第20話 強敵に遭遇する魔王
さて、今回はどれほどの時間が掛かるだろうか。
前回ゴブリンと戦ったときは、ダンジョンから出て来る頃には日が傾いていた。
スライムに遭遇してステータス表示ができるようになれば、帰還してもよいことにしているので、それ程長くなるとは思わないが……。
「あの、誰か待っているんですか?」
「ああ、そうだ」
救護室の前で待っていると、案の定女性に話しかけられる。
茶髪を肩甲骨の辺りまで伸ばした若い女性である。
適当にあしらってしまおう。
「それって掛田志保という名前の冒険者ですか?」
「そうだが、なぜ知っている」
思いがけない言葉についつい反応してしまう。
こいつはもしかして志保のファンか?
それともストーカーという奴か?
警戒した方が良いかもしれない。
吾輩から志保の個人情報を盗もうという魂胆かもしれぬ。
「あ、そんなに警戒しないでください。私は志保と同じ高校に通ってる佐竹美優って言います。志保とは中学校の頃からの友達です」
「なんだ。志保の友人か」
「し、志保? ……まさか呼び捨てにするほどの仲だったとは。いや、しかし親戚ということはこれくらいは当然なのか……むむむ……」
佐竹美優と名乗った女は突然ブツブツと独り言を話し始める。
吾輩が言うのもなんだが、呪術師か何かなのだろうか。
ハッキリ言ってしまえば気味が悪い。
「美優と言ったな。なぜ吾輩が志保を待っていると分かった? 会ったことはないと記憶しているが」
こういうときは自分から切り出すに限る。
放っておけばいつまでも相手のペースで物事が進んでしまう。
「吾輩って言う人初めて見たわ…………ええと、こほん。先日学校に志保の体操服を持って来たのを見たので。確か真中王太郎さんでしたよね」
「なるほど。そう言うことか。いかにも、吾輩は真中王太郎である。それと、吾輩に遠慮する必要はない。好きなだけ関西弁で話すといい」
「あ、はい」
今思えば、もう少し人目に付かない場所で体操服の受け渡しをするべきであったか。
志保も学校で何かと追及されて困っていると漏らしていた。
だが、あの時は志保の気を辿るしか学校へと行き着く方法がなかったのであるから、校門前に居た志保にも責任がある。
何も吾輩だけのミスではない。
「ほんで、志保はダンジョンに潜ってるん?」
「うむ。つい先ほどな」
「もしかして新しい動画とか!?」
「いや、今日は偵察だけだ。撮影はしない」
「なんや、そうなんか……」
どうやらこの美優という女は友人なだけでなく、志保のファンでもあるようだな。
露骨にがっかりしている。
「ところで、なんで真中さんが志保のダンジョンに付いて来てるん?」
なんだ?
先ほどまでとは次元が誓うほど鋭い目つきになったぞ。
まるで獲物かどうかを見定めるハンターのような目だ。
「これを頼まれてな」
「それは?」
「志保の着替えだ」
「えっ?」
美優が随分と驚いたような顔をする。
確かに冒険者やモンスターに詳しくないと、ダンジョンに潜っていることと着替えを持って来ていることの因果関係は理解し辛いかもしれない。
「スライムというモンスターを知っているか?」
「もちろん……って、まさか志保はスライムに挑んでるんか!?」
「まあ、そうだな。万が一に備えて救護室の前で着替えを持って待機しているのだ」
「な、な、なんやて!?」
これまた驚いたように大声を上げる。
周囲の視線がこちらに向く。
スライムのことを知っているなら何もそこまで驚かなくてもいいだろうに。
「落ち着け」
「お、お、お、落ち着けも何も! 志保の服が溶けとったら真中さんがそれを運ぶんか!?」
「いや、それはない。そんなことをすれば頬にまたビンタを食らわされる。志保が職員に頼んで吾輩のところまで取りに来てもらうつもりだ」
「ちょっと待って。『またビンタ』ってなに? え、ビンタされるようなことをしたの? ねぇ?」
なんだこの面倒くさい女は。
早く志保が出てこないだろうか。
人が神に祈る気持ちがなんとなくだがわかる。
「すみません。掛田志保さんのお連れの方は居ますか」
そんなことを思っていると、救護室から女性職員が出てきてアナウンスをしてくれる。
どうやら志保がやられて出てきたようだ。
ステータスを把握するだけで良かったはずなのになぜ救護室送りにされているのか。
出てきたら事情を聞く必要があるな。
「ああ、それなら吾輩……」
「待ってくれへん」
職員のアナウンスに対応しようと声を出したところで美優に止められる。
「なんだ?」
「その着替えはウチが持って行くわ。ほら、職員さんの仕事を増やすのも申し訳ないやろ? それに女友達のウチが持って行く方が志保も気が楽やろうし」
「ふむ。それなら頼もう」
なんだ。
悪い奴かと思ったが、良い子ではないか。
それに美優の言うように志保も女の友人から渡してもらった方が安心だろう。
「では、よろしく頼む」
着替えの入ったバッグを美優に差し出す。
すると、奪い取られるような勢いで吾輩の手からバッグが離れる。
「うん。任せて。あぁぁぁ待っててや志保!」
「どうした? 大丈夫か?」
「な、なんもあらへん。ほな、行ってくるわ!」
慌てた様子で美優は職員に声を掛けて救護室へと向かって行く。
入室する瞬間に何やらサキュバスが人を魅了するときのような笑みを一瞬だけ浮かべていたが、本当に任せても大丈夫だったのだろうか。
まあ、吾輩に対する敵対心を見せた瞬間はあったが、志保に対して邪悪な気配は有していなかったから問題ないだろう。
着替えが終わるまでは大人しく待つとしよう。
―――――――
吾輩は久しぶりにガスバーガーへと来ていた。
救護室の外で志保と美優と合流してから電車に乗って最寄り駅まで戻り、駅構内のガスバーガーで腹ごしらえをしようという流れである。
「意外やな。真中さんがガスバーガー知ってるなんて」
「一度来たことがあるからな」
今回のお供は三郎ではなく、女子高生2人組であったが。
「え、真中さんはファストフードとか食べへん人なん?」
「あ、ええと。そ、そうやねん! 真中さんのところは何かと厳しい家やからな!」
自分で話を振っておきながら、美優からの質問に志保が困っている。
不要なことを話すからこうなるのだ。
志保は外交官にはなれないな。
「けど、なんで美優がダンジョンにおったんや?」
あからさまに志保が話題を変える。
まあ、その疑問は吾輩も聞きたかったので悪くない。
「おったらあかんのか?」
「別にええけど……」
ふむ。
志保の体たらくに引き換え、この美優という女は不利なことはゴリ押して何とかするという術を身に着けているようだ。
こちらは外交官に向いて居るかもしれない。
「真中さん、さっきから私の顔に何か付いてますか?」
「まさか美優に見惚れてたんちゃうやろな! 美優に手を出すのはゆるさんで!」
「真中さんはイケメンかもしれへんけど、どんな女性でも落とせると思ったら大間違いや!」
「せやせや!」
なぜ吾輩は小娘2人にこうも押されているのだろうか。
不用意に美優へ視線を送りすぎたミスはあったが、ここまで畳みかけられるとは。
恐るべし関西の女子高生である。
「そんなわけなかろう。吾輩は志保以外の女に興味はない」
「はい?」
何か間違ったのだろうか。
とんでもなく低い声を美優が出す。
氷が割れるピシッという音が聞こえたような錯覚を覚えるほどの緊張感が漂う。
「言葉が足りなかったな。志保に興味があるとは言ったが、冒険者としてだ。異性としての興味は、どの女性に対しても抱いたことはない」
「……ほんまか?」
「うむ」
「なーんや! そうならそうと最初から言ってや!」
先ほどまでの緊張が嘘のように消え去る。
おかしい。
魔王である吾輩が未だに恐怖で手が震えて居る。
「だから言ったやん。真中さんとはなんもないって」
志保は志保で美優の変化に気付いていないかのように能天気にしている。
なぜあれほどの威圧感に気付かないのだ。
「ごめんごめん。けど真中さん。志保に手を出したらアカンで?」
「う、うむ。肝に銘じておこう」
吾輩はまだ魔王城に戻るつもりはない。
佐竹美優には大人しく従うことに決める。
結局そのままスライムや次回動画に関する話をすることはできず、静かに志保と美優の会話を聞いている置物になるのであった。