第16話 学校に行く冒険者
今日は目覚まし時計の音で目が覚めた。
春休みの間は日差しに任せて起きとったけど、さすがに学校が始まったら遅刻せんように目覚まし時計を掛けなアカン。
今日からウチも遂に高校3年生や。
受験勉強やらもせなアカンけど、最後の高校生活も楽しまなアカン。
むーう。贅沢な悩みですな。
「よし。これでええな」
少し前に起こった《《不幸な事件》》を乗り越えて、久しぶりにクローゼットから引っ張り出して来たブレザーの制服を着る。
残念ながら胸が少しきつくなるような感動はあらへんかった。
別に成長期やからまだ大丈夫や!
そうに違いない!
「しほー! ご飯よ!」
「今行くわ!」
下からお母さんの呼ぶ声がして、朝食を食べるために階段を降りる。
学校までは自転車で行ける距離やから、ゆっくりと食べても十分に間に合う時間や。
リビングの扉を開けて朝の挨拶をする。
「お母さん、おはよう」
「おはよう。制服はちゃんと着れた?」
「こんな短期間で着かたを忘れるわけないやろ!」
と、朝からちょっとした漫才をしながら席に着く。
目の前には左の頬を赤くした魔王が座っていた。
「ふむ。それがこの国の学生服か」
「ふん!」
ウチが怒っとるのは正当な理由やと思う。
これは目を覚ました時の話や。
珍しく部屋に魔王がおらへんかったから、ラッキーと思って早いとこ制服に着替えようとしたんや。
それでパジャマを脱いだところで、この魔王が入って来よった。
そのときにビンタをしたから魔王の頬は赤い。
「もう、志保。そんなに怒らないの」
「こ、こ、こいつは女子高生の下着姿を見たんやで! 怒るもの当然やろ!」
「そうは言うけど……」
何でもお母さんの家事を手伝うために魔王は下に降りとったらしい。
そして、ウチがちゃんと起きとるか確認して来て欲しいとお母さんに頼まれて、魔王は再び部屋に入って来たらしい。
せやからお母さんが魔王を庇う気持ちはわかる。
けど、ノックもせんと入って来たんやから許されへん。
「佳保殿、吾輩が悪いのだ。若い娘の着替えを見てしまったのだから怒られるのは当然だ。いつもの癖でノックをしなかった吾輩が悪い。ノックはされるだけの立場であったからな」
「ぐっ……なんでこんなにも潔いんや……」
もうちょいゴネてくれたらウチかて怒りをぶつけることができるのに。
これじゃ、ウチも怒りを収めるしかないやん。
……うん? あれ?
なんか変やったぞ。
「真中さんはいつからお母さんを『佳保殿』なんて呼ぶようになったんや?」
佳保はウチのお母さんの下の名前や。
ちなみに言えば、お父さんは大志って名前やから、志保はお母さんとお父さんの名前を組み合わせて貰った名前なんやで。
……せやからウチは誰に宣伝しとんねん。
「今朝からだ。今までは適当に呼んでいたのだが、それでは呼びにくいだろうということで、佳保殿から提案されたのだ」
「そ、そうなんか……」
ドンドンと掛田家が魔王に浸食されてる気がする。
「志保、そろそろ食べてしまわないと。身だしなみを整える時間が無くなるわよ」
「ホンマや。ほな、頂きます」
相変わらずお母さんのご飯は美味い。
魔王が毎日のように絶賛しとるのも納得や。
万が一、魔王城にシェフとして連れて行くとか言い出したら絶対に阻止せなアカン。
「1つだけお前に言っておくことがある」
「なんや?」
魔王が随分と真面目な顔をして話しかけてくる。
冒険者に関する話やろうか。
「吾輩がお前と最初に出会ったときに、襲われるかどうかを心配していたな」
「あ、う、うん」
なんや急に。
まだ、思い出話をするほど長い付き合いちゃうで。
「今更だが、その点に関しては安心するがいい。そのつもりはない」
「いきなりどうしたんや?」
「うむ? 下着を見られたことで吾輩が誘惑されて襲ってくると心配したから怒っていたのではないのか? 大丈夫だ。お前の下着姿では全く欲情はしなかった」
「ふざけんなや! ホンマ、二重の意味でふざけんなや!」
ああ、もうなんなんや。
ホンマに人間の常識が通じへん魔王やで。
「そもそも下着姿を見られたこと自体が恥ずかしくて嫌やからキレてるんや!」
「なに? そうだったのか、それは済まなかったな」
しかも、見るだけ見といて欲情しなかったってなんやねん。
いや、まあ別に体に自信があるわけちゃうで。
ちゃうけども、女子高生の下着姿を見てそれは酷いやろ……。
それにしても、魔王は見てくれだけはええから変に落ち込むわ。
「はぁ……髪を梳かしてくれたら許したるわ……」
「う、うむ。任せるがよい」
差し出した頭に魔王が手を向ける。
最近ではヘアアイロンやらドライヤーは使わんと、専ら魔王に髪の手入れを頼んどる。
だって、この方が早いし、艶まで出るんやらかな。
使わん手はないで。
「終わったぞ」
「よし、許したるわ」
「そ、そうか」
「はぁ、早よ学校行こ。これ以上家におったら疲れるわ」
いつも以上にちゃっちゃと準備を済ませてから玄関でローファーの靴を履く。
「ほな、行ってくるわ」
「はいはい。行ってらっしゃい」
「気を付けるがいい」
お母さんと魔王に見送られて家を出る。
そのままチャリに乗ったけど、この状況に慣れてしまったウチは変なんやろか。
20分くらいチャリに乗って、私立・難波宮高校に到着する。
新年度のスタートということもあって、初々しい1年生の姿もちらほらと見える。
入学式をしたばかりで綺麗な制服がよう目立つ。
彼ら、彼女らはこれからの高校生活でどんな人との出会いが待っているのか、心がときめいてるんやろうなぁ。
「まあ、ウチには何のときめきもないんやがな」
難波宮高校では2年生のときに文系と理系のコース選択をすると、そのまま卒業するまでクラスは変わらへん。
つまり、転校生か退学が出ない限りは去年とクラスのメンツは全く同じや。
「いや、それでも今日は動画の自慢ができるから、その分の楽しみはあるな」
そんなことを思いながらチャリ置き場にチャリを置いてから、3年1組の教室へと向かう。
ドアを開けて教室に入ると、見慣れた顔が全員こっちを見とる。
え、めっっっちゃ見とるやん。
いや、原因はわかっとるけどさ。
「志保! やるやん!」
そんな中で声を出して駆け寄って来たのは中学時代からの親友である佐竹美優やった。
昨日のウチの魔王に対する抱きつきよりも強力な、タックルとでも形容した方がよい抱き着き攻撃を食らう。
「うぐっ! 凄い威力や! ここはダンジョンやったか……」
「誰がモンスターや!」
ある意味美優はモンスターに違いなかった。
肩甲骨くらいまで伸ばした明るい茶髪に、パッチリとした二重の瞳。
それでいて、チャラいわけでもなく清楚な見た目。
少し高めの身長にシュッと伸びた綺麗な手足。
それらすべてが霞む圧倒的な胸部装甲。
ウチからしたら十分に凶悪なモンスターや。
今も脂肪の塊をこれでもかと押し付けられとる。
「倒して経験値貰わんと」
ホンマに奪えるなら奪ったるのに。
めっちゃ経験値溜まっとるやろうな。
「志保に倒されるなら本望や! さあ、やってみい!」
「はいはい。ザシュザシュ」
「うがぁ!」
適当に剣で切るモノマネをして、見事ミユタウロスを討伐したところでプチ演劇は終了する。
「けど、ホンマ凄いな。今もみんなで志保の話をしてたんやで」
「いやー、それほどでも」
もっと褒めてもええんやで!
「掛田、お前タマネギでゴブリン倒すとかどこで知ったんだ?」
話しかけて来たのは、1年からクラスが一緒の鈴木孝弘だった。
短く刈り上げた髪の毛くらいしか特徴のない、どこにでもいる高校生男子や。
このなりで野球部とかじゃなくて歴史研究部なんやから驚きや。
しかしどうしたものか。
モンスターのスペシャリストである魔王に教わったなんて言えるわけがなかった。
「台所でお母さんの手伝いをしてた時に閃いてさ」
「え、掛田のオカンってゴブリンなんか?」
「ちゃうわ! 人間でも辛いからゴブリンも辛いかなって思って」
「そんな理由でタマネギ使ったんか?」
「うん。けど、これで2年生のときに宣言した凄い動画は撮れたな!」
いやー、魔王様々やな。
「あれまだ気にしとったんか。俺も佐竹もそんなん忘れとったわ」
「そりゃウチは宣言した側やからな。恥かかんで済んだわ」
何とか3年生のスタートは順調に切れそうやな。
「そう言えば志保」
「うん?」
美優が心配そうな顔で話しかけてくる。
どうしたんやろうか。
あれか。
ダンジョンに再び潜るようになったウチのことを心配してくれとるんか?
全くもう、可愛い奴やなぁ美優は。
「今日は始業式が終わったら、そのまま健康診断と身体測定あるけど。体操服持って来てるん? 見た感じ持ってなさそうやけど」
「あっ」
色んなことに気を取られ過ぎて大切なことを忘れとった。