからでも、かかってきんさい!」
しかもあからさまにキョロキョロとして怪しいやん!
独り言を言いながら、槍を振り回しとるやん!
というか、『きんさい』って広島弁やったっけ?
「ぐっ……あかん……絡んだらあかん……」
そう自分に言い聞かせながらも好奇心が押さえられへん。
大抵の場合、ああいう人には絡むだけ面倒なはずなのに。
なのに……。
あんなにおもろいものを見てスルーするなんて、ウチの関西人としての血が許してくれへん!
オークなんて二の次じゃい!
「あ、あの……」
振り回しとる槍で刺されないように背後から声を掛ける。
「ひぃっ!? なに!?」
女性は悲鳴を上げながら、振り向きざまに槍を突き立ててくる。
「うわっ! あ、あぶな!」
それをなんとか間一髪のタイミングで回避する。
悲しいかな。
魔王の言う通り、ウチには戦士としての素質があるんかもしれん……。
「ごめんなさい!」
こっちが人間ということに気付いた女性が急いで謝って来る。
まあ、仮に槍が直撃してても、対人攻撃は通らんようになっとるから大丈夫やけどな。
不思議な力によって直前で弾かれるようになっとる。
それでも怖かったわ。
「急に後ろから声を掛けたのは私の方ですから。気にしないでください」
「そう言ってくれると助かるわ。けど、本当にごめんなさいね」
ふむ。
格好こそ不審者やけど、話してみると普通の人やな。
うーん、なんか聞き覚えのある声なんやけどなぁ……。
というか、背高いな。
ウチも女子のなかでは小さい方ちゃうはずやけど、それよりも頭一個分は高いで。
不審者なのに羨ましいプロポーションやな。
「あの、どうかしましたか?」
ゴーグル越しで良く分からないが、女性がウチのことをジロジロと見とるような気がする。
やっぱり本当はヤバい奴やったか?
「ねぇ」
「は、はい」
「あなたもしかして掛田志保ちゃん?」
「そうですけど……」
ウチの答えを聞いた瞬間にゴーグルの奥の瞳が輝いたように見えた。
あ、これはアカン奴や。
案の定、女性はウチの右腕を掴むと、有無を言わさず引っ張る。
「ちょっとこっちに来て!」
「ひぃぃぃぃ!!! いやぁぁぁぁ!!!」
抵抗できないくらいの力強さであっという間に人気のない場所へと連れてこられる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
黒マスクをしたまま走ったからか、不審者は息を荒くしている。
「へ、変態さんですか!?」
「ち、違うわよ! ただ人目がないところに来たかったのよ」
「なんでですか!?」
ウチの問いかけに、これを見ろとばかりに不審者はゴーグルと黒マスクを外す。
そして現れた素顔は良く知っとるものやった。
何度も画面越しに見たことのあるウチの憧れの人が目の前におった。
「あ、あ、あなたは! 曽根美咲さん!?」
「しっ! 静かに!」
「は、はい」
いや、なんでこんなところにおんねん。
美咲さんと言えば、ドラゴンに挑戦する常盤さんや加賀さんに対抗して、ヤマタノオロチに挑戦しとる人や。
それが、なんで第3層なんかに……。
というか、受付のお兄さんが思わせぶりな態度を取ってたんはこれのことやったんやな。
「志保ちゃんの疑問は分かるわ。『なんで曽根美咲がこんなところにいるのか?』よね?」
美咲さんの問いかけにブンブンと何度も頷く。
「実はね。私、ゾンビが大の苦手なのよ」
「はい?」
いきなりトンデモないことをカミングアウトされたような気がするんですが……。
「何なのよあの臭さ! 我慢できないのよ!」
「相当臭いみたいですね」
「臭いなんてものじゃないわ! 何日も真夏の日向に放置した卵のような吐き気を催す邪悪な匂い。それが、ドロッとした液体となって飛散するのよ! 想像しただけで気分が悪いわ!」
そこから美咲さんは、どれだけゾンビの匂いが嫌いなのか説明してくれる。
それはもう、憎しみを表現する形容詞をこれでもかと利用して。
「み、美咲さん!」
「うん?」
「ゾンビが嫌いなのはわかりましたから」
ウチのストップでやっと気づいたのか、美咲さんは少し頬を赤くする。
ぐっ、動画のクールなイメージとのギャップでウチがドキッとしてまう。
「こほん。それでね」
「はい」
「今まで一度たりともゾンビを倒す動画を出したことがないのよ」
「……あ、そういえば。確かに私も美咲さんがゾンビと戦う動画は見たことないです」
「でしょう? それで、こうして密かに克服しようと潜っていたのよ。ゾンビと戦ってパニックになると危ないから、こうして浅い階層でね」
「な、なるほど」
「万が一でも体液が飛び散ると最悪だから、ゴーグルとマスクを装備していたの」
ニコッと笑って教えてくれる。
いや、いくら密かに克服しよう頑張ってたといっても、あの格好はアカンやろ。
そんなことを思っていると、美咲さんがガシッと両肩を掴んでくる。
に、逃げられへん……。
「志保ちゃん!」
「はい!」
「お願いがあるのよ!」
「なんでしょうか!」
こんな状況やからか、美咲さんに釣られてこっちも声が大きくなる。
お願いって一体なんや……。
「私にゾンビを倒させて!」
「は、はい?」
「志保ちゃんは今までゴブリンとスライムを驚く方法で倒したでしょ! だから、ゾンビの倒し方も知ってるんでしょ!」
「えっ!? 美咲さん、ウチの動画見とるんか!?」
お互いに言いたいことを言い合うカオス空間となる。
「もちろん見てるわ。だから、私がゾンビをなんとか倒せるように裏技を教えて欲しいの」
「な、なるほど。話はわかりました」
しかし、急にゾンビを倒す方法と言われてもなぁ。
ウチは今はオークの探索に来とるところやし……。
「もし志保ちゃんがよければ、コラボ動画ということで倒せたらいいなと思っているのだけど……」
なんやって……。
美咲さんとコラボ動画やって……。
そんなもん……。
やるに決まってるやん!
「喜んで協力させて頂きます!」
「え、いいの?」
「はい!? もう、大船に乗った気で居てください!」
「志保ちゃん、ありがとう!」
ギュッとウチの手を握って感謝の言葉を言ってくれる。
はぁ、冒険者辞めんくてよかった。
「じゃあ、準備とかあるので、また後日連絡するということでいいですか?」
「うん。それでいいわ。これ私の連絡先ね」
「わ、私の連絡先です!」
自然な形で連絡先をゲットする。
グヘヘヘヘ……いかんいかん。
「じゃあ、またね」
手を振って、美咲さんは颯爽と立ち去る。
それからしばらくは、充分に美咲さんが離れたことを確認するまで静かにする。
「いやほほほぃぃぃ!!!!」
オークなんて知らんわ!
今すぐダンジョンを出て魔王にゾンビの倒し方を教えてもらわなアカンな!
ウキウキ気分でダンジョンから帰るのであった。
あ、ゾンビのステータスだけは手に入れなアカンな!